歴史に名を残す代表的な俳人たちです。
俳句びとは、季語から一句を詠んで共有できる無料の俳句SNSです。気になる季語を選んで、一句詠んでみましょう。
1421年 - 1502年
宗祇(そうぎ、応永28年〈1421年〉 - 文亀2年7月30日〈1502年9月1日〉)は、室町時代の連歌師。号は自然斎、種玉庵。姓は飯尾(いのお/ いいお)というが定かではない。
あらきだもりたけ
1473年 - 1549年
機知と笑いを重んじる軽妙な句風。日常の俗語を活かした諧謔的表現で、後の俳諧の基礎となる「笑い」の文芸的価値を確立した。
まつながていとく
1571年 - ?
松永 貞徳(まつなが ていとく、元亀2年(1571年) - 承応2年11月15日(1654年1月3日))は、江戸時代前期の俳人・歌人・歌学者。名は勝熊、別号は長頭丸(ちょうずまる)・逍遊軒(しょうゆうけん)・延陀丸(えんだまる)・保童坊・松友など。他に五条の翁・花咲の翁とも称し、明心居士の号もある。
にしやまそういん
1605年 - ?
西山 宗因(にしやま そういん、慶長10年(1605年) - 天和2年3月28日(1682年5月5日))は、江戸時代前期の俳人・連歌師。本名は西山豊一。父は加藤清正の家臣西山次郎左衛門。
いけにしのぶのり
1633年 - 1711年
談林の自由闊達な気風と蕉風の厳格な美意識を融合させた独自の作風。上方俳壇の橋渡し役として両派の特色を巧みに取り込んだ。
やまぐちそどう
1642年 - 1716年
儒学・漢詩文の教養に裏打ちされた格調ある文人的作風。芭蕉と並んで詠んだ洗練された江戸的句風で、知性と叙情が自然に融合した品格ある詠みぶりが特徴。
まつおばしょう
1644年 - 1694年
「さび」を核とした幽玄・孤高の境地。自然と人間の深い交わりを、余白と暗示によって表現する。写生に留まらず精神の奥底まで掘り下げる「俳諧の道」を生涯追求した。
すぎやまさんぷう
1647年 - 1732年
穏やかで格調ある温かな市井の目線の句風。豪商としての人間的な大きさが滲み、芭蕉の「かるみ」の精神に通じる平易な詠みぶりが特徴。
やまもとかけい
1648年 - 1716年
初期蕉風を確立した格調と力強さを持つ尾張的作風。芭蕉の革新を最初に支えた実践力が特徴で、連句の技量も高く評価されていた。
かわいそら
1649年 - 1710年
温かみと繊細さを持つ清澄な作風。芭蕉の「かるみ」の精神を体現し、旅の記録者としての細やかな観察眼が句にも反映された写実的で親しみやすい詠みぶり。
はっとりりょうと
1649年 - 1716年
落ち着いた叙情的な句風。自然の中に人の情感を見出す穏やかな詠みぶりで、尾張の蕉風を地域に根付かせた堅実な作風が特徴。
むかいきょらい
1651年 - ?
向井 去来(むかい きょらい、慶安4年(1651年) - 宝永元年9月10日(1704年10月8日))は、江戸時代前期の俳諧師。蕉門十哲の一人。本名は兼時、幼名は慶千代、字は元淵、通称は喜平次・平次郎、別号に義焉子・落柿舎がある。
はっとり らんせつ
1654年 - 1707年
師・芭蕉の「さび」の精神を受け継ぎながら清澄で端正な句風を確立した。自然の微細な変化を丁寧に観察し余韻のある言葉で表現する。蕉門の中でも特に「雅」の要素を持つ俳人。
はっとりとほう
1657年 - 1730年
芭蕉の精神を忠実に体現した正統的蕉風。理論的・体系的な俳諧観を持ち、「不易流行」の精神を実作と著述の両面で実践した。
たからいきかく
1661年 - 1707年
機知と洒脱を重んじた都会的・奇抜な句風。平明かつ口語調の洒落風を開拓し蕉門随一の個性を発揮した。芭蕉の「さび」より「伊達」と「寛闊」を旨とした元禄の都市的美意識を体現。
うえじまおにつら
1661年 - 1738年
「誠の俳諧」を追求した飾らない真実の表現。技巧や機知に頼らず素直で力強い上方的句風が特徴。「東の芭蕉 西の鬼貫」と並び称された独自の境地を持つ。
ないとうじょうそう
1662年 - 1704年
繊細で内省的な孤高の句風。静寂と余情を大切にし、孤独の境地を澄んだ言葉で詠む蕉門随一の静謐派。
しだやば
1662年 - 1740年
芭蕉の「かるみ」を重んじた軽妙で洒脱な句風。飾らない平易な言葉で日常をさらりと詠む実直な詠みぶりが蕉風正統の精神を体現した。
やまぐちはりゅう
1663年 - 1734年
俳諧と漆工芸・絵画を融合させた多彩な文人的作風。芭蕉の「不易流行」を工芸にも体現し、洒落た機知と元禄文化の多様性を句に込めた。
かがみしこう
1665年 - 1731年
蕉風の理論化に最も熱心な実践的作風。体系的な俳諧観を持ち、理論と実作を両立させたが独自解釈の強さから批判も受けた。地方への普及力は群を抜いた。
なかがわおつゆう
1668年 - 1738年
芭蕉の「さび」「しをり」を忠実に継承した内省的作風。自然の静けさの中に孤独と深みを詠む、蕉風正統の句境が特徴。
ろうか
1672年 - ?
穏やかで流麗な句風。水や自然の流れを好んで詠む清雅な作風で、上方的な柔らかさと僧侶的な静けさが共存するとされる。
よこいやゆう
1702年 - 1783年
軽妙洒脱で機知と諧謔に富む。武士文人らしい格調と遊び心が絶妙に調和した作風。蕉風を重んじながらも飄逸な独自の境地が際立つ。
かがのちよじょ
1703年 - 1775年
女性らしい繊細さと優しさが際立つ清澄な句風。自然の美しさや生活の一場面を柔らかく詠み、感情を押しつけない余白の美が特徴。
たんたいぎ
1709年 - 1771年
庶民的感覚と平明な言葉の中に深い情趣を宿す素朴な句風。蕪村の絢爛さとは対照的で、生活感覚と哀愁が滲む人間的な温もりが特徴。
みのかさあんりいち
1714年 - ?
旅と雨の情趣を得意とする蕉風的作風。野の旅人のような飾らぬ風情と素朴な自然観察が句風の基調を成すとされる。
よさぶそん
1716年 - 1783年
絵画的・浪漫的。優れた色彩感覚と写実的手法で情景を一枚の絵のように詠む詩画一致の句風。漢詩的教養と視覚美が融合した天明調俳諧を確立した。
おおしまりょうた
1718年 - 1787年
平明で叙情豊か。庶民的な親しみやすさと格調を兼ね備えた蕉風復興の中心的作風。温かみのある平易な言葉で自然と人情を詠んだ。
1718年 - 1801年
京都の質商、名は芳隆、別号葎亭。望月宋屋に師事。『俳諧古選』『俳諧新選』を著し、太祇・蕪村らと中興俳諧の気運をつくった京俳壇の重鎮。
みついしょうは
1724年 - 1772年
叙情的かつ視覚的。季節の移ろいを繊細に捉え漢詩的素養と蕪村の画俳美学を融合させた洗練された作風。短命ながら質の高い句を残した。
たかくわらんこう
1726年 - 1798年
師・蕪村の画俳一体の美意識を受け継いだ絵画的情趣ある句風。色彩感覚と叙情性を兼ね備えた京俳壇らしい雅趣が特徴。
くろやなぎしょうは
1727年 - ?
黒柳 召波(くろやなぎ しょうは、1727年(享保12年)- 1772年1月11日(明和8年12月7日))は、江戸時代中期の俳人である。字は廷遠。通称は清兵衛。
みうらちょら
1729年 - 1780年
飄逸で軽妙、流浪の旅人らしい自由な詩情が漂う句風。伊勢的な土着の情感と漂泊の哀愁が融合した中興俳諧を代表する個性的作風。
かとうぎょうだい
1732年 - 1792年
蕉風を基盤にした洗練された清雅で知性的な句風。武士的な気品と文人的教養が融合し、格調と清廉さを兼ね備えた尾張俳壇の代表的作風。
かやしらお
1738年 - 1791年
清澄で格調高い内省的・叙情的作風。機知よりも蕉風の「さび」を重んじ、余情と静謐を旨とした正統派の句境を確立した。
たかいきとう
1741年 - 1789年
師・蕪村の絵画的美意識を受け継ぎつつ清澄で洒脱な独自の句風を確立。知性と叙情が融合した雅趣ある作風が評価される。
たちはらすいけん
1744年 - ?
立原 翠軒(たちはら すいけん、延享元年6月7日(1744年7月16日) - 文政6年3月4日(1823年4月14日))は、江戸時代中期から後期の水戸藩士。学者として5代藩主徳川宗翰、6代治保の2代にわたって仕える。本姓は平氏。
おおしまげっきょ
1756年 - 1839年
師・蓼太の温雅な句風を受け継ぎ情趣豊かで格調ある作風。書画にも通じた文人的な洗練が句ににじむ。
こばやしいっさ
1763年 - 1828年
庶民目線の温かさと笑いと哀愁が入り混じる「一茶調」が特徴。子ども・小動物・弱者を詠んだ句が多く、難しい言葉を使わず読み手の心に直接届く親しみやすさが魅力。
ないとうめいせつ
1847年 - 1926年
叙情豊かで品格ある穏健な句風。正岡子規の革新に共鳴しつつも古典的格調を保ち、写生と叙情を自然に融合させた。
むらかみきじょう
1865年 - 1938年
村上 鬼城(むらかみ きじょう、慶応元年5月17日〈1865年6月10日〉 - 1938年〈昭和13年〉9月17日)は日本の俳人、司法代書人。本名は村上 荘太郎(むらかみ しょうたろう)。明治義塾法律学校中退。
まさおかしき
1867年 - 1902年
「写生」を俳句の根本に置き、見たままを正確に言葉に写すことを徹底した。感傷や説明を排除しありのままの自然・日常の一瞬に美を見出す姿勢が近代俳句の土台となった。
まつせせいせい
1869年 - ?
松瀬 青々(まつせ せいせい、明治2年4月4日(1869年5月15日) - 昭和12年(1937年)1月9日)は、日本の俳人。「倦鳥」を創刊・主宰。関西俳壇で高濱虛子主宰の「ホトトギス」と一線を劃す俳人として重きをなした。
かわひがし へきごとう
1873年 - 1937年
有季定型の枠を破り「新傾向俳句」を提唱した革新者。主観・印象・感情を前面に出す表現は俳壇の常識を覆した。定型を離れることで得た自由な詩的空間が後の自由律俳句へとつながった。
たかはまきょし
1874年 - 1959年
「花鳥諷詠」を旗印に自然の中の花・鳥・風・月をありのままに詠む写生を徹底した。主観を廃し客観的・具体的に季節の景物を捉えることで永遠に普遍的な美を表現することを目指した。
まつねとうようじょう
1878年 - 1964年
松根 東洋城(まつね とうようじょう、1878年〈明治11年〉2月25日 - 1964年〈昭和39年〉10月28日)は、俳人。本名豊次郎。位階は従四位。
うすだあろう
1879年 - ?
臼田 亞浪(うすだ あろう、1879年(明治12年)2月1日 - 1951年(昭和26年)11月11日)は、日本の俳人。本名は臼田卯一郎(ういちろう)。
すずきはなみの
1881年 - ?
鈴木花蓑(すずき はなみの、1881年(明治14年)8月15日または12月1日 - 1942年(昭和18年)11月6日)は、愛知県出身の俳人、大審院書記。本名は鈴木喜一郎(きいちろう)。
たねだ さんとうか
1882年 - 1940年
山口県生まれ。五七五・季語にとらわれない「自由律俳句」の代表的俳人。家業の酒造の失敗・離婚・出家を経て全国を行脚しながら句を詠み続けた。荻原井泉水の「層雲」に参加。托鉢をしながら旅を続ける生き方そのものが俳句となった。昭和俳壇では異端的存在だったが現代で高い人気を誇る。
のむらはくげつ
1882年 - 1961年
野村 泊月(のむら はくげつ 1882年6月23日 - 1961年2月13日)は、兵庫県出身の俳人。本名勇。竹田村(現丹波市)生。
わたなべすいは
1882年 - ?
渡辺 水巴(わたなべ すいは、1882年(明治15年)6月16日 - 1946年(昭和21年)8月13日)は東京出身の俳人。本名は渡辺義(よし)。
まえだふら
1884年 - 1954年
東京生まれ。早稲田大学英文科中退。報知新聞社の記者を経て、高浜虚子に師事し「ホトトギス」に投句。「辛夷」を主宰した。大正初期の「ホトトギス」代表作家の一人。関東大震災後に富山県へ転居し、立山連峰をはじめとする雄大な自然に感銘を受け、山岳を詠んだ優れた句を多く残した。
いいだ だこつ
1885年 - 1962年
山梨の厳しい自然・山岳の景観を圧倒的な迫力で詠む「山の俳句」。峻烈・孤高・骨格のしっかりとした句風で虚子門の中でも際立って力強い。男性的な美意識と深い精神性が共存する。
きたはらはくしゅう
1885年 - 1942年
象徴的で叙情豊かな詩風。繊細な感覚と心象を重ねた表現を得意とした。
おざきほうさい
1885年 - 1926年
極限まで削ぎ落とした言葉が孤絶の深さを表現する。山頭火の放浪と対照的に放哉の句は狭い空間に閉じこもった内向きの孤独を描く。短ければ短いほど詩の密度が増す、俳句の本質を突き詰めた世界。
とみやす ふうせい
1885年 - 1979年
明るく温かく人生を前向きに詠む「明朗俳句」が特徴。師・虚子の花鳥諷詠を守りながら実業家としての安定した人生観が句に穏やかな力を与える。読み手をほっとさせる包容力のある句風。
ないとうめいせつ
1886年 - 1951年
原 石鼎(はら せきてい、1886年3月19日 - 1951年12月20日)は、島根県出身の俳人。高浜虚子に師事、「鹿火屋」を創刊・主宰。大正期の「ホトトギス」を代表する作家の一人で、色彩感覚に優れたみずみずしい作風で一世を風靡した。
あべみどりじょ
1886年 - 1980年
阿部 みどり女(あべ みどりじょ、1886年10月26日 - 1980年9月10日)は、日本の俳人。本名はミツ。北海道札幌区(現・札幌市)生まれ。
かわのせいうん
1887年 - ?
河野 静雲(こうの せいうん、明治20年(1887年)11月6日 - 1974年1月24日)は、日本の時宗の僧、俳人。福岡県福岡市出身。
はせがわかなじょ
1887年 - 1969年
長谷川 かな女(はせがわ かなじょ、1887年10月22日 - 1969年9月22日)は、日本の俳人。本名はカナ。孫は小説家の三田完がいる。
はらげっしゅう
1889年 - 1920年
ホトトギス流の写生を重んじた作風。静かな情景を端正にうたった。
むろうさいせい
1889年 - 1962年
室生 犀星(むろう さいせい、1889年〈明治22年〉8月1日 - 1962年〈昭和37年〉3月26日)は、日本の詩人・小説家。石川県金沢市出身。本名は室生 照道(むろう てるみち)。
くぼたまんたろう
1889年 - 1963年
久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年〈明治22年〉11月7日 - 1963年〈昭和38年〉5月6日)は、日本の小説家、劇作家、俳人。俳号はじめ暮雨。のち傘雨。
よしおかぜんじどう
1889年 - 1961年
吉岡 禅寺洞(よしおか ぜんじどう、1889年(明治22年)7月2日 - 1961年(昭和36年)3月17日)は、俳人。本名・善次郎。
すぎた ひさじょ
1890年 - 1946年
女性の情感・官能・抑圧された感情を俳句に込めた先駆的な女流俳人。「谺して」「花衣」など大胆で情感豊かな句は当時の俳壇に新風を吹き込んだ。生活と俳句の間で引き裂かれた緊張感が句に独特の力を与える。
みずはらしゅうおうし
1892年 - 1981年
叙情性・主観性を写生に持ち込み「見る」だけでなく「感じる」俳句を追求した。流麗なリズムと繊細な情感が特徴で虚子の枯淡とは対照的な豊かで色彩的な世界を描く。
やまぐちせいそん
1892年 - 1988年
山口 青邨(やまぐち せいそん、1892年〈明治25年〉5月10日 - 1988年〈昭和63年〉12月15日)は、日本の俳人・鉱山学者。岩手県出身。東京大学名誉教授。
あくたがわりゅうのすけ
1892年 - 1927年
小説と同様に知性と詩情・明と暗が共存する句風。初期は写生的だが晩年に近づくほど虚無感・厭世観が句ににじみ出る。文豪の内面が凝縮された俳句史上でも異彩を放つ作品群。
たかの すじゅう
1893年 - 1976年
「あるがまま」を徹底した「無私の俳句」の体現者。一切の主観・感情・説明を排除し自然の一瞬をただひたすらに写す。シンプルな句の中に宇宙が宿る、客観写生の究極形。
田中冬二
1894年 - 1980年
田中 冬二(たなか ふゆじ、1894年〈明治27年〉10月13日 - 1980年〈昭和55年〉4月9日)は、日本の詩人である。本名は吉之助。銀行員として働きつつ、郷愁をテーマに多くの詩作を行う。
ごとうやはん
1895年 - ?
後藤 夜半(ごとう やはん、1895年(明治28年)1月30日 - 1976年(昭和51年)8月29日 )は、大阪府出身の俳人。本名は潤。高浜虚子に師事、「諷詠」を創刊、主宰。
おおはしおうはし
1895年 - 1971年
ホトトギス系の写生に基づく、自然を細やかにとらえた格調ある句風。
かわばたぼうしゃ
1897年 - 1941年
川端 茅舎(かわばた ぼうしゃ、1897年〈明治30年〉8月17日 - 1941年〈昭和16年〉7月17日)は、東京都出身の日本の俳人。本名は信一(のぶかず)。別号に遊牧の民・俵屋春光。
よこみつ りいち
1898年 - 1947年
小説家・俳人・評論家。新感覚派のリーダーとして大正〜昭和に活躍。句会「十日会」を主宰し、水原秋桜子・石田波郷らと交流した。小説作品の中にも俳句を盛り込み、文学と俳句を融合させた。
うしろぼせき
1899年 - 1995年
右城 暮石(うしろ ぼせき、1899年7月16日 - 1995年8月9日)は、日本の俳人。高知県出身。
三橋鷹女
1899年 - 1972年
三橋 鷹女(みつはし たかじょ、1899年12月24日 - 1972年4月7日)は、千葉県出身の俳人。本名・たか子。幼名・文子。
あわの せいほ
1899年 - 1992年
奈良の古都の風情と季節の自然を伝統的有季定型の枠の中で丁寧に詠む。華美にならず押しつけがましくならず自然と古都の美をありのままに伝える端正な句風。
はしもと たかこ
1899年 - 1963年
四Tの中で最も情熱的・官能的な句風を持つ。女性の内面の葛藤・喜び・哀しみを大胆に表現し型にはまらない詩的自由さが特徴。夫の死という喪失体験が句に深みと切迫感を与えている。
たかはまとしお
1900年 - 1979年
高浜 年尾(たかはま としお、1900年12月16日 - 1979年10月26日)は、俳人。ホトトギス代表。俳人高浜虚子の長男。
ながたこうい
1900年 - ?
永田 耕衣(ながた こうい、1900年(明治33年)2月21日 - 1997年(平成9年)8月25日)は、俳人。本名は軍二(ぐんじ)。別号、田荷軒主人。
なかむら ていじょ
1900年 - 1988年
台所・縁先・家族など日常の場を舞台に女性の視線で俳句の対象を広げた先駆者。気負いなくしかし鋭く日常の一瞬を捉える。温かさの中に凛とした女性の芯がある句風。
なかむらくさたお
1901年 - 1983年
人間や生活に根ざした思想性の強い句風。「人間探求派」の代表的存在。
やまぐちせいし
1901年 - 1994年
近代工業・都市文明を俳句に大胆に持ち込んだ革新者。無機的な素材を鋭い感性で写生し人間と時代の緊張感を句に封じ込める。硬質なイメージと精緻な構成が生む独自の「都市俳句」の世界。
ひのそうじょう
1901年 - 1956年
東京生まれ、本名克修。京大法学部卒。『ホトトギス』で早熟の才を謳われるが無季俳句・連作「ミヤコホテル」で1936年除名。『旗艦』創刊で新興俳句運動を主導、戦後『青玄』主宰。
1901年 - 1977年
横浜生まれ、本名不二雄。島田青峰に師事、新興俳句運動に加わり京大俳句事件で投獄。戦後「氷海」を創刊・主宰、俳句「もの」説を唱え1968年蛇笏賞。
しばふきお
1903年 - 1930年
愛媛県北宇和郡明治村(現・松野町)生まれ。東京帝国大学、のち東北帝国大学に入学。「枯野」句会で句作を始め、吉岡禅寺洞の「天の川」などで活躍。「ホトトギス」でも新鋭として注目されたが、26歳の若さで夭折した。「不器男」の命名は『論語』の「子曰、君子不器」に由来する。
ほしの たつこ
1903年 - 1984年
虚子直伝の「花鳥諷詠」を女性的な感性で深化させた句風。華美になりすぎず地味になりすぎず自然の美しさを温かく静かに詠む。安定した品格と俳人の家に生まれた矜持が句の背骨になっている。
おおのりんか
1904年 - 1982年
大野 林火(おおの りんか、1904年3月25日 - 1982年8月21日)は、昭和期の俳人。本名は大野正(おおの まさし)。
かとう しゅうそん
1905年 - 1993年
「人間探求派」として俳句に人間の内面・感情・思想を持ち込んだ。自然と人間の葛藤、孤独と連帯、戦争と平和といった大きなテーマを17音に封じ込める骨太な詩精神。写生を超えた人の魂に直接働きかける俳句。
まつもと たかし
1906年 - 1956年
能楽師の血が流れる幽玄・余白・静謐を重んじた句風。言葉の外側に広がる「間」を大切にし少ない言葉で深い世界を生み出す。能の所作のような精緻さと病と向き合いながら詠んだ句の透明な美しさ。
しばたはくようじょ
1906年 - 1984年
柴田 白葉女(しばた はくようじょ、1906年9月25日 - 1984年6月24日)は、俳人。本名は初子。
しのはらほうさく
1906年 - 1936年
篠原鳳作(しのはら ほうさく、1906年1月7日 - 1936年9月11日)は、日本の俳人。本名は篠原国堅(くにかた)。旧号は未踏、雲彦。
すずきまさじょ
1906年 - 2003年
千葉県鴨川の旅館の三女、本名まさ。久保田万太郎・安住敦に師事し「春燈」所属。銀座の小料理屋「卯波」女将として恋の句を多く残し、蛇笏賞受賞。
あずみ あつし
1907年 - 1988年
安住 敦(あずみ あつし、1907年7月1日 - 1988年7月8日)は、俳人、随筆家。前号・安住あつし。
はせがわそせい
1907年 - 1946年
長谷川 素逝(はせがわ そせい、1907年(明治40年)2月2日 - 1946年(昭和21年)10月10日)は、日本の俳人。本名・直次郎。
ほそみあやこ
1907年 - 1997年
細見 綾子(ほそみ あやこ、1907年3月31日 - 1997年9月6日)は、兵庫県出身の俳人。松瀬青々に師事、「倦鳥」を経て「風」同人。夫は沢木欣一。
1908年 - 1981年
東京生まれ、本名高光。豊岡京極家13代当主で子爵。高浜虚子に師事し「ホトトギス」同人、「木兎」主宰。
中村苑子
1913年 - 2001年
中村 苑子(なかむら そのこ、1913年3月25日 - 2001年1月5日)は、俳人。静岡県伊豆市大仁町に生まれる。日本女子大学中退。
かつら のぶこ
1914年 - 2004年
桂 信子(かつら のぶこ、1914年11月1日 - 2004年12月16日)は、日本の俳人。日野草城に師事。「旗艦」「青玄」などを経て「草苑」を創刊・主宰。
ごとうひなお
1917年 - 2020年
後藤 比奈夫(ごとう ひなお、1917年〈大正6年〉4月23日 - 2020年〈令和2年〉6月5日)は、大阪府出身の俳人。本名は日奈夫(読み同じ)。「諷詠」名誉主宰。
まつざきてつのすけ
1918年 - 2014年
松崎 鉄之介(まつざき てつのすけ、1918年12月10日 - 2014年8月22日)は、神奈川県出身の俳人。本名・敏雄。
さわききんいち
1919年 - 2001年
沢木 欣一(さわき きんいち、1919年〈大正8年〉10月6日 - 2001年〈平成13年〉11月5日 )は、富山県出身の俳人。「風」を主宰、戦後の社会性俳句を主唱した。妻は俳人の細見綾子。
かねこ とうた
1919年 - 2018年
社会性・思想性・身体性を俳句に持ち込んだ前衛俳句の旗手。生活感・土俗性を重視した「社会性俳句」から晩年は自然と人間の根源に迫る深い境地へ。型破りな比喩と大胆な構成が句に迫力を与える。
もり すみお
1919年 - 2010年
広島県生まれ。山口誓子に師事し「杉」を創刊・主宰した戦後俳壇の重要俳人。禅的・瞑想的な精神性と日本的な余白の美を融合させた独自の俳境を開いた。フランス・インドなど海外への旅で得た句群も多く俳句の国際的視野を広げた俳人としても知られる。文化功労者・日本芸術院賞受賞。
いいだ りゅうた
1920年 - 2007年
父・蛇笏の峻烈さとは対照的な繊細・清澄・叙情的な句風。山梨の豊かな自然を細やかに観察し余白と静寂を大切にした句を詠む。日本的な「間」の美意識が俳句の中に静かに流れる。
かみむらせんぎょ
1920年 - 1996年
上村 占魚(うえむら せんぎょ、1920年9月5日 - 1996年2月29日)は俳人、随筆家。熊本県人吉市生まれ。本名・武喜。
さいとう みき
1923年 - 2014年
山口誓子に師事した「天狼」派らしい、知的で引き締まった近代的な写生が特徴です。身の回りの生活道具や風景を冷徹かつシャープに切り取り、独自の構成力で俳句に昇華させる実力派として知られます。
はら ゆたか
1930年 - 1999年
原石鼎(はら せきてい)に師事し、石田波郷(はきょう)・加藤楸邨(しゅうそん)にも私淑。自然の風土と季節感を丁寧に詠んだ伝統俳句の継承者。俳誌「鹿火屋」主宰。
たかはしゅぎょう
1930年 - ?
鷹羽 狩行(たかは しゅぎょう、1930年(昭和5年)10月5日 - 2024年(令和6年)5月27日)は、日本の俳人、日本芸術院会員。本名・髙橋行雄(たかはし ゆきお)。山形県出身。
いなはたていこ
1931年 - 2022年
稲畑 汀子(いなはた ていこ、1931年1月8日 - 2022年2月27日)は、神奈川県出身の俳人。俳人高浜年尾の娘で、俳人高浜虚子の孫。『ホトトギス』名誉主宰、日本伝統俳句協会名誉会長。
かぎわだゆうこ
1932年 - ?
鍵和田 秞子(かぎわだ ゆうこ、1932年(昭和7年)2月21日 - 2020年(令和2年)6月11日)は、神奈川県出身の俳人。
かどかわ はるき
1942年 - ?
有季定型の伝統を守りながら実業家・映像プロデューサーとして歩んだ人生の重みが句に深みを与える。昭和の時代感覚と自然への真摯な向き合いが共存する骨格のしっかりとした句風。
なつめそうせき
186729年 - 1916129年
文豪らしい知性と叙情が融合した句風。心理の機微や人生への洞察がわずか17音に凝縮される。難解さはなく平明な言葉で深い感情を伝える筆致が俳句入門者にも親しまれる。
まゆずみ まどか
1962731年 - ?
俳句の伝統の枠を守りながら現代女性の感覚・言葉・感情を大胆に持ち込む。若者にも届く感覚的な表現が特徴で「B面」などのカルチャー的な語彙を俳句に持ち込んだ先駆者。明快で爽やかな叙情性が魅力。
みずはらはるお
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むらこしかせき
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にしもといっと
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おおぐしあきら
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はやししょう
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あめやまみのる
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いしだかつひこ
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あめやまきぬ
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さとうおにふさ
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ほりぐちせいみん
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みつはしとしお
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ふくだりょうてい
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くさまときひこ
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おおいしえつこ
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さいとうさんき
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のざわぼんちょう
? - 1714年
鋭い観察眼と大胆な表現が特徴の個性的作風。芭蕉門下中でも際立つ独創性を持ち、日常の事物を鋭く切り取る緊張感ある詠みぶりが評価される。
きよさきとしひこ
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いはらさいかく
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のむらとしゅ
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おおすがおつじ
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しばそのめ
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はたのそうは
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はっとりのめい
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自然詠を中心とした静謐な句風。田園風景や季節の推移を丁寧に描く穏やかな詠みぶりで、蕉風の「さび」に通じる落ち着いた作風が特徴とされる。
さくらいしろう
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武士的な毅然とした気風と格調ある表現を旨とした句風。技巧よりも気骨ある詠みぶりを重んじた。
ていじ
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静かな観察眼を基調とした地方俳諧的作風。自然の細部に耳を澄ます謙虚な姿勢が句風に反映されていたとされる。
にしじまばくなん
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いしはらやつか
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のむらとしろう
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ひらはたせいとう
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うえだごせんごく
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かどかわてるこ
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みずはらしゅうおうし
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ともおかねきょう
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そうませんし
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えのもときかく
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なつめせいび
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のざわろうか
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かつらしょうけいし
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むらやまこきょう
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あめやまじん
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ありまあきと
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こがまりこ
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みずたまさひで
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のすい
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すずかのぶろ
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いのうえしろう
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たかいらんこう
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せんだようこ
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いのうえせいげつ
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うどうとおる
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とみたもっぽ
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ちげつに
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きしふうざんろう
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あべかんいち
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はせがわれいよし
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よしのよしこ
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のざわせつこ
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しゃくちょうくう
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みながわばんすい
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かわさきのぶひろ
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すずきからい
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かとうちよこ
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きしだちぎょ
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まさきゆうこ
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きしもとちげつに
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師・芭蕉への深い敬慕が滲む繊細で清澄な女性的作風。尼として出家後の静謐な境地が句に反映され、自然と仏教的観照が溶け合う詠みぶりが特徴とされる。
かのうしらお
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ふくだきねお
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わしたにななこ
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かたやまゆみこ
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おかもとひとみ
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もりたとうげ
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よしやのぶこ
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にしやまはくうん
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ふくながこうじ
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さとうこうろく
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なりたそうきゅう
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おちえつじん
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いばらきかずお
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かけい
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たかだふうじんし
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あいおいがきかじん
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とのむらとしこ
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いしはらしゅうげつ
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おかだひでお
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むらかみせいげつ
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morikawa-kyoriku
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森川 許六(もりかわ きょりく)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。蕉門十哲の一人。名は百仲、字は羽官、幼名を兵助または金平という。
いがらしばんすい
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たかはしあわじじょ
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いまいきょうたろう
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しのはらぼん
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すがらば
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かみおきよう
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うえのやすし
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こうの たきじょ
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てらだとらひこ
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ふるたちそうと
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きむらぶじょう
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ばせがわそうぎょ
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おかやすめいし
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よしたけげつじろう
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たかくわたいろ
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繊細で情趣を重んじる関西的な作風。蕪村周辺の画俳一体の美意識の影響を受け、抒情的で視覚的な詠みぶりが特徴とされる。
はっとりとうり
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穏やかで風雅を重んじる作風。技巧より自然体の情趣を尊び、蕉風の「しをり」を意識した静かな詠みぶりが伝わる。
たちばなしょうざん
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おざきこうよう
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たかのむつお
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はらしかんぺい
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いとうりょうと
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のみやまあすか
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かどかわげんよし
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ひろせいぜん
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ひろせりょうと
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いけにしげんすい
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きのしたゆうじ
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おざわへきどう
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みなよしそうう
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たかぎはるこ
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いまいつるじょ
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まつおか せいら
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のむらきしゅう
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すずきみちひこ
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やじまなぎさお
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いしだはきょう
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かみおくみこ
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のむらけんぞう
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てらやましゅうじ
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おおまきひろし
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きしふうさんろう
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しょうそうおつに
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おざわみのる
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ちょうむ
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おおみねあきら
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きよさきとしお
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おおまちけいげつ
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おかいしょうじ
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なりたちくう
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おおとものおおえまる
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いとうけいこ
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はせがわあきこ
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つじももこ
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おいかわさだ
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のむらとしお
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たちばなほくし
? - 1718年
立花 北枝(たちばな ほくし、? - 享保3年5月12日(1718年6月10日))は、江戸時代前期から中期の俳人。蕉門十哲の一人。通称は研屋源四郎。
ながいかふう
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おかだにちろう
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はせがわかい
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なるせおうとうこ
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よしわけたいろ
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かやおつじ
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自然の細やかな描写を得意とする繊細な句風。蕉風の「さび」を継承しつつ地方的な素朴さを加えた穏やかな作風が特徴とされる。
わしたになおこ
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わしやななだい
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