1702年 - 1783年

横井也有

よこいやゆう

作風・特徴

軽妙洒脱で機知と諧謔に富む。武士文人らしい格調と遊び心が絶妙に調和した作風。蕉風を重んじながらも飄逸な独自の境地が際立つ。

生涯・略歴

江戸中期の俳人・随筆家。尾張藩士として仕えながら文芸に優れ、俳諧・和歌・漢詩・随筆など多方面で活躍した。随筆集『鶉衣』は機知と諧謔に富む名文として今日も名高い。俳諧では蕉風を重んじながらも軽妙洒脱な独自の境地を開いた。武士文人の典型として知られ、実務の傍ら生涯にわたって文芸活動を継続した。八十年余の長寿を全うし、「文人武士」の範を示した。

代表句 (7件)

元日や 雪を踏む人 憎からず
雁の使涙を落すなぐさみに
季語: 雁の使 (autumn)
【現代語訳】遠い故郷や知人からの便りを運んでくる雁の使いよ。その姿を見るだけで、恋しさのあまり流れる涙を慰めることができるのだ。\n【鑑賞】切ない心情を「雁の使」に託し、空を見上げて涙をこぼしながらも、雁の存在そのものがかすかな慰めになっているという旅情や孤独感を優しく詠み上げています。
案山子までかしこまる也毛見の役
季語: 毛見の日 (autumn)
【現代語訳】検見役の役人がやってくると、田んぼの案山子までもが畏まって控えているかのようだ。 【鑑賞】毛見の日の村中に漂う独特の緊張感を、田に立つ案山子の姿に見立てて軽妙に詠んでいます。農民たちの緊張した面持ちが案山子の擬人化を通して巧みに表現されています。
浅漬の市たつ町や秋の風
季語: 浅漬市 (autumn)
【現代語訳】浅漬市が立ち並ぶ町通りを、身にしみる秋の風が吹き抜けていく。 【鑑賞】尾張の俳人・横井也有の句。新漬けの樽が並ぶ市の活気と、そこに吹き渡る秋風の清涼感・寂寥感をすっきりと取り合わせています。庶民の生活の営みと季節の推移が素直に詠み込まれており、秋の澄んだ空気感が伝わってきます。
露の身の置きどころなき広野かな
季語: 露の身 (autumn)
【現代語訳】朝露のようにはかなく頼りないこの身は、あまりにも果てしなく広がる秋の野原のどこに身を置けばよいのであろうか。 【鑑賞】どこまでも広がる雄大な「広野」と、極小で消えやすい「露の身」との対比が鮮やかです。広大無辺な世界の中で、自分の存在の小ささや孤独、拠って立つ場所のない心細さをしみじみと詠み上げています。
後の村雨降るとも見えぬ木の葉かな
季語: 後の村雨 (autumn)
【現代語訳】晩秋のにわか雨が通り過ぎたが、地上に散る木の葉を見ても、本当に雨が降ったのか疑わしいほどわずかな痕跡しか残っていないことよ。【鑑賞】さっと降ってすぐに止んでしまった村雨の、一瞬の儚さを捉えています。木の葉に目を留め、かすかな雨濡れを探す繊細な視線によって、深まりゆく秋の静けさと移ろいやすさを見事に表現しています。
渋といふ字の口多き蜂屋柿
季語: 蜂屋柿 (autumn)
【現代語訳】「渋」という漢字には口という部首が四つもあるが、この蜂屋柿の強烈な渋さを見ればなるほどと頷けることだ。 【鑑賞】江戸中期の尾張の俳人・横井也有によるユーモアと機知に富んだ一句。「渋」の旧字や筆文字に見られる複数の「口」に着目し、干して甘くなる前の蜂屋柿が持つ強烈な渋みを、字形遊びと重ね合わせて軽妙に表現しています。