1882年 - 1961年

野村泊月

のむらはくげつ

作風・特徴

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生涯・略歴

野村 泊月(のむら はくげつ 1882年6月23日 - 1961年2月13日)は、兵庫県出身の俳人。本名勇。竹田村(現丹波市)生。

代表句 (9件)

くららの実こぼれて久し土の上
季語: 苦参 (autumn)
【現代語訳】苦参(くらら)の実がサヤからこぼれ落ちて、もうずいぶんと長い時間が経ったのだろう、ただ土の上に転がっている。【鑑賞】秋が深まり、役目を終えた実が土へ還っていく静かな時の流れを描いています。誰に気付かれることもない自然のありのままの営みに、深い哀愁が漂います。
口女売る紀の路の村の夕しぐれ
季語: 口女 (autumn)
【現代語訳】紀州の街道沿いの村で、口女という魚を売っている。そこへ夕方のしぐれが寂しく降ってきた。【鑑賞】紀州の名物である「口女」を売るひなびた漁村の風景に、秋から冬へと移り変わる冷たい「夕しぐれ」を重ね合わせています。旅愁と、どこか物悲しい生活感が漂う情緒豊かな一句です。
草の色づくや一すぢの道にして
季語: 草の色づく (autumn)
【現代語訳】野原の草が次第に秋の色を帯びていく。そのなかに、まっすぐ一本の道が伸びていることよ。【鑑賞】色づく草むらと、そこを貫く「一すぢの道」のコントラストが鮮やかです。広々とした武蔵野のような野原の風景と、そこを歩む旅人の孤独や詩情を感じさせます。
寂しさにまたひろひたる臭木の実
季語: 臭桐 (autumn)
【現代語訳】山路を行く寂しさから、足元に落ちていた美しい臭木の実を、また一つ手のひらに拾い上げてしまった。【鑑賞】秋の山歩きにおける孤独感や切なさを、落ちている青い実を拾うという日常的な動作によって象徴的に表現しています。手のひらに収まる小さな実の冷たさと美しさが、作者の寂しさを静かに慰めているようです。
高麗鴉とび交ふ空や秋の風
季語: 高麗鴉 (autumn)
【現代語訳】高麗鴉(カササギ)が何羽もせわしなく飛び交っている空に、爽やかな秋の風が吹き渡っていることよ。【鑑賞】澄み渡る秋の青空のもと、黒と白の美しい羽を持つ高麗鴉が群れて飛び交う様子を素直に写生しています。秋風の心地よさと、鳥たちの軽快な動きが立体的に浮かび上がる、爽快感のある一句です。
芥菜を蒔くや夕陽の畑の隅
季語: 芥菜蒔く (autumn)
【現代語訳】一日の終わり、沈みゆく美しい夕日を浴びながら、畑の静かな片隅にからし菜の種を蒔いている。【鑑賞】畑全体を耕すような大がかりな作業ではなく、畑の隅にささやかに種を蒔くという日常の営みが、斜めから差し込む夕日の光の中で叙情豊かに表現されています。
初電話切つて静けさ戻りけり
季語: 初電話 (newyear)
【現代語訳】新年の初めての電話を切り終えると、部屋の中にまた元の静けさがすうっと戻ってきたことだ。【鑑賞】電話をかけている最中の賑やかで華やいだ時間と、受話器を置いた瞬間に訪れる静寂との対比が見事です。新年の静かな時間の中に、ほんの少しの寂しさと、心地よい満足感が漂う、余韻の美しい一句です。
穴織の祭晴なる機どころ
季語: 穴織祭 (autumn)
【現代語訳】穴織祭を迎えた今日は見事な秋晴れであり、織物の伝統を守るこの町にふさわしい佳き日である。 【鑑賞】澄み渡る秋の青空の下、織物の町(機どころ)として栄えてきた池田の風土と、祖神を讃える人々の晴れやかな誇りがストレートに表現された心地よい句です。
野葡萄の藍に色づく峠かな
季語: 野葡萄 (autumn)
【現代語訳】野葡萄の実が深い藍色に色づいている、秋深きこの峠道であることよ。【鑑賞】山越えの峠の寂寥感漂う風景と、ひっそりと深い藍色に染まる野葡萄の存在が見事に取り合わされています。旅路のふとした瞬間に足元や薮の美しさに気づく、旅情と季節感が静かに交差する一句です。