1919年 - 2010年

森澄雄

もり すみお

作風・特徴

広島県生まれ。山口誓子に師事し「杉」を創刊・主宰した戦後俳壇の重要俳人。禅的・瞑想的な精神性と日本的な余白の美を融合させた独自の俳境を開いた。フランス・インドなど海外への旅で得た句群も多く俳句の国際的視野を広げた俳人としても知られる。文化功労者・日本芸術院賞受賞。

生涯・略歴

広島県生まれ。山口誓子に師事し「杉」を創刊・主宰した戦後俳壇の重要俳人。禅的・瞑想的な精神性と日本的な余白の美を融合させた独自の俳境を開いた。フランス・インドなど海外への旅で得た句群も多く俳句の国際的視野を広げた俳人としても知られる。文化功労者・日本芸術院賞受賞。

代表句 (20件)

秋成忌雨月は雨をながしたる
片隅に旅はひとりのかき氷
栗粉餅美濃の木曽路の関を越ゆ
季語: 栗子餅 (autumn)
【現代語訳】名物の栗粉餅を美味しく味わいながら、美濃から木曽路の関所を越えて旅を続けていくことだ。【鑑賞】木曽路の名物である栗粉餅(栗子餅)を題材に、旅の旅情をダイナミックに詠んだ句です。土地の美味しい秋の味覚が、秋風が吹く街道の旅の記憶と強く結びついている様子が爽やかに伝わってきます。
刈上げのひろごりゆくや大和盆
季語: 刈上げ (autumn)
【現代語訳】稲の刈り取りが終わった田んぼの風景が、大和盆地のあちこちへと広がり、土地全体が秋の深まりを見せている。【鑑賞】「大和盆地」という大きなスケール感を提示することで、収穫が次々と進み、景色の主役が黄金色から刈り跡の土色へと移り変わっていくダイナミックな広がりを感じさせます。
御行や大原の闇うごきだす
季語: 御行 (newyear)
【現代語訳】新年の御行の行事が始まると、それまで静止していた大原の深い闇が、まるで生き物のようにざわめき、動き出すように感じられる。【鑑賞】大原三千院の御行を詠んだあまりにも有名な名句です。未明の闇の中、松明の明かりと僧侶たちの移動によって、大原全体を包む巨大な「闇」そのものが生命を得て動き出すかのような、ダイナミックで圧倒的なスケール感を描き出しています。
山門を出づれば人や初虚空蔵
季語: 初虚空蔵 (newyear)
【現代語訳】初虚空蔵の参拝を終えて寺の山門を出ると、そこには多くの人々が行き交っている。自分もまた、その俗世の雑踏の中のひとりなのだなと実感することだ。 【鑑賞】虚空蔵尊の静謐な境内で祈りを捧げた後、一歩山門を出た瞬間に、現世の賑やかで温かい人の営みに引き戻される感覚を素直に詠んでいます。「我も人なり」という安堵感と、新年の引き締まった空気の対比が見事な名句です。
勧学会に遅れてのぼる横川かな
季語: 勧学会 (autumn)
【現代語訳】比叡山で行われる勧学会の法会に少し遅れてしまい、急ぎ足で横川の地へと登っていくことよ。 【鑑賞】「横川(よかわ)」は比叡山の中でも特に静寂で、かつて勧学会が開かれた歴史的な場所です。作者は少し遅れまいと、秋の冷気漂う山道を一人登っています。静まり返る山中の景と、法会への期待や緊張感、一歩一歩踏みしめる足音が心地よい緊張感とともに伝わってくる名句です。
国男忌遠野は風の渡る町
季語: 国男忌 (autumn)
【現代語訳】国男忌の今日、民話の里である遠野は、爽やかな秋風が吹き渡る町であることよ。 【鑑賞】柳田國男の代表作『遠野物語』の舞台である岩手県遠野をそのまま取り合わせました。吹き渡る風が神話や昔話の余韻を運んでくるかのような、大らかで詩情豊かな一句です。
源義忌秋風に箸とりてをり
季語: 源義忌 (autumn)
【現代語訳】源義忌の今日、身に染みる秋風を感じながら静かに食事の箸を取っている。【鑑賞】親交の深かった森澄雄による句です。大げさに嘆くのではなく、秋風が吹く日常の食事の一コマの中で、ふと亡き友の不在を噛みしめる姿が描かれています。飾らない日常の所作にこそ、深い哀悼の念が宿っています。
子うるかや酒あたたまるまでのこと
季語: 子うるか (autumn)
【現代語訳】子うるかをつまみながら、注文した酒が燗について温まるのを静かに待っていることよ。 【鑑賞】酒が温まるのを待つ間のささやかな時間に、子うるかをほんの少し味わう情景を描いています。晩秋の肌寒さの中で、熱燗を心待ちにする贅沢な間(ま)と、大人のゆったりとした晩酌の空気感が絶妙に表現された名句です。
西鶴忌浮世の骨の軽さかな
季語: 西鶴忌 (autumn)
【現代語訳】西鶴忌を迎えて思うのは、この浮世に生きる人間の骨、つまり生のありようのなんと軽やかで儚いことか。【鑑賞】西鶴が生涯をかけて描き続けた「浮世」と、人間の有限な肉体(骨)の軽やかさを響き合わせた名句です。現世の欲望や執着をユーモアと達観をもって描いた西鶴の人生観に寄り添い、無常でありながらもどこかからっとした人間愛を感じさせます。
胡麻干すや陽ざしの奥の淡路島
季語: 胡麻干す (autumn)
【現代語訳】庭先に胡麻が干されている。その秋の明るい日差しの遥か向こうには、淡路島が静かに横たわっている。 【鑑賞】手前の胡麻干しという親しみやすい農の風景から、視線が一気に海の彼方の淡路島へと広がっていくスケール感が秀逸です。穏やかな秋光に包まれた瀬戸内の風景が目に浮かびます。
混群のからと鳴き交ふ落葉径
季語: 混群のから (autumn)
【現代語訳】落ち葉の積もる山道を行くと、頭上でカラ類の混群が互いに鳴き交わしながら渡っていく。【鑑賞】足元の落葉を踏みしめる音と、頭上で交わされる小鳥たちの声が心地よく響き合います。秋深まる自然の中に身を置く心地よさと温もりが感じられる名句です。
西条柿吊して暮るる山河かな
季語: 西条柿 (autumn)
【現代語訳】軒先に西条柿を吊るし終える頃、山や川の広がる里の景色が静かに暮れてゆくことだ。 【鑑賞】一日の野良仕事や冬支度の終わりと、山里の夕暮れの広がりをゆったりと描き出しています。吊るされた柿の暖色と、しだいに影を深めてゆく山河の静けさが響き合い、日本古来の生活の営みと風土の美しさがしみじみと伝わってきます。
秋揚の竈の火赤く暮れにけり
季語: 秋揚げ (autumn)
【現代語訳】秋の仕舞いの祝宴の支度だろうか、竈(かまど)の火が赤々と燃えるなか、秋の日が暮れてゆく。 【鑑賞】竈の赤い炎と、急速に暮れてゆく晩秋の薄暮のコントラストが美しい句です。一年の収穫を終えて家族や里人が集い、温かい馳走を囲む前の素朴で豊かな夕暮れの情景が、深く温かく心に響きます。
秋遍路杖のひびきを山にすて
季語: 秋遍路 (autumn)
【現代語訳】秋の遍路道を行く巡礼者が、突く金剛杖の乾いた響きを静寂の山の中に残しながら、先へと歩み去っていく。 【鑑賞】澄んだ秋の山道に響く杖の音に焦点を当てた名句です。音を「山にすて」と表現することで、秋特有の静けさと孤独感、そして巡礼者がひたむきに歩みを進める無心の境地を見事に描き出しています。
秋忘れもの言ふときの眼の濁り
季語: 秋忘 (autumn)
【現代語訳】秋の寂寥のなか我を忘れているのだろうか、言葉を交わすその人の瞳にふと濁りが差している。 【鑑賞】他者とのふとした会話の瞬間、相手の瞳に宿る陰影から季節の深まりと老い、あるいは生のはかなさを鋭く捉えた一句です。
小豆干す筵の端のすこし浮き
季語: 小豆干す (autumn)
【現代語訳】小豆を干している筵の端が、秋のそよ風に吹かれて少しだけ持ち上がっている。 【鑑賞】のどかな秋の庭の情景を、筵の端のわずかな動きという繊細な視点で切り取った名句です。動かない小豆と、風に小さく揺れる筵の端の対比が、秋の穏やかな時間の流れを巧みに表現しています。
雨の魚の紅さしてゆく瀬音かな
季語: 江鮭 (autumn)
【現代語訳】あめの魚が体に婚姻色の紅を差しながら川を遡っていく、その清らかな瀬の音が聞こえてくることよ。【鑑賞】産卵期を迎え美しい赤みを帯びた魚体の色彩感と、清冽に流れる川のせせらぎの音とを結びつけ、秋の川辺の生命感と美しさを繊細に捉えています。
岩倉の祭明りの葛の葉に
季語: 岩倉祭 (autumn)
【現代語訳】岩倉祭の篝火や松明の明かりが、山裾に広がる葛の葉をほの白く照らし出している。 【鑑賞】祭りの炎そのものを直接詠むのではなく、道端や山裾の「葛の葉」に反射する祭明かりに視線を向けています。秋風に裏返る葛の葉の白い輝きが、山里の夜祭の幻想的な雰囲気を際立たせています。