1893年 - 1976年

高野素十

たかの すじゅう

作風・特徴

「あるがまま」を徹底した「無私の俳句」の体現者。一切の主観・感情・説明を排除し自然の一瞬をただひたすらに写す。シンプルな句の中に宇宙が宿る、客観写生の究極形。

生涯・略歴

新潟県生まれ。「ホトトギス四S」の一人。医師(医学博士)でありながら高浜虚子に師事し極めて客観的・即物的な写生句を追求した。「あるがまま」の自然を余分な感情を一切排して詠む姿勢は「無私の俳句」と評される。代表句「甃のうへ」は写生句の手本として俳句入門書に掲載される。

代表句 (20件)

父の日の少しはづれし父の影
季語: 父の日 (summer)
素十句集
松杉をこぼれて落ちし巣立鳥
草の穂の皆動く日の来たりけり
季語: 草の穂 (autumn)
【現代語訳】野原のすべての草の穂が、一斉にざわざわと動き出すような、そんな秋の風の吹く日がやってきたことだ。【鑑賞】秋が深まり、草が十分に実って穂を垂れる頃、風の強い日を迎えた情景です。「皆動く日」というシンプルな表現により、生命が一斉に躍動し、季節がダイナミックに推移していく瞬間の驚きと感動が捉えられています。
黒鯊の逃げて濁れる汐だまり
季語: 黒鯊 (autumn)
【現代語訳】人の気配に驚いたのか、黒鯊が素早く逃げ去り、そのあとの汐だまりの水が濁っている。 【鑑賞】客観写生を重んじる素十らしい、一瞬の動きを捉えた見事な作品です。黒鯊の姿そのものを直接描くのではなく、彼らが逃げ去ったあとに残された「濁れる汐だまり」を描くことで、黒鯊の俊敏な野生の気配を逆説的に、かつ鮮烈に表現しています。
ねぶた祭跳ねて若者汗みどろ
季語: 喧嘩ねぶた (autumn)
【現代語訳】ねぶた祭りの熱気の中、若者たちが激しく跳ね回り、体中を汗まみれにして狂喜乱舞している。【鑑賞】「ハネト」と呼ばれる踊り手たちの熱狂を写生した句。喧嘩ねぶたの荒々しさと若者たちの生命力の爆発、飛び散る汗の匂いまでが伝わってくるような、躍動感に満ちた作品です。
青空のなかに新松子ありにけり
季語: 新松子 (autumn)
【現代語訳】澄み渡った秋の青空の中に、ぽつんと新しい松ぼっくりが見えている。 【鑑賞】写生を重んじた素十らしい、極めてシンプルでありながら鮮明な絵画的構図を持つ一句です。どこまでも高い秋の青空と、その中に凛と存在する「新松子」の取り合わせが、澄み切った秋の空気感を見事に表現しています。
木の実降る雨を明るくして降るか
季語: 木の実の雨 (autumn)
【現代語訳】木の実が落ちてくる。この雨は、木の実を落としながら、あたりの景色をむしろ明るくして降っているのだろうか。【鑑賞】「明るくして降るか」という独自の観察眼が光る句です。沈みがちな秋の雨のなかに、木の実の輝きや生命の躍動を感じ取っています。
玉鼓鳴くや書見の灯のあたり
季語: 玉鼓 (autumn)
【現代語訳】秋の夜、読書にふける手元の灯りのすぐ近くで、玉鼓が澄んだ音を立てて鳴いている。 【鑑賞】静かな秋の夜、机に向かって本を読む作者の耳に届く虫の音。室内の静寂と外の澄んだ気配が「灯のあたり」という言葉によって一続きになり、研ぎ澄まされた秋の静けさを表現しています。
金狗尾草一すぢの日の射してをり
季語: 金狗尾草 (autumn)
【現代語訳】金狗尾草が生えているところに、ひとすじの秋の日差しが射し込んでいる。 【鑑賞】木漏れ日や雲間から漏れた一筋の光が、金狗尾草の穂先だけをスポットライトのように照らし出している瞬間を写生した句です。素十らしい純粋な客観写生によって、黄金色に浮き立つ草の美しさと、秋の静謐な空気感が鮮やかに浮かび上がります。
銀杏を拾ひて指の匂ひけり
季語: 銀杏 (autumn)
【現代語訳】銀杏の実を拾い集めたところ、その強い独特の匂いが自分の指先に残って匂っていることだ。【鑑賞】落ちている銀杏を拾ったときの、誰もが共感できる身近な感覚を素直に写生した一句です。拾い上げた手の感触や指についた特有の匂いがリアルに伝わり、秋が深まる季節の生活実感が鮮やかに立ち現れます。
刈田みちこなぎの花の咲きつづき
季語: 小水葱の花 (autumn)
【現代語訳】稲が刈り取られた田んぼのあぜ道に沿って、小水葱の青い花がどこまでも咲き続けている。\n【鑑賞】稲刈りが終わって広々とした田園風景のなか、刈り跡の湿地に点々と続く小水葱の花を見出しています。素十らしい客観写生によって、秋の静けさと素朴な野の花の生命感が淡々と、しかし鮮やかに描き出された名句です。
水鳥のあそびてをりぬ霜降
季語: 霜降の節 (autumn)
【現代語訳】霜降の節気を迎え、冷え込む水辺で水鳥たちがのんびりと泳ぎ遊んでいる。【鑑賞】晩秋の凛とした空気と水面の静けさの中で、寒さをものともせず平然と遊ぶ水鳥の生命力を写生した一句です。
秋の御遊篝の煙ただよへる
季語: 秋の御遊 (autumn)
【現代語訳】秋の雅やかな宴が催されており、焚かれた篝火の煙が静かに漂っている。 【鑑賞】秋の夜の冷涼な空気の中に立ちのぼる篝火の煙に焦点を当て、御遊の厳かで幻想的な雰囲気を客観写生の手法で見事に切り取った一句です。
木をつつく小赤啄木鳥や秋日和
季語: 小赤げら (autumn)
【現代語訳】木を忙しそうにつついている小赤げらがいる、爽やかで心地よい秋晴れの日である。 【鑑賞】秋晴れの澄んだ空気の中、素朴に木をつつく小さなキツツキの姿を素直に写生しており、自然の息づかいが伝わってきます。
小水葱咲く浅き泥水青みつつ
季語: 子葱 (autumn)
【現代語訳】浅い泥水の中に子葱が咲いており、その花の色によって泥水までもが青く染まって見えるようだ。【鑑賞】写生派の巨匠・素十らしい、純粋で精緻な観察眼が光る句です。泥水と子葱の青紫の花のコントラストが生む、小さな水辺の美を的確に写し取っています。
菰の花水引草の紅を借り
季語: 菰の花 (autumn)
【現代語訳】色合いの控えめな菰の花が、そばに咲く水引草の鮮やかな赤色を借りて、ほんのり色づいているかのようだ。 【鑑賞】地味な色合いの菰の花と、小さな赤い花をつける水引草を取り合わせた写生句です。水辺の草花同士の色彩の呼応に目を留めた素十らしい繊細な観察眼が光り、控えめな中にも華やぎが感じられます。
鮭簗の杭打つ音の山へ反る
季語: 鮭簗 (autumn)
【現代語訳】鮭簗を設営するために川底へ杭を打ち込む高い音が、背後の山にこだまして反響している。 【鑑賞】簗の設置作業の音風景を写生した名句です。杭を打つ乾いた音が秋の澄んだ空気を通って山肌に跳ね返る様子から、山峡の静けさと広がりが感じられます。
沢胡桃垂るる実蒼し渓の雨
季語: 沢胡桃 (autumn)
【現代語訳】沢胡桃の垂れ下がる実はまだ青々としており、そこへ渓谷のしとしとした雨が降っている。 【鑑賞】しっとりと雨に濡れる沢胡桃のまだ青い実の姿を写生した句です。雨の冷たさと青い実のみずみずしさが相まって、初秋から仲秋にかけての山の冷涼な大気が鮮明に感じられます。
残る菊日陰はつひに乾かざる
季語: 残菊 (autumn)
【現代語訳】咲き残っている菊のあたりは、日陰のままついに一日中湿り気が乾くことはなかった。 【鑑賞】日陰にひっそりと残る菊と、日が短くなり地表の湿り気さえ乾かない晩秋の冷涼な空気感を克明に写し取っています。「つひに乾かざる」という写生描写の徹底が、季節の深まりと残菊の哀れさを際立たせています。
珊瑚樹の実に日があたり雨が降り
季語: 珊瑚樹 (autumn)
【現代語訳】珊瑚樹の実に陽が照りつけたかと思えば、通り雨が降り注いでいる。 【鑑賞】秋の変わりやすい天候の中、珊瑚樹の実が日に照らされ、雨に濡れて輝く一瞬の自然の美しさを客観写生した名句です。淡々とした叙述の中に、実の瑞々しさと豊かな生命感が宿っています。