1885年 - 1926年
おざきほうさい
極限まで削ぎ落とした言葉が孤絶の深さを表現する。山頭火の放浪と対照的に放哉の句は狭い空間に閉じこもった内向きの孤独を描く。短ければ短いほど詩の密度が増す、俳句の本質を突き詰めた世界。
鳥取県生まれ。種田山頭火と並ぶ自由律俳句の双璧。東京帝大法学部卒業後に保険会社幹部として順風満帆なキャリアを歩んだが酒癖・反社会的行動が原因で職を失い離婚。各地の寺の寺男として転々とし最後は小豆島・西光寺の庵に一人閉じこもり40歳で没した。壮絶な生涯と研ぎ澄まされた句が時代を超えた共感を呼ぶ。