1885年 - 1926年

尾崎放哉

おざきほうさい

作風・特徴

極限まで削ぎ落とした言葉が孤絶の深さを表現する。山頭火の放浪と対照的に放哉の句は狭い空間に閉じこもった内向きの孤独を描く。短ければ短いほど詩の密度が増す、俳句の本質を突き詰めた世界。

生涯・略歴

鳥取県生まれ。種田山頭火と並ぶ自由律俳句の双璧。東京帝大法学部卒業後に保険会社幹部として順風満帆なキャリアを歩んだが酒癖・反社会的行動が原因で職を失い離婚。各地の寺の寺男として転々とし最後は小豆島・西光寺の庵に一人閉じこもり40歳で没した。壮絶な生涯と研ぎ澄まされた句が時代を超えた共感を呼ぶ。

代表句 (5件)

草じらみ払ふてをれば日暮れたり
季語: 草じらみ (autumn)
【現代語訳】衣服についた草じらみを一枚一枚むしり取っていると、いつの間にか日が暮れてしまった。【鑑賞】自由律俳句を代表する放哉らしい、孤独感と寂寥感が漂う一句です。ただ黙々と服についた草じらみを取るだけの単調な作業と、静かに忍び寄る夕闇。その静寂が、作者の孤独な境遇を深く象徴しています。
寝ころんで読んでゐる書や炬燵欲し
季語: 炬燵欲し (autumn)
【現代語訳】畳の上に寝転がって本を読んでいるのだが、だんだんと寒さが忍び寄ってきて、やっぱり炬燵が欲しいなと思うことだ。 【鑑賞】放哉の日常の素朴な一瞬を切り取った一句です。寝転がってくつろぎながら読書をするという平穏な時間の中に、秋の冷気が忍び寄ってくる気配が伝わります。「炬燵が恋しい」というささやかな願いが、飾らない口語調で親しみやすく描かれています。
木の実しぐれしきりなる日は旅を思ふ
季語: 木の実の時雨 (autumn)
【現代語訳】木の実が時雨のようにしきりに降り落ちる音を聞いていると、どこか遠くへ旅に出たいという思いが募ってくる。 【鑑賞】放哉らしい自由律俳句に通ずる、詩情豊かな一句です。降り続く木の実の音に心を乱され、あるいは誘われるようにして、旅情(あるいは孤独な彷徨への憧れ)を抱く心の揺らぎが繊細に描かれています。
新雪をふみつつゆくや母の墓
季語: 新雪 (winter)
【現代語訳】まだ誰も足を踏み入れていない新雪を踏みしめながら、私はただ一人、亡き母の墓へと向かって歩んでいくことだ。 【鑑賞】放哉ならではの孤独と、亡き母への切ない思慕が、汚れのない「新雪」という背景によって際立ちます。雪を踏む足音だけが響く静寂の中で、母への想いを一歩ずつ刻むように進む姿が、心に深くしみわたります。
溢蚊を打つて淋しき掌かな
季語: 溢蚊 (autumn)
【現代語訳】あぶれ蚊を叩いて殺したが、そのあとの自分の手のひらを見つめると、何とも言えない寂しさがこみ上げてくる。 【鑑賞】夏の蚊なら退治してすっきりするところを、弱り切った秋の蚊を叩いたことで、かえって無常感や自らの孤独が手のひらに残ってしまったという心情を詠んでいます。放哉らしい内省的で哀愁に満ちた作品です。