1892年 - 1981年

水原秋桜子

みずはらしゅうおうし

作風・特徴

叙情性・主観性を写生に持ち込み「見る」だけでなく「感じる」俳句を追求した。流麗なリズムと繊細な情感が特徴で虚子の枯淡とは対照的な豊かで色彩的な世界を描く。

生涯・略歴

東京府(現・東京都)生まれ。高浜虚子の「客観写生」に疑義を呈しホトトギスを離脱「馬醉木(あしび)」を創刊した近代俳壇の革新者。俳句に叙情性・主観的感情を取り戻すべきと主張し新興俳句運動の端緒を開いた。医師(産婦人科)としても活躍した異色の俳人。山口誓子・阿波野青畝・高野素十とともに「ホトトギス四S」と称された。

代表句 (20件)

夏至の雨大地を打ちて降りしきる
野の百合の白をたよりに歩みけり
ぎぼうしの花咲きそろひ雨となる
くららの花こぼれて高き庵かな
季語: 苦参 (autumn)
【現代語訳】くららの黄色い花がこぼれるように咲き、散っている。その視線の先には、小高い場所にぽつんと佇む庵が見えることだ。【鑑賞】野性味のあるくららの花と、俗世を離れた静かな庵の取り合わせが、一幅の東洋画のような静謐で美しい世界観を形作っています。
霧の帳ひらけて秋の山迫る
季語: 霧の帳 (autumn)
【現代語訳】目の前を遮っていた深い霧の帳がすうっと開けると、そこには秋の色に染まった山が、すぐ目の前まで迫るように雄大に現れた。 【鑑賞】霧が晴れていく動的な瞬間と、その後に現れた鮮やかな秋の山とのコントラストが鮮やかです。「迫る」という力強い表現に、自然の圧倒的な生命力が感じられます。
がまずみの実に山鳥の尾を曳けり
季語: 莢蒾の実 (autumn)
【現代語訳】たわわに実ったがまずみの赤い実の向こうを、美しい山鳥が長い尾を引いて飛び去っていった。 【鑑賞】ガマズミの鮮やかな赤と、山鳥の色彩豊かな美しさが対比された絵画的な一句です。秋の山野の豊かな色彩と静寂、そして一瞬の動的な美が、秋桜子らしく洗練されたタッチで切り取られています。
草の市買はぬ蓮の葉手にとりて
季語: 草の市 (autumn)
【現代語訳】草の市の店先で、買う予定のない蓮の葉をふと手にとってみる。そのみずみずしい緑と独特の感触に、お盆の近いことを実感しているのだ。 【鑑賞】盆棚に敷くための蓮の葉は、草の市の代表的な品物です。買う予定はないのについ触れてしまうという何気ない動作の中に、お盆という行事に対する作者の愛着や、先祖を想う心の機微が繊細に描き出されています。
黒鶴の嘴あまたなるひかりかな
季語: 黒鶴 (autumn)
【現代語訳】群れをなす黒鶴たちの鋭い嘴が、秋の光を浴びて幾重にも輝いていることよ。【鑑賞】水原秋桜子の色彩感覚と叙情性が光る句です。全体に黒い鶴たちの群れの中で、その嘴(くちばし)だけが陽の光を反射してきらめいている様子を繊細に描き出しています。
からすうり揺れて真闇をふかめたり
季語: 玉瓜 (autumn)
【現代語訳】からすうりの実が風に揺れることで、その周囲の深い闇が、いっそ色濃く深まっていくように感じられる。【鑑賞】夜の闇の中で、からすうりの赤い実が風に揺れる様子を描いています。実の赤さが際立つことで、その周囲を取り囲む「真闇(まやみ)」がよりいっそ深く、神秘的に感じられる様子を格調高く表現しています。
草枯やそこに残りし野菊の黄
季語: 草枯に花残る (autumn)
【現代語訳】草がすっかり枯れてしまった野原で、ある一角にだけ鮮やかに咲き残っている野菊の黄色が、ひときわ目を引くことだ。\n【鑑賞】枯れ色のモノトーンの世界の中で、鮮明に浮かび上がる「野菊の黄」が極めて印象的です。冬へと向かう冷たい空気の中に息づく、凛とした色彩美が捉えられています。
草鴫のたちてひそけき刈田かな
季語: 草鴫 (autumn)
【現代語訳】草鴫が羽ばたいて飛び去ったあと、刈り入れの終わった田んぼには、いっそう深い静けさが広がっていることよ。【鑑賞】鳥が飛び立つという一瞬の動的な変化を通して、秋の刈田が持つ静寂と寂しげな風情を際立たせた名句です。草鴫のひそやかな生態と、日本の秋の原風景が見事に調和しています。
駆鶉に日はあきらかに武蔵野ぞ
季語: 駆鶉 (autumn)
【現代語訳】草むらを鶉がせわしなく駆けていく。その頭上には、秋の澄み渡る陽光が武蔵野の広大な原野を包み込むように、あからさまなまでに明るく降り注いでいる。【鑑賞】広大な武蔵野という空間と、そこを小さく駆ける鶉の対比が鮮やかです。秋桜子らしい清澄な叙情性と色彩感覚に溢れ、明るい陽光が寂しげな野生の動きをかえって際立たせています。
柿の秋日あたる方に熟しけり
季語: 柿の秋 (autumn)
【現代語訳】柿の実が色づく秋。やはり太陽の光がよく当たる、日当たりの良い枝の方から、実が真っ赤に熟していくことよ。 【鑑賞】自然の当たり前とも言える営みを、素直かつ鮮やかに切り取った写生の一句です。おひさまの光をたっぷりと浴びて輝く柿の朱色が、澄み切った秋空の下で際立つような、明るく爽やかな情景が目に浮かびます。
柿祭る家のともしびゆれ合へり
季語: 柿祭 (autumn)
【現代語訳】柿の収穫を祝って祭る家々のともしびが、秋の夜風の中で互いに揺れ合っている。\n【鑑賞】秋桜子が得意とする叙情的な絵画風の描写です。素朴な柿祭が行われている農村の、温かくもどこか寂しげな夜の情景が、灯火のゆらめきを通して情緒豊かに表現されています。
筧草露をこぼして水絶えき
季語: 筧草 (autumn)
【現代語訳】筧の草が露をこぼすかのように水滴を落としていたが、ついに水が完全に途絶えてしまった。\n【鑑賞】秋の深まりとともに水源が涸れ、水の流れが止まる瞬間を、筧草の濡れた様子を通して繊細に表現しています。自然の移ろいに対する無常観が込められています。
紅樹なほ暮れきらざるに月出でぬ
季語: 紅樹 (autumn)
【現代語訳】紅葉した木々が、まだ夕闇に沈みきっていないというのに、もう東の空から美しい月が昇ってきた。【鑑賞】夕暮れ時の淡い残光の中に浮かぶ赤い木々と、夜の訪れを告げる月との対比が非常に幻想的です。色彩感覚に優れた秋桜子らしい、一幅の絵画のような美しさをたたえた名句です。
大木に風渡りゆく鹿児島祭
季語: 鹿児島祭 (autumn)
【現代語訳】神社の境内の大木を、秋の風がさっと吹き抜けていく。その清々しい気配の中で、鹿児島祭が行われている。 【鑑賞】鹿児島神宮などに生い茂る巨木に風が渡る様子を描き、南国の自然のスケールの大きさと、祭りの神聖な雰囲気を美しく表現しています。静かに吹き抜ける風が、祭りの動的な熱気と見事に対比されています。
球根を植ゑて久しき日向かな
季語: 球根秋植う (autumn)
【現代語訳】秋植えの球根を庭に植えているうちに、いつの間にかうららかな日向に長い時間座り込んでいたことだなあ。【鑑賞】春に咲く花を夢見ながら一球一球を丁寧に植える作業。没頭するうちに時が経ち、晩秋の柔らかで温かい日差しが心まで包み込んでくれるような、穏やかで幸福な時間が表現されています。
草つ月野川の水のひたひたと
季語: 草津月 (autumn)
【現代語訳】草木が生い茂る八月の頃、野原を流れる川の水が豊かに満ちて、ひたひたと音を立てて流れている。【鑑賞】秋の深まりとともに冷涼さを増していく水と、青々と茂る草野の静かな情景が、「ひたひたと」という繊細な擬音によって見事に表現されています。
橿鳥や静まりかへる櫟原
季語: 橿鳥 (autumn)
【現代語訳】橿鳥が一声鋭く鳴き声を響かせたかと思うと、その後の櫟の原野は、より一層しんと静まり返っている。【鑑賞】秋桜子が得意とする叙情的な写生句です。橿鳥の「ジェー、ジェー」という激しく濁った鳴き声が響いた直後、かえって周囲の静寂が深く、冷ややかに感じられる様子を捉えています。聴覚を通して、秋の広大な山野の寂寥感と冷涼な空気感を見事に表現しています。