1654年 - 1707年

服部嵐雪

はっとり らんせつ

作風・特徴

師・芭蕉の「さび」の精神を受け継ぎながら清澄で端正な句風を確立した。自然の微細な変化を丁寧に観察し余韻のある言葉で表現する。蕉門の中でも特に「雅」の要素を持つ俳人。

生涯・略歴

摂津国(現・大阪府)生まれ。松尾芭蕉の高弟「蕉門十哲」の一人で向井去来とともに「双璧」と称された。師・芭蕉の没後も俳諧の普及に尽力し「玄峰(げんぽう)」と号して俳壇をリードした。「梅一輪」の句は教科書にも掲載される有名な句で早春の繊細な温もりを詠んだ名作として広く知られる

代表句 (20件)

数かいて汁の葛這ふ障子かな
季語: 数搔く (autumn)
【現代語訳】葛汁を何度も丁寧にかき混ぜていると、その温かい湯気が、障子に這うように白く立ちのぼっていくことだ。 【鑑賞】「数かく」という単調な手の動きと、それに伴って発生する温かい湯気の動きを、障子という平面的な背景に見事に投影した一句。秋から冬へと向かう季節の、室内のはんなりとした温もりと静寂が伝わってきます。
片鳥屋や網の目にこぼるる秋の風
季語: 片鳥屋 (autumn)
【現代語訳】片鳥屋の仕掛け網の細かい目の間を、秋の冷たい風が吹き抜けていくことよ。 【鑑賞】鳥を捕らえるための網という、視覚的に細かい構造物に対して、目に見えない「秋の風」を取り合わせた繊細な句です。「こぼるる」という表現が、網をすり抜けていく風の触覚的な冷たさや、秋の哀愁を際立たせています。
こな茶立や障子をはさむ風の音
季語: 粉茶立 (autumn)
【現代語訳】粉茶を泡立てるように砂塵を巻き上げて吹く秋風が、障子の外と内で挟むようにして激しく鳴り響いている。 【鑑賞】風が障子の外から、また室内へと吹き抜けるようにして、障子全体を激しく揺らしている様子を描いています。冷え冷えとした秋の終わりの空気感が、障子の紙一枚を隔てて伝わってくる名句です。
菊襲脱ぎて置きたる匂ひかな
季語: 菊襲の衣 (autumn)
【現代語訳】菊襲の美しい衣服を脱いでおいてある。そこから、まるで菊の香りがほのかに立ち上っているかのような、えも言われぬ上品な香りが漂ってくることよ。【鑑賞】脱ぎ置かれた衣服に残る残り香(香の薫物や、その人自身の気品)を、菊襲の衣の配色と重ね合わせて情緒豊かに捉えた一句。視覚的な美しさと嗅覚的な美が融合しています。
銀浪にひたるばかりや秋の月
季語: 銀浪 (autumn)
【現代語訳】秋の満月が、まるで自ら放つ光の海(銀色の波)にどっぷりと浸かり込んでいるかのように、低く輝いていることだ。【鑑賞】月と波が一体となったような幻想的な情景です。空の月が海に浸っているかのように見えるほど、月光が海を明るく照らし、あたり一面が銀一色に染まっている様子を美しく捉えています。
貸衣やあるじの情うすからず
季語: 貸小袖 (autumn)
【現代語訳】貸してもらったこの小袖は、主人の深い思いやりがこもっており、生地が決して薄手ではないのと同様に、その温かい情もけっして薄いものではないのだ。 【鑑賞】衣服の「厚み(薄くないこと)」と、主人の「情の厚さ(うすからず)」を掛け合わせた、機知に富んだ温雅な句です。借りた衣服を通じて、旅の夜の孤独が主人の人情によって芯から解きほぐされていく様子が心地よく伝わります。
金風や洗ひ上げたる芋の肌
季語: 金風 (autumn)
【現代語訳】秋の清らかな風が吹き抜ける中、きれいに水洗いされた里芋が、白く艶やかな肌をのぞかせている。 【鑑賞】五行説に基づく格調高い「金風」という言葉と、きわめて日常的で泥臭い「芋」という素材の組み合わせが絶妙です。洗いたての芋の瑞々しい白さが、秋の澄み切った大気と風の冷涼感を鮮やかに引き立てています。
懐かしき人の別れや刈生の薄
季語: 刈生の薄 (autumn)
【現代語訳】心惹かれる親しい人との別れの場面であるが、折しも刈り跡にぽつんと残るススキが風にそよいでいて、より一層寂しさが身に染みることよ。【鑑賞】別れの切なさと、草を刈り取られた野に寂しく残るススキの荒涼とした風景が重なり合い、旅立つ人を見送る作者のわびしい心情が見事に描き出されています。
部領使のあとに立ちたる野分かな
季語: 部領使 (autumn)
【現代語訳】部領使の一行が通り過ぎて行ったその跡に、激しい野分(台風)が吹き荒れていることよ。【鑑賞】厳かな雰囲気で粛々と進む部領使の行列と、その後を追うように激しく吹き荒れる大自然の脅威(野分)の対比が鮮やかです。歴史的な厳粛さと、ダイナミックな秋の気象が見事に調和した動的な一句です。
軒の雨かとおもへば雪のしづれかな
季語: 垂れ (winter)
【現代語訳】外でしとしとと軒を打つ雨が降っているのかと思ったら、そうではなく、屋根に積もった雪が溶けてしたたり落ちる「しづれ」の音であったことよ。 【鑑賞】雨音だと思ったものが、実は雪解けの「しづれ」であると気づいた瞬間の、ささやかな驚きと風情を詠んだ一句です。寒さのピークを過ぎ、かすかに暖かさを帯び始めた季節の移り変わりが、繊細な音の聴き分けを通して伝わってきます。
子別れの烏に暮るる山路かな
季語: 鴉の子別れ (autumn)
【現代語訳】烏の子別れの鳴き声を聞きながら山道を歩いているうちに、すっかり日が暮れてしまったことだ。【鑑賞】秋の山道という孤独なシチュエーションにおいて、山中に響き渡るカラスの哀切な声が、いっそう周囲の寂しさを引き立てています。カラスの親子との対比で、作者自身の旅の孤独感と自然の冷厳さが際立っています。
刈上げていよいよ高き山路かな
季語: 刈上 (autumn)
【現代語訳】ふもとの田んぼの稲をすべて刈り終えて見上げると、これから登る山道が、以前よりもいっそう高く、すっきりとそびえ立っているように感じられることよ。【鑑賞】稲を刈り上げたことで視界を遮るものがなくなり、眼前にそびえる山が一気に迫ってくるような、秋晴れの中の開放感とダイナミックな空間の広がりを見事に捉えた名句です。
初箒さすがに塵と見えぬかな
季語: 初箒 (newyear)
【現代語訳】新年最初に使う箒で掃き出されたものは、さすがにただの汚いゴミ(塵)のようには見えず、どこか清らかなものに感じられることだ。 【鑑賞】新春の「掃き初め」において、普段は嫌われる「塵」さえも、新年の清らかな空気の中では特別なものとして見えてしまうという、嵐雪のユーモラスで繊細な心の動きを描いた名句です。新年の寿ぎの気分が、お掃除という日常の行為を通して素直に表現されています。
菊の香や着綿見えて朝曇り
季語: 菊の着綿 (autumn)
【現代語訳】菊の香りが漂う中、庭の菊に被せられた白い着綿が見えて、しっとりと朝曇りの空が広がっている。【鑑賞】秋の朝の静かな空気感と、菊の花の上に置かれた白い真綿の風情が落ち着いたトーンで描写されており、朝曇りの情景と見事に調和しています。
黄菊白菊そのほかの名はなくもかな
季語: 菊黄花あり (autumn)
【現代語訳】黄色い菊と白い菊、それ以外の複雑な品種名など知らなくても、ただそれだけで十分に美しいことよ。【鑑賞】雑多な銘柄や品種名にとらわれず、菊本来のシンプルで力強い美しさをそのまま称えた嵐雪の代表的な名句です。
乞巧棚星にあづかる薄かな
季語: 乞巧棚 (autumn)
【現代語訳】七夕のお供えをする乞巧棚に挿したススキが、夜空の星々に思いを預けるように佇んでいる。【鑑賞】乞巧棚に添えられたススキに視点を向けた風情ある作品です。秋の訪れを告げるススキと、星へ願いをかける七夕の祈りの心が重なり合い、静けさの中に温かい情緒を醸し出しています。
玉蟾のひかりをくだす夜寒かな
季語: 玉蟾 (autumn)
【現代語訳】澄み切った秋の月が、地上にその冷たい光を降り注ぐ夜の寒さであることよ。【鑑賞】「玉蟾」という格調高い季語を用いることで、秋の夜の冷気と月光の凛とした美しさを際立たせています。月光が光の粒子となって降り注いでいるかのような幻想的な描写と、肌を刺すような夜寒の感覚が見事に融合した名句です。
一葉散る咄一葉散る風の上
季語: 桐の葉落つ (autumn)
【現代語訳】一枚の桐の葉が散り、ああ、また一枚の葉が風に乗って散っていくことよ。\n【鑑賞】「咄(とつ)」は舌打ちや感嘆の声を意味します。次々と風に舞い落ちる桐の葉を見つめながら、過ぎ去る時間や秋の気配の深まりをリズム感豊かに捉えた味わい深い一句です。
葛砧月にうなるや遠江
季語: 葛砧 (autumn)
【現代語訳】遠江の国の澄んだ月夜に、葛布を打つ砧の音が低く力強く響き渡っている。【鑑賞】葛布の名産地として知られる遠江(現在の静岡県西部)の秋の夜を描いた句。「うなる」という力強い表現により、冴えわたる月光と夜気に響く硬質で深い音の質感を巧みに捉えています。
晴れやらぬ心の霧や今朝の秋
季語: 心の霧 (autumn)
【現代語訳】暦の上では清々しい秋の朝を迎えたというのに、私の心にかかる霧はいまだ晴れやらずにいることだ。【鑑賞】立秋の澄み切った大気と、自らの晴れない心の内を対比させた名句です。季節の移ろいに取り残されたような憂いが、秋の訪れの感覚をより際立たせています。