俳

1867年 - 1902年

正岡子規

まさおかしき

作風・特徴

「写生」を俳句の根本に置き、見たままを正確に言葉に写すことを徹底した。感傷や説明を排除しありのままの自然・日常の一瞬に美を見出す姿勢が近代俳句の土台となった。

生涯・略歴

伊予国(現・愛媛県松山市)生まれ。「写生」の概念で形骸化した俳諧を刷新し、近代俳句の祖となった。夏目漱石と東大で親交を深め共に文学を語った。結核を患いながらも晩年まで精力的に作句・評論を続け、弟子の高浜虚子・河東碧梧桐を育て上げた。生涯約25,000句を残した。「子規」の俳号は血を吐いて鳴くホトトギスに自身の喀血を重ねて名付けたもの。

代表句 (20件)

宵月やふすまにならぶ影法師
團栗や内を覗けど人もなし
團栗もかきよせらるゝ落葉哉
椎ひろふあとに團栗哀れ也
團栗にうたれて牛の眠り哉
猿啼く夜團栗落つるしきり也
氷解けぬ鯉の吹き出すさゝれ波
ぬす人のぬす人とるや年の暮
年の暮月の暮日のくれにけり
白蓮の中に灯ともす青さ哉
春雨やよその燕のぬれてくる
春雨に白木よごるゝ宮ゐかな
川狩にふみこまれたる眞菰哉
大文字をのぞいて出たり山の月
夜の露もえて音あり大文字
魂送り背戸より歸り給ひけり
蝙蝠や又束髮のまぎれ行く
蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし
蝙蝠や闇を尋ねていそがしき
月の秋菊の秋それらも過ぎて暮の秋