1920年 - 2007年

飯田龍太

いいだ りゅうた

作風・特徴

父・蛇笏の峻烈さとは対照的な繊細・清澄・叙情的な句風。山梨の豊かな自然を細やかに観察し余白と静寂を大切にした句を詠む。日本的な「間」の美意識が俳句の中に静かに流れる。

生涯・略歴

山梨県生まれ。俳人・飯田蛇笏の長男として山梨に生まれ父の後を継いで「雲母(きら)」を主宰した現代俳壇の重鎮。父の骨太な句風とは対照的に繊細で叙情的な句風が特徴。山間の自然を丁寧に観察した清澄な句が多く「山の詩人」とも称された。日本芸術院会員・文化功労者。

代表句 (20件)

夏休み果てたる雨の木々を視る
季語: 夏期休暇果つ (autumn)
【現代語訳】賑やかだった夏休みが終わり、しとしとと雨が降る中、静まり返った庭の木々を私はただじっと見つめている。【鑑賞】子供たちの歓声や夏の喧騒が去った後の、ぽっかりと穴があいたような静けさ。雨に濡れる木々を静かに見つめる作者のまなざしから、季節の移り変わりへの寂寥感と、静かな諦念が深く伝わってくる名句です。
鎌納め一山の日をこぼしけり
季語: 鎌納め (autumn)
【現代語訳】無事にすべての刈り入れを終えて鎌を納めると、静まり返った山全体に、秋の柔らかな日の光が溢れるように降り注いでいる。【鑑賞】蛇笏の息子である龍太による、山国の自然の豊かさを捉えた句です。労働の終わりを祝福するかのように、一山全体に日の光が満ちていくダイナミックな美しさがあります。
国光を齧るおのれを疑はず
季語: 国光 (autumn)
【現代語訳】国光を力強く齧っている自分の存在や生命力を、私は微塵も疑うことはない。【鑑賞】国光の極めて硬い果肉を「齧る」という行為を通じて、自己の生の実感を力強く肯定した名句です。酸味の強い汁が口に広がる瞬間の感覚が、そのまま生きていることの確信へと直結する、強靭な精神性が表現されています。
熊の棚雲のいづこに日はあらむ
季語: 熊の架 (autumn)
【現代語訳】梢の熊の棚を見上げるが、空は一面の厚い雲に覆われている。この暗い空のいったいどのあたりに太陽があるのだろうか。【鑑賞】晩秋の暗く冷たい雲に閉ざされた山中での緊迫感を詠んでいます。ぬくもりのない空と、熊の気配を残す棚という重苦しいモチーフが相まって、冬がすぐそこまで来ている自然の冷厳さをドラマチックに描き出しています。
鳥兜一樹の暗きところより
季語: 兜菊 (autumn)
【現代語訳】一本の大樹が作り出す深い陰の中から、鳥兜の花がその姿を覗かせている。【鑑賞】「一樹の暗きところより」というフレーズが、まるで見ている者の視線を誘導するように劇的です。うっそうとした木陰の闇の中から、あの独特な兜の形をした濃紫の花が浮かび上がってくるような、強い視覚的効果と神秘的な凄みを感じさせる名作です。
小鳥来る梢のひかり定まりて
季語: 小鳥来る (autumn)
【現代語訳】秋の渡り鳥たちが飛来し、彼らが止まった木の梢の光が、まるで焦点を結んだように美しく定まったことだ。【鑑賞】小鳥の到来によって、それまで揺らいでいた梢の木漏れ日やきらめきが、ぴたっと決まった瞬間を鮮やかに切り取っています。自然界の美しい秩序を感じさせる名作です。
栗咲いてどこからともなく山暮るる
季語: 栗咲く (summer)
【現代語訳】栗の花が咲きこぼれる中、どこからともなく静かに山が夕暮れに包まれていく。\n【鑑賞】薄暗くなる夕闇の中で、栗の白い花だけがぼんやりと浮かび上がり、山全体が夜へと移行していく静謐な時間を、極めて自然体かつ大きなスケールで描写しています。
西翁忌のちかづく雲の速さかな
季語: 西翁忌 (spring)
【現代語訳】西翁忌(西行忌)が近づいてくるこの季節、空を見上げると、流れる雲の動きがなんと速いことだろう。 【鑑賞】飯田龍太の代表的な句の一つです(「西行忌」として表記されることもありますが、「西翁忌」としても知られます)。春先の変わりやすい気象の中で、ちぎれ雲がスピードを上げて流れていく様子を活写しています。西行が漂泊の旅の中で見上げたであろう空の雲に思いを馳せ、時空を超えて西行の精神に共鳴しているかのような、スケールの大きな一句です。
混群のたちまち去りて冬の杉
季語: 雀類の混群 (autumn)
【現代語訳】鳥たちの混群がにぎやかに梢を渡り、あっという間に去ってしまうと、そこにはただ冬の杉の木が静まり返って立っている。【鑑賞】混群がもたらす一時の喧騒と、それが去ったあとに訪れる深い静寂の対比を鮮やかに描き出しています。自然界の「動」と「静」の対比が、冬の冷たい空気感とともに伝わってくる名句です。
海霧のぼる一樹に鳥のあつまりて
季語: 海霧 (autumn)
【現代語訳】海霧が下から湧き上がるように立ち上ってくる中、一本の木に鳥たちが次々と集まって身を寄せ合っている。 【鑑賞】視界が霧に遮られていく不安な状況の中で、鳥たちが本能的に一つの大樹に集まる静謐な瞬間を捉えています。自然の厳しさと、その中で生きる小動物の生命の息吹が静かに描かれています。
舞茸を割けばほの白き山の暮
季語: 黒舞茸 (autumn)
【現代語訳】舞茸を手で割くと、その断面がほの白く浮かび上がり、山里の夕暮れが深まってゆく。\n【鑑賞】黒みがかった傘と対比をなす内側の「ほの白さ」に視点を据え、静かに暮れてゆく山の気配と見事に響き合わせています。簡潔な描写の中に山陰の生活の陰影がにじみ出ています。
落ち合へる谷の深さや木の実時
季語: 木の実時 (autumn)
【現代語訳】山あいの谷と谷が合流する場所はなんと深いことか、ちょうど木の実が豊かに実るこの季節に。【鑑賞】山深い甲斐の自然を愛した作者らしい雄大な句です。深々とした谷の立体感と、静かに木の実を降らせる秋の山の豊かさが響き合っています。
原爆忌畳の上の青蜜柑
季語: 原爆忌 (autumn)
【現代語訳】原爆忌の今日、静まり返った部屋の畳の上に、まだ青い蜜柑がぽつんと置かれている。 【鑑賞】静寂の中に置かれた未熟な「青蜜柑」の鮮烈な存在感が、原爆によって断ち切られた無数の若き命や無念さを象徴しているかのようです。声高に叫ばずとも、静謐な日常描写によって深い追悼の思いを際立たせています。
小紅鶸や日はしづかなる雑木山
季語: 小紅鶸 (autumn)
【現代語訳】小紅鶸が訪れている雑木山には、静かで穏やかな秋の日差しが降り注いでいる。【鑑賞】秋の日差しが柔らかく射し込む雑木山の静寂を背景に、渡ってきた小紅鶸の気配を静かに詠み込んでいます。華美な描写を抑え、自然の静けさと小鳥の微かな命の躍動を深く味わえる一句です。
混群のから去る梢ひかりけり
季語: 混群のから (autumn)
【現代語訳】カラ類の混群が飛び去っていった梢に、秋の日差しがぱっと明るく射し込んでいる。【鑑賞】鳥たちの激しい動きから一転して、静止した木の梢に注ぐ秋の光を鮮やかに切り取っています。動から静への転換と、光の美しさが印象的な一句です。
小隼の飛び去る空の紺深し
季語: 小隼 (autumn)
【現代語訳】小隼が矢のように飛び去ったあとの秋の空は、吸い込まれそうなほど深い紺色をたたえている。 【鑑賞】一瞬の鋭い飛翔と、その後に残された静かで深い秋空の青さが見事に対比されています。猛禽ならではの研ぎ澄まされた動感と、秋の澄徹な気澄みが美しく共鳴する一句です。
猿の腰掛古木いよいよしづかなる
季語: 猿の腰掛 (autumn)
【現代語訳】猿の腰掛がついているその古木は、秋が深まるにつれますます静まり返っている。\n【鑑賞】年月を経て朽ちゆく古木と、その幹にどっしりと定着した猿の腰掛。自然の雄大さと秋の深まりゆく静寂が、無駄のない言葉で格調高く詠まれています。
山廬忌の杉の匂へるしぐれかな
季語: 山廬忌 (autumn)
【現代語訳】父の命日である山廬忌の今日、山廬を取り囲む杉木立が青く香るなか、静かに秋の時雨が降っている。\n【鑑賞】蛇笏の四男であり、同じく名俳人として山廬の風土を詠み継いだ飯田龍太の句です。杉の清冽な香りと冷ややかな時雨の情景を通じて、父への深い思慕と山廬の静けさがしみじみと伝わってきます。
赤い羽根街の埃のなかに散る
季語: 愛の羽根 (autumn)
【現代語訳】誰かが落とした募金の赤い羽根が、秋の乾いた街の埃の中に落ちて転がっている。【鑑賞】善意の象徴である羽根が、雑踏や埃のなかに落ちている情景を冷徹に切り取った句です。秋の乾いた空気と街の無機質な現実感が鮮やかに描き出されています。
赤げらのたたく梢の暮れかねつ
季語: 赤げら (autumn)
【現代語訳】赤げらがリズミカルに突いている梢のあたりは、秋の夕暮れがなかなか暮れきらずに明るさを残している。 【鑑賞】高い梢で木を叩く赤げらの乾いた音と、秋の夕空の残光を捉えた叙情的な句です。「暮れかねつ」という表現に、山の秋のゆったりとした時間の流れと、どこか名残惜しいような澄んだ夕暮れの情感が美しく響き合っています。