1903年 - 1984年

星野立子

ほしの たつこ

作風・特徴

虚子直伝の「花鳥諷詠」を女性的な感性で深化させた句風。華美になりすぎず地味になりすぎず自然の美しさを温かく静かに詠む。安定した品格と俳人の家に生まれた矜持が句の背骨になっている。

生涯・略歴

東京府(現・東京都)生まれ。高浜虚子の次女として生まれ父に師事した女流俳人。「玉藻」を創刊・主宰した。「ホトトギス四T」(杉田久女・中村汀女・橋本多佳子・星野立子)の一人。虚子の「花鳥諷詠」の精神を継承しながら女性らしい繊細な感性と温かみある句風を確立した。

代表句 (20件)

つめたさの口に残りし水羊羹
季語: 水羊羹 (summer)
立子句集
梅雨寒や羽織探して箪笥あく
季語: 梅雨寒 (summer)
立子句集
鴨来たる日のあたたかさ忘れまじ
季語: 鴨来る (autumn)
【現代語訳】鴨が北の国から渡ってきたこの日の、穏やかで心地よいあたたかさを、私はいつまでも忘れないだろう。【鑑賞】本格的な冬の到来を控えた秋の一日に、はるばる旅をしてきた鴨たちを迎える温かな眼差しが感じられます。その日の心地よい気候と、鳥たちに対する作者の優しい愛情が「忘れまじ」という強い言葉に込められています。
秋扇を拾ひあげたる軽さかな
季語: 秋扇 (autumn)
【現代語訳】ふと目に留まった秋の扇を拾い上げてみると、その手応えのなさ、驚くほどの軽さに、季節の虚しさを感じるなぁ。\n【鑑賞】夏のあいだ大活躍していた扇も、秋になればただの軽い紙と竹の塊にすぎません。その「物理的な軽さ」を捉えることで、役目を終えたものの物悲しさと、秋という季節が持つ独特の寂寥感を見事に表現しています。
芥子漬を製すや母の座を継ぎて
季語: 芥子漬製す (autumn)
【現代語訳】母の後を継いで、私がこの家で芥子漬を作っている。かつて母が台所を仕切っていたその座を、今や私がしっかりと引き継いでいるのだという実感が湧いてくる。【鑑賞】代々受け継がれていく家庭の味と、主婦としての役割を受け継いだ著者の確かな生活の実感が、「芥子漬を製す」という具体的な作業を通して温かく、また厳かに表現されています。
葛の花のこりてをりぬ山路かな
季語: 葛の花残る (autumn)
【現代語訳】ひっそりとした秋の山道を歩いていくと、もう季節も終わりだというのに、葛の花がまだ残って咲いていたことよ。 【鑑賞】「のこりてをりぬ」という素直な発見の喜びの中に、寂しげな山路でふと出会った残花への、愛おしさと温かな眼差しが込められています。
栗蒸し羊羹仏の前の小さき灯
季語: 栗蒸羊羹 (autumn)
【現代語訳】仏壇の前に小さな灯がともる中、お供えされた栗蒸し羊羹がひっそりと置かれている。【鑑賞】秋の暮れ、仏前に供えられた栗蒸し羊羹。ほの暗い仏間のなかに、お灯明の小さな光が揺れており、それが羊羹の素朴な質感や、埋め込まれた栗の黄色をかすかに照らしています。先祖や亡き家族を偲ぶ静かな秋の夜の情緒が、この一皿を通してしみじみと伝わってくる作品です。
ポケットに木の実をこぼし拾ひけり
季語: 木の実拾う (autumn)
【現代語訳】ポケットに集めた木の実がこぼれ落ちてしまうのも構わず、さらに夢中になって木の実を拾っていることよ。【鑑賞】ポケットがいっぱいになって、歩くたびにこぼれ落ちてしまうほどたくさんの木の実と、それをまた楽しそうに拾い上げるという、無心で微笑ましい動作が捉えられています。子供のような純粋な喜びと、秋の一日ののどかな時間が、星野立子らしい素直で軽やかなスケッチによって見事に描かれています。
小鳥渡る一日の雲のなき空を
季語: 小鳥渡る (autumn)
【現代語訳】終日、雲一つない見事な秋晴れの空を、小鳥たちが次々と渡っていく。\n【鑑賞】どこまでも澄み切った青空と、そこをひたすらに旅していく小鳥たち。過剰な形容を排し、秋の一日の広大さと清々しさを素直に写生した名句です。
鎌倉の八幡の祭ちかうなり
季語: 鎌倉八幡祭 (autumn)
【現代語訳】いよいよ、鎌倉の八幡さまのお祭りが近づいてきたことだ。 【鑑賞】鎌倉に暮らし、この土地を愛した星野立子らしい、素朴で愛おしさに満ちた一句です。お祭りを目前に控えた街全体がそわそわと、しかし華やぎを帯びていく独特の緊張感と高揚感を、「ちかうなり」というひらがなの優しい響きの中に巧みに表現しています。
黒葡萄一粒づつの重さかな
季語: 黒葡萄 (autumn)
【現代語訳】手にした黒葡萄は、一粒一粒にずっしりとした確かな重みがあることよ。【鑑賞】一房の葡萄全体を見るのではなく、「一粒づつの重さ」に意識を集中させたことで、秋の果実が持つ豊かな生命力と、充実した実りの瞬間を極めて具体的に表現しています。
一粒の枸杞の実あかし草の中
季語: 枸杞の実 (autumn)
【現代語訳】草むらの中に、ぽつんと一粒だけ、枸杞の実が赤々と輝いている。【鑑賞】生い茂る草の緑や、枯れかかった秋の草むらの中で、たった一粒だけ赤く自己主張している枸杞の実を見つけたときの、小さな驚きと喜びが素直に詠まれています。作者の細やかな観察眼と、日常の小さな美に対する温かい眼差しが感じられる、優しく愛らしい一句です。
里神楽おどけて見する子守かな
季語: 里神楽 (winter)
【現代語訳】里神楽の賑やかなお囃子に合わせ、幼い子どもをおぶった子守の少女が、おどけた仕草をして見せていることよ。【鑑賞】神楽のひょうきんな舞を見ながら、背中の赤ん坊をあやすために自分もおどけてみせる子守の少女の姿を温かく捉えています。冬の厳しい寒さのなかで、神楽の灯りと庶民の健気な温もりが交差する、情愛に満ちた写生句です。
白慈姑皮むけばなほ白かりき
季語: 白ぐわゐ (spring)
【現代語訳】白慈姑の皮をむいてみると、もともと白いと思っていたものが、中からはさらにいっそう真っ白で美しい肌が現れたことである。 【鑑賞】日常の何気ない調理のひとコマから、予想を超える「純白」を発見した驚きを素直に詠んでいます。「なほ白かりき」という平易な言葉遣いの中に、春の光を受けた白慈姑の鮮烈な色彩が浮かび上がり、作者の瑞々しい感性が伝わってきます。
苗代道や草の青みゆくばかり
季語: 苗代道 (spring)
【現代語訳】苗代道を進んでいくと、その道端の草がだんだんと青みを帯びていくばかりの、静かな春の景色が広がっている。【鑑賞】春が深まるにつれて、あぜ道の草が生き生きと芽吹いていく様子を、女性らしい素直な視線で切り取っています。「ばかり」という表現に、自然の移り変わりへの深い愛着が感じられます。
春きざす水にそそぎて温き水
季語: 春きざす (spring)
【現代語訳】春の気配が漂い始めた水の中に、さらに別のあたたかい水が注ぎ込まれて混ざり合っていくようだ。【鑑賞】「水にそそぎて温き水」という、一見すると当たり前のような水の動きを捉えることで、春がゆっくりと、しかし確実に世界を満たしていく様子を感覚的に表現しています。立子らしい、素直で繊細な観察眼が生み出した、命の温もりを感じさせる一句です。
燕の子一はこぼれて猶さわぐ
季語: 燕の子 (summer)
【現代語訳】ツバメの雛が一羽、巣からこぼれ落ちそうになりながらも、なおも賑やかに騒ぎ立てている。 【鑑賞】巣から落っこちそうになりながらも、餌をねだって元気に鳴き騒いでいる一羽の雛に焦点を当てた句です。「猶さわぐ」という表現から、雛の逞しさや無邪気さが生き生きと伝わり、周囲で見守る人間のハラハラしつつも微笑ましく思う気持ちが表現されています。
たかし忌や麦の秋なる鎌倉に
季語: たかし忌 (summer)
【現代語訳】たかし忌を迎えた今日、松本たかしが暮らした鎌倉の地は、麦が豊かに実り、黄金色に輝く美しい季節を迎えている。【鑑賞】たかしの別号「麦車」にも通じる「麦の秋」という季節感を、彼が愛した鎌倉の風景に重ね合わせています。初夏の乾いた光と、親しい俳友を失った寂しさが、鎌倉の情緒とともに美しく調和しています。
避暑の燈をともしはじめし林かな
季語: 避暑旅行 (summer)
【現代語訳】避暑地の夕暮れ時、林のあちこちにある山荘やホテルに、ぽつりぽつりと明かりが灯り始めたことだ。 【鑑賞】高原の別荘地などでの一コマ。夕闇が迫る中、涼しい林の中に暖色系の灯火がまたたき始める様子をシンプルに美しく描写しています。これから始まる避暑の夜への期待感と、静かな旅情を誘う叙情豊かな作品です。
一山のしづけさ瑠璃のなきわたる
季語: 瑠璃 (summer)
【現代語訳】山全体の静寂の中に、ただ瑠璃の美しい鳴き声だけが隅々まで響き渡っている。【鑑賞】「しづけさ」を破るのではなく、むしろ瑠璃の澄んだ鳴き声が響き渡ることで、深山の圧倒的な静けさがより一層際立つ様子を捉えています。