1882年 - 1940年

種田山頭火

たねだ さんとうか

作風・特徴

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生涯・略歴

山口県生まれ。五七五・季語にとらわれない「自由律俳句」の代表的俳人。家業の酒造の失敗・離婚・出家を経て全国を行脚しながら句を詠み続けた。荻原井泉水の「層雲」に参加。托鉢をしながら旅を続ける生き方そのものが俳句となった。昭和俳壇では異端的存在だったが現代で高い人気を誇る。

代表句 (5件)

秋空へむかつてひらく掌かな
季語: 秋空 (autumn)
【現代語訳】どこまでも高い秋の空に向かって、自分の手のひらをそっと広げてみる。\n【鑑賞】秋空の圧倒的な広大さと無心さに対し、自己の小さな掌を差し出す瞬間の切実な心情が詠まれています。空の青さと手のひらの温もりの対比、そしてすべてを受け入れようとする放浪の俳人ならではの哀愁と素直な祈りが感じられます。
秋の山へむかってあるく
季語: 秋の山 (autumn)
【現代語訳】澄んだ秋の山に向かって、ただひたすらに歩いていく。【鑑賞】自由律俳句を代表する山頭火の句です。澄み渡る秋の空気の中、大きな山を見据えながら孤独に行脚を続ける作者の心境と足音が、飾らない言葉によって鮮明に立ち現れます。
魂迎へ門火を焚くもひとりかな
季語: 精霊迎 (autumn)
【現代語訳】先祖の霊をお迎えするために門口で迎え火を焚いているが、その火を見つめる自分はたった一人きりなのだなあ。 【鑑賞】お盆という家族が集う行事において、孤独に火を焚く作者の寂寥感が赤裸々に描かれています。小さく揺れる炎と孤影が重なり、哀切な余韻を残す一句です。
野稗の実のこぼれつつ行く道である
季語: 野稗 (autumn)
【現代語訳】熟した野稗の実が足元にぽろぽろとこぼれ落ちるなかを、ひたすら歩き続けていく道である。\n【鑑賞】放浪の旅を続けた山頭火による自由律俳句です。道端の野稗の実が落ちる微小な動きと、あてどなく歩みを進める自身の孤独な境涯が重ね合わされ、深まる秋の寂寥感がじんわりと胸に迫ります。
ぶらりと暮れてへちまの水をとる
季語: 縑瓜 (autumn)
【現代語訳】ぶらりと当てどなく過ごすうちに一日が暮れていき、夜気配の中でへちまの蔓を切って水を採る。 【鑑賞】自由律俳句を代表する山頭火の句です。へちまの実が「ぶらり」と下がる様子と、自らの気ままで頼りない一日の暮らしぶりが「ぶらりと暮れて」という表現に重ね合わされています。淡々とした日常の所作の中に、孤独と侘しさが滲み出ています。