1709年 - 1771年

炭太祇

たんたいぎ

作風・特徴

庶民的感覚と平明な言葉の中に深い情趣を宿す素朴な句風。蕪村の絢爛さとは対照的で、生活感覚と哀愁が滲む人間的な温もりが特徴。

生涯・略歴

江戸中期の俳人。肥後国(現・熊本県)生まれ。京都に出て商人として生計を立てながら俳諧に親しみ、与謝蕪村と並んで中興期の京俳壇を代表する存在となった。庶民的な感覚と平明な言葉の中に深い情趣を宿す句風が特徴で、蕪村の絢爛さとは対照的な素朴な味わいがある。「鐘ひとつ 売れぬ日はなし 江戸の春」など生活感覚を詠んだ句が多く評価されている。

代表句 (20件)

家遠き 大竹原や 残る雪
長き日や 目のつかれたる 海の上
橋落ちて 人岸に在り 夏の月
飛ぶ蛍 あれと言はんも 独りかな
連雀のゆすりてこぼす木の実かな
季語: 黄連雀 (autumn)
【現代語訳】連雀の群れが梢にとまって枝を揺らし、その拍子に木の実をぽろぽろとこぼし落としていることよ。 【鑑賞】木の実をついばむ連雀たちの愛らしくも活発な動作を、こぼれ落ちる木の実という視覚的要素を通して捉えた名句です。秋の豊かな実りと、それを享受する鳥たちの息吹が生き生きと表現されています。
草刈の相撲にまけて戻りけり
季語: 草刈相撲 (autumn)
【現代語訳】草刈りの合間の相撲に負けてしまい、悔しさを抱えながらトボトボと家路につくことだ。 【鑑賞】草刈りという労働の合間に繰り広げられた、素朴で微笑ましい草刈相撲の一コマ。負けた悔しさを少し引きずりながら歩く少年の可愛らしい後ろ姿と、のどかな秋の夕暮れの風景が、太祇の軽妙なタッチによって生き生きと描かれています。
小町をどりに紅はかせたる親心
季語: 小町踊 (autumn)
【現代語訳】小町踊に出かける愛娘のために、口元に紅を塗ってあげる。その親の愛おしく思う心遣いが温かい。【鑑賞】普段はあどけない我が子が、小町踊という晴れの舞台のために特別な化粧を施してもらう場面です。親が我が子の健やかな成長を喜び、少しでも美しく見せてやりたいと願う細やかな愛情(親心)が、「紅はかせたる」という具体的な動作に凝縮されています。
唐萩や折々は風の吹戻す
季語: から萩 (autumn)
【現代語訳】から萩が風に吹かれて倒れそうになっているが、時折、風が逆方向に吹いて元の位置へと押し戻していることだ。 【鑑賞】しなやかで細いから萩の枝葉が、秋の風に翻弄される様子を克明に写生した作品です。ただ風に揺れるだけでなく、「吹き戻す」という一瞬の動きを捉えることで、植物の生命力と秋風の気まぐれな優しさが巧みに描かれています。
星くだる清水の闇のあかりかな
季語: 清水星下り (autumn)
【現代語訳】星が降り注ぐという清水の夜、その深い闇の中に、何かしらほのかな明るさが感じられることよ。【鑑賞】「闇のあかり」という、一見矛盾するような表現が秀逸です。星が降りてくるという信仰の力が、物理的な暗闇さえも聖なる光で満たしているかのような、神秘的な感覚を捉えています。
懸索麺仏のうしろ淋しけれ
季語: 掛索麵 (autumn)
【現代語訳】仏壇に掛けられた索麺。その白い糸の向こうにある、仏像の背後の暗がりには、なんとも言えない寂しさが漂っている。【鑑賞】蕪村の盟友でもある太祇による、生活感と寂寥感が同居した一句。白く揺れる掛索麺の対比として、仏壇の奥にある「影」や「暗闇」に視線を向けることで、秋の訪れがもたらす一抹の寂しさを象徴的に描き出しています。
神幸の供にもるるや威儀正し
季語: 鹿島御神幸祭 (autumn)
【現代語訳】神幸の厳かな行列にお供として加われなかった者たちもまた、衣服を整え、居住まいを正して遠くから拝礼していることだ。 【鑑賞】江戸中期の俳人・炭太祇の句です。祭りの華やかな行列そのものではなく、そのお供から漏れた人々(見守る側の人々)の敬虔な態度を描くことで、地域一帯に満ちる厳粛な信仰の空気感を巧みに表現しています。
蚊帳干して其処ら匂ふや秋の風
季語: 蚊帳を干す (autumn)
【現代語訳】使い終えた蚊帳を干すと、そのあたり一帯に、どこか懐かしい夏の残り香と、清々しい秋の風の香りが漂ってくることだよ。【鑑賞】夏の生活必需品であった蚊帳を片付けるために干す光景です。干された蚊帳から立ち上る特有の匂いと、そこに吹き抜ける秋の風の質感を五感で捉え、季節の移り変わりを実感させる名句です。
金商の風や心に吹くままに
季語: 金商 (autumn)
【現代語訳】秋の冷ややかで澄んだ風が、私の心の赴くままに、あるいは私の心の中をそのまま吹き抜けていくようだ。 【鑑賞】「金商の風」というやや硬質な表現が、作者自身の内面(心)に直接結びついています。秋風の持つ寂しさと清澄さが、世俗のしがらみを離れた作者の澄み切った心境と見事に一体化しており、風の吹くままに身を委ねる無心な境地が美しく表現されています。
空棚や仏の留守のうす埃
季語: 空棚 (autumn)
【現代語訳】盆棚が片付けられて空になった棚に、早くも薄っすらと埃が積もっている。仏様が(あの世へ)帰ってしまわれて、留守になった寂しさが身に染みることよ。【鑑賞】お盆が終わり、祖先の霊を送り出した後の「仏の留守」という表現が秀逸です。誰もいなくなった空間に積もり始める薄埃が、静けさと一抹の寂しさを際立たせています。
柿の店日あたりながら日暮れたり
季語: 柿の店 (autumn)
【現代語訳】柿の店の店先には、一日中うららかな秋の日が当たっていたが、いつの間にかそのまま日が暮れてしまったことだ。【鑑賞】店先に山積みされた柿の朱色が、夕日の中でさらに鮮やかに輝き、そのまま静かに夕闇に溶けていく時の流れを感じさせます。
刈詰ていよいよ遠き男山
季語: 刈詰 (autumn)
【現代語訳】田の稲をすっかり刈り終えたので視界が広がり、向こうに見える男山が、かえって今までよりも遥か遠くにあるように感じられることだ。【鑑賞】目の前を遮っていた稲穂の壁が消えたことで、平坦で遮るもののない大空間が出現しました。その結果、目指す山が実物以上に遠くに感じられるという、人間の視覚の面白さを巧みに捉えた名句です。
行夜や竹の葉ちるも耳にたつ
季語: 行夜 (autumn)
【現代語訳】夜回り(行夜)をしていると、竹の葉がはらはらと散り落ちるわずかな音さえも、過敏なほどに耳に響いてくることだ。 【鑑賞】秋の夜の張り詰めた空気と静寂を見事に切り取った一句です。夜回りの緊張感の中で、普段は気づかない微細な音が大きく聞こえる様子が、鋭い観察眼で描かれています。
栗山をのぼりくだりや秋の風
季語: 栗山 (autumn)
【現代語訳】栗山を登ったり下りたりして仕事をしていると、爽やかな秋の風が吹き抜けていくことよ。 【鑑賞】江戸中期の俳人による、暮らしの匂いがする健やかな一句です。栗拾いか、あるいは山の整備でしょうか。起伏のある栗山を行き来する心地よい疲労感の中に、吹き抜ける秋風の冷涼さが心地よく響き渡ります。
刈生の薄を分けて戻りけり
季語: 刈生の薄 (autumn)
【現代語訳】草を刈り取った跡の野原に、まばらに残るススキを手でかき分けるようにして、我が家へと帰ってきたことだ。【鑑賞】「分けて戻る」という日常的な動作の中に、夕暮れの寂しい野原を一人で歩く作者の姿が浮かびます。素朴な写生でありながら、秋の終わりのうら寂しさがじんわりと伝わってきます。
蚊帳のわかれ涙を見せぬ用心に
季語: 㡡の別れ (autumn)
【現代語訳】蚊帳を片付ける別れの時に、お互いの涙を見せまいとするためか、蚊帳の陰に隠れるようにして用心していることだ。【鑑賞】江戸中期の俳人、炭太祇による句。「蚊帳の別れ」という季節の移り変わりによる片付けの行為を、男女や親しい人との別れの場面に見立てて、少し艶っぽく、かつユーモラスに表現したドラマチックな作品です。