1892年 - 1927年

芥川龍之介

あくたがわりゅうのすけ

作風・特徴

小説と同様に知性と詩情・明と暗が共存する句風。初期は写生的だが晩年に近づくほど虚無感・厭世観が句ににじみ出る。文豪の内面が凝縮された俳句史上でも異彩を放つ作品群。

生涯・略歴

東京府(現・東京都)生まれ。「羅生門」「藪の中」「蜘蛛の糸」で知られる近代文学の巨匠。小説家として著名だが俳号「我鬼(がき)」のもと生涯に約1,000句を残した俳人でもある。正岡子規の影響を受けた写生的な句から晩年の暗く退廃的な句まで変遷がある。35歳で自死した。「芥川龍之介賞」は現在も文学界最高の新人賞として続く。

代表句 (20件)

葛の花こぼれて石のぬれにけり
季語: 葛の花 (autumn)
【現代語訳】葛の赤紫の花がはらはらと散りこぼれて、そこにある石がしっとりと濡れていることだ。【鑑賞】大正から昭和初期の文豪であり、俳人としても優れた句を残した芥川龍之介(俳号は我鬼)による、静寂と湿度を感じさせる名句です。秋のひやりとした空気の中、濡れた石の黒と、そこに散りばめられた葛の花の赤紫色のコントラストが、一幅の絵画のような美しさを構成しています。
樺火に影のうごかぬ夜寒かな
季語: 樺火 (autumn)
【現代語訳】樺の火が赤々と燃えるその光の中に、じっと動かない影が映し出されている。夜の寒さがしんしんと身に染みる。 【鑑賞】「夜寒(よさむ)」の冷気の中、燃え盛る樺火の揺らめきとは対照的に、ピタリと動きを止めた人影の静けさを描いています。燃える火の熱と夜の冷たさ、動く炎と動かない影という二重のコントラストが、張り詰めた秋の夜の空気感を表現しています。
胡桃割る一ト夜の宿の灯の小さ
季語: 胡桃割る (autumn)
【現代語訳】旅先の一晩だけ身を寄せる宿で、小さなともしびの元、ぽつりぽつりと胡桃を割っている。【鑑賞】旅愁と寂寥感が漂う情緒豊かな一句です。「灯の小さ」という視覚的な心細さと、胡桃を割る硬質な音が、旅の夜の静けさと孤独をより一層引き立てています。
刈田面に落つる日あかき野道かな
季語: 刈田面 (autumn)
【現代語訳】すっかり刈り取られた田んぼの表面に、沈みゆく太陽の真っ赤な光が差し、その中を野道が寂しく通っていることよ。 【鑑賞】文豪・芥川龍之介が詠んだ、まるで一幅の絵画のような美しい写生句です。収穫後の広々とした刈田と、そこに落ちる鮮烈な赤い夕日、そしてぽつんと伸びる野道。静寂と哀愁の入り混じった晩秋の抒情が、見事な色彩対比の中に表現されています。
臭木の花こぼるる谷の暗さかな
季語: 常山木の花 (autumn)
【現代語訳】クサギの白い花がぽろぽろとこぼれ落ちている、その谷底の暗さよ。【鑑賞】白く甘い香りを放つクサギの花が散り落ちる様子と、日の差し込まない深い谷の暗さとのコントラストが鮮烈です。作者の繊細で少し退廃的な美意識が、自然の描写を通して見事に表現されています。
金風に吹かれ放ちの小舟かな
季語: 金風 (autumn)
【現代語訳】秋のさわやかな風に吹かれながら、どこにも繋ぎ留められることなく、ただ水面に漂っている一艘の小舟よ。 【鑑賞】文豪・芥川龍之介(俳号・我鬼)の作品です。秋風の中にぽつんと浮かぶ小舟の姿に、自らの孤独や、何者にも縛られたくないという自由への憧れを投影しています。乾いた秋の風が心地よくもどこか寂しく感じられる名句です。
秋懐や水に浮かべる芥の芽
季語: 秋懐 (autumn)
【現代語訳】秋の寂しさに浸っていると、ふと水面にゴミに混ざって小さな芽が浮かんでいるのが目に留まった。【鑑賞】大正から昭和初期の文豪・芥川龍之介の句。「芥(あくた)」はゴミのことであり、淀んだ水に浮く小さな芽という微細な生への着目が、秋の憂愁と重なり、作者の繊細で傷つきやすい内面を投影しているかのようです。
胡孫眼を剥けば滴る雫かな
季語: 胡孫眼 (autumn)
【現代語訳】胡孫眼(いちじく)の皮を剥くと、そこからみずみずしい汁がぽたぽたと滴り落ちてくる。\n\n【鑑賞】「胡孫眼」の皮を剥くという日常的な動作の中に、果実の圧倒的な生命力と瑞々しさを捉えた句です。滴る雫の描写が、秋の果実の豊かさと、どこか艶めかしい魅力を伝えています。
小鳥狩る網のひびきや秋の風
季語: 小鳥狩 (autumn)
【現代語訳】小鳥を捕らえるための網が風に揺れてかすかな音を立てている。その音の向こうから、秋の冷ややかな風が吹き抜けていくことだ。【鑑賞】芥川龍之介の句。猟の網が風に揺れる繊細な「ひびき」を通して、秋の訪れとその寂寥感、そして自然の静けさを鋭敏に捉えています。
からすうりちぎれば軽き実なりけり
季語: 王瓜 (autumn)
【現代語訳】烏瓜の実をちぎってみると、手に伝わるその重さは驚くほど軽いのだった。\n【鑑賞】見た目の鮮やかさや存在感に対して、実際に手にとったときの「軽さ」という身体的な感覚に焦点を当てています。知的な芥川龍之介らしい、日常の小さな発見と、どことなく漂う寂しさが表現されています。
里神楽天狗の鼻の乾きかな
季語: 里神楽 (winter)
【現代語訳】里神楽で舞う天狗のお面の鼻が、冬の乾燥した空気の中で、かさかさに乾いているように見えることよ。【鑑賞】天狗の木彫りの面という、大きく突き出た特徴的な鼻に着目した、芥川龍之介らしい観察眼が光る一句です。冬の空気の乾燥と冷たさが、天狗の面の「乾き」という即物的な表現によって見事に具現化されており、ユーモラスでありながらもどこか寂寥感が漂います。
迎春花ひらき初めたる嵐かな
季語: 迎春花 (spring)
【現代語訳】春を迎える迎春花が咲き始めたというのに、激しい嵐が吹き荒れていることよ。 【鑑賞】早春の激しい風(春の嵐)のなかで、健気に咲き始めた黄色い花を対比させています。自然の厳しさと、それに耐えて咲く花の生命力の強さが、ドラマチックに描き出されています。
絵の具解く皿に風あり白扇
季語: (summer)
【現代語訳】絵の具を水に溶かしている皿のあたりに、白い扇から送られるかすかな風がそよいでいることだ。【鑑賞】白扇から生み出される静かで細やかな風が、絵の具を溶かしている小さな皿の表面をかすかに揺らしている様子を捉えています。白扇の「白」と絵の具の「色彩」、そしてかすかな風という触覚が融合した、極めて繊細で芸術的な美しさを持つ一句です。
木つ葉掻く音のして居る日和かな
季語: 木っ葉 (autumn)
【現代語訳】どこかで落ち葉を竹箒で掻き集めるカサカサという音が心地よく響いている、穏やかな秋晴れの日であるよ。【鑑賞】晩秋の穏やかな晴れ間(小春日和のような一日)の静けさを、木っ葉を掃く乾いた音だけで見事に表現しています。日常の長閑さと秋の深まりが美しく調和しています。
菊月や畳にともす昼の灯
季語: 菊月 (autumn)
【現代語訳】菊月を迎え、日差しが陰る昼下がりの室内に、畳を照らす明かりをぽっと灯す。【鑑賞】秋が深まり、昼間でも室内や日陰に冷気と薄暗さが漂う季節の情緒を、部屋の中の一景から静かに切り取っています。
茸とる少年の手に日の匂ひ
季語: (autumn)
【現代語訳】茸を採る少年の手から、あたたかな日の光の匂いがする。【鑑賞】秋の山野で茸狩りに興じる少年の健やかさを描いた名句です。「日の匂ひ」という五感を通した表現により、秋晴れの心地よさと少年の無邪気さが生き生きと立ち現れます。
黍の穂に風落ちかかる夕べかな
季語: 黍の穂 (autumn)
【現代語訳】実った黍の穂に、夕暮れの秋風がふっと吹きかかっていることだ。【鑑賞】日暮れの静けさの中で、黍の穂に風がさっと吹き抜ける瞬間を繊細にとらえています。文豪・芥川龍之介らしい、一瞬の情景と詩情が凝縮された秀句です。
黍畑からからとして暮れにけり
季語: 黍畑 (autumn)
【現代語訳】黍畑が風になびいてカラカラと乾いた音を立てながら、秋の日は暮れていったのだった。【鑑賞】乾いた黍の葉や穂が擦れ合う微かな音に着目し、秋の夕暮れの寂涼感と静けさを印象的に描写した名句です。
草市や買ひ残したる蓮の葉に
季語: 草市 (autumn)
【現代語訳】草市の賑わいが引いた後、買い手がつかずに残された蓮の葉の上に、ふと目が留まる。【鑑賞】賑やかな市の中で取り残された蓮の葉の瑞々しさと静けさを描いています。宵の賑わいの後の寂寥感と、亡き魂を迎える盆の情感が美しく響き合っています。
水洟や梔子の実も尖りそめ
季語: 山梔子の実 (autumn)
【現代語訳】寒さで鼻水が出てくる季節となり、梔子の実も先端を尖らせて色づき始めている。 【鑑賞】晩秋の冷気によって思わず鼻水が出たという日常の実感と、庭に見える梔子の実の尖った形状をテンポよく取り合わせています。「水洟」の寒々しさと「尖りそめ」という実の質感の対比が、秋の深まりを鋭敏に捉えている名句です。