1703年 - 1775年

加賀千代女

かがのちよじょ

作風・特徴

女性らしい繊細さと優しさが際立つ清澄な句風。自然の美しさや生活の一場面を柔らかく詠み、感情を押しつけない余白の美が特徴。

生涯・略歴

江戸中期の女性俳人。加賀国(現・石川県)白山市生まれ。「朝顔に つるべとられて もらひ水」の句で広く知られる。幼少より俳諧の才を発揮し、各地の俳人と交流を深めた。夫の没後は剃髪して尼となり、俳号を「千代尼」とした。清澄で繊細な句風は多くの人に愛され、日本を代表する女性俳人として後世にその名を伝えている。

代表句 (20件)

釣竿の 糸にさわるや 夏の月
門火たくやそのけむり行く方へ行く
季語: 門火 (autumn)
【現代語訳】門火を焚くと、その煙はただ風の吹くままに、流れていくべき方向へと流れていく。 【鑑賞】門火の煙が流れていく様子を、素朴かつ直観的に詠んだ句です。煙が行く方向へと自然に消えていく姿に、あの世へと戻っていく先祖の魂(精霊)の姿を重ね合わせています。作為のない素直な写生の中に、お盆の物悲しさと深い情愛が漂う名句です。
淋しさのそこに咲きけり形見草
季語: かたみ草 (autumn)
【現代語訳】寂しさが極まったその場所に、ぽつりと形見草がひっそりと咲いている。【鑑賞】自身の胸の内にある「淋しさ」が、目の前の空間に「かたみ草」という具体的な形となって現れたかのような表現です。主客合一の境地から生まれた、静かで哀切極まる名句です。
なづな咲く方へばかりや歩みゆく
季語: なづな (spring)
【現代語訳】野原を散策していると、あちこちに咲く可愛らしい薺の花に誘われるように、ついついその咲いている方へとばかり歩いていってしまう。\n【鑑賞】春のうららかな日に、小さな薺の花に心を奪われながら、あてどもなく歩くのどかで心豊かな時間を描いています。素朴な花に対する深い愛着が伝わってくる一句です。
雁の玉章持て行く風の行方かな
季語: 雁の玉章 (autumn)
【現代語訳】空を行く雁たちが運んでいる手紙を、さらに先へと送るように吹く秋風は、一体どこへ向かっていくのだろうか。【鑑賞】雁が風に乗って旅路を急ぐ様子を、大切な手紙を運ぶ使者として捉えています。風の吹く先、そして雁たちが目指す遠い地への憧れや旅愁が、美しく広がりのあるスケール感で描かれています。
着せわたのぬれてこぼるる菊の露
季語: 菊の著綿 (autumn)
【現代語訳】菊の花に被せた真綿がたっぷりと夜露を吸い、その重みで、今にも菊の露がぽたぽたとこぼれ落ちそうであることよ。【鑑賞】露を含んだ真綿の「濡れてこぼるる」という瑞々しい描写が秀逸です。視覚だけでなく触覚や重さまでも感じさせ、秋の生命力に満ちた美を表現しています。
雁の使ふでなき筆を染めかねて
季語: 雁の使 (autumn)
【現代語訳】雁が便りを届けてくれるというので、こちらも返事を書こうとするが、不慣れな筆づかいのため、うまく文字を書き進めることができずに困っています。\n【鑑賞】「雁の使」というロマンチックな設定に対し、実際に手紙を書こうとする自らのぎこちない筆跡を自嘲気味に、かつ愛らしく描いた一句です。
かりがねの連れてゆきけりそらの青
季語: (autumn)
【現代語訳】雁の群れが飛び去っていく。まるで、秋の澄み切った青空の「青さ」を、その翼で一緒に連れ去っていってしまったかのように空が広く寂しく感じられる。 【鑑賞】去りゆく雁の群れを見送る中での新鮮な色彩感覚が光る一句です。鴈が飛び去った後の、ぽっかりと残された空の虚無感と美しさを見事に表現しています。
雁の涙にやどる月夜かな
季語: 雁の涙 (autumn)
【現代語訳】渡っていく雁が流す悲しげな涙、その一滴一滴にまで秋の美しい月光が宿って輝いているような、まことに見事な月夜であることよ。【鑑賞】千代女の繊細な感性が光る一句です。遥か高みを行く雁の涙という目に見えないものにすら、澄み切った月の光が反射していると空想することで、月夜の美しさを極限まで引き立てています。
折りとりて誰にくれんや菊の酒
季語: 菊の酒 (autumn)
【現代語訳】美しく咲く菊を折り取って、一体誰に差し上げようか。この菊の酒を一緒に酌み交わす相手を思い浮かべながら。【鑑賞】重陽の日に長寿を願う菊の花を手に、親しい人や愛する人を思いやる優しく細やかな心情が詠まれています。「菊の酒」という季語の格調高さが、相手を思う真摯な心をより一層引き立てています。
架稲よりこぼるる露の匂ひかな
季語: 架稲 (autumn)
【現代語訳】架稲に結んだ朝露がぽつりぽつりとこぼれ落ちる、その露から、いかにも秋らしい豊かな稲と藁の匂いが漂ってくるようだ。【鑑賞】朝露が滴る様子を視覚的に捉えつつ、そこから立ち上る「匂い」という嗅覚的な要素に焦点を当てた、極めて繊細で美しい一句です。みずみずしい露と、天日に干されて凝縮されていく稲の力強い生命力が、見事に調和しています。
梶の葉やたむけがたきを水のうへ
季語: 梶の葉姫 (autumn)
【現代語訳】七夕の願いを込めた梶の葉を水に流して神仏に手向けようとしますが、その風情があまりにも美しく、水の上に手向けるのが惜しまれるほどです。【鑑賞】加賀千代女による、七夕の切なくも美しい一瞬を切り取った名句です。梶の葉が水に浮き、流れていく様子に対する、作者の繊細で優しいまなざしが感じられます。
菊がさね着ぬに惜しまぬ匂ひかな
季語: 菊襲の衣 (autumn)
【現代語訳】菊襲の衣を実際に身にまとっているわけではないけれど、ただその美しい着物を見ているだけでも、菊の芳しい香りが惜しみなく漂ってくるように感じられることよ。【鑑賞】「着ぬに惜しまぬ」という表現に、衣服そのものの美しさと、そこから想起される秋の豊かな香りが表現されています。女性らしい繊細な視線で菊襲の雅さを讃えています。
朝顔につるべ取られてもらひ水
季語: 朝顔 (autumn)
『千代尼句集』ほか伝承句
蚊帳の名残り今宵の月のあかるさよ
季語: 㡡の名残 (autumn)
【現代語訳】蚊帳を吊ったまま過ごす名残の秋の夜、今夜差し込んでくる月の光はなんと明るく澄んでいることでしょう。【鑑賞】蚊帳越しに透けて見える秋の澄んだ月光の美しさを捉えた句です。蚊帳の白い網目が月光を柔らかく受け止め、部屋全体を幻想的な明るさで満たしている様子が浮かびます。
草の初花に夕日のなごりかな
季語: 草の初花 (autumn)
【現代語訳】咲き始めたばかりの可憐な秋の草の花に、沈みゆく夕日の光が名残惜しそうに優しく差している。【鑑賞】咲き初めの初々しい花の美しさと、一日の終わりを告げる夕日の柔らかな光が調和しています。はかなさと美しさが同居する秋の夕暮れの静かな情景が美しく描き出されています。
影灯篭影なき時はさびしけれ
季語: 影灯籠 (autumn)
【現代語訳】美しい影を映して回り、目を楽しませてくれる影灯籠だが、火が消えて影が映らなくなってしまった時は、いっそう寂しさが身に染みるものだ。【鑑賞】動いていた影が消えた瞬間の静寂と、そこに訪れる秋の物寂しさを、素直かつ情緒豊かに詠み上げています。
梶の葉に心うつるか夜の風
季語: 梶の七葉 (autumn)
【現代語訳】梶の葉に書き留めた私の切ない思いが、夜風に吹かれてどこかへ移り去ってしまうのだろうか、それとも風そのものに心が乗っていくのだろうか。 【鑑賞】千代女らしい、情緒豊かで繊細な恋心や祈りを詠んだ句です。七夕の願いを託した梶の葉が、夜の静かな風にそよそよと揺れる様子を見つめながら、自分の心が風にさらわれて天へと届くような、あるいは消えてしまうような、揺れ動く心情を美しく捉えています。
きりぎりす鳴くや障子のやぶれ口
季語: 螽蟖 (autumn)
【現代語訳】障子の破れた隙間から、きりぎりすの鳴き声が聞こえてくることよ。【鑑賞】生活感のある日常の一コマ。破れた障子の隙間から聞こえる虫の声が、秋の寂しさと涼しさをいっそう引き立てています。
枯野の露命にかはるひかりかな
季語: 枯野の露 (autumn)
【現代語訳】枯れ果てた野原に降りた露が、まるでそのはかない命と引き換えに輝いているかのような、尊い光を放っていることよ。【鑑賞】草木が枯れて命の気配が失われた枯野において、一瞬だけきらめく露の光に、強烈な命の輝きを見出した句です。死と生の対比が、静かに、しかし力強く表現されています。