1899年 - 1992年

阿波野青畝

あわの せいほ

作風・特徴

奈良の古都の風情と季節の自然を伝統的有季定型の枠の中で丁寧に詠む。華美にならず押しつけがましくならず自然と古都の美をありのままに伝える端正な句風。

生涯・略歴

奈良県生まれ。「ホトトギス四S」の一人。高浜虚子に師事し「かつらぎ」を創刊・主宰した。四Sの中で最も長命(93歳)であり最後まで有季定型・客観写生の精神を守り続けた。奈良の自然・風物を詠んだ句が多く古都の風情と俳句の伝統美が融合した作風が特徴。俳壇の長老として晩年まで俳句の正統を守り続けた。

代表句 (2件)

枝打ちの斧の光の地まで落ち
祝融のゆくへや雲の峰のぼる
季語: 祝融 (summer)
【現代語訳】夏の神である祝融が去っていったその先なのだろうか、遥かかなたの空に、巨大な入道雲がぐんぐんと湧き上がっている。【鑑賞】「祝融」という夏の主役が移動していくかのように、空にダイナミックな積乱雲(雲の峰)が立ち上る様子を詠んでいます。神話的なイメージと、実際の夏のダイナミックな自然現象が融合した壮大なスケールの句です。
阿波野青畝(あわの せいほ)の生涯と代表的な名句 | 俳句びと歳時記WEB | 俳句びと