1865年 - 1938年

村上鬼城

むらかみきじょう

作風・特徴

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生涯・略歴

村上 鬼城(むらかみ きじょう、慶応元年5月17日〈1865年6月10日〉 - 1938年〈昭和13年〉9月17日)は日本の俳人、司法代書人。本名は村上 荘太郎(むらかみ しょうたろう)。明治義塾法律学校中退。

代表句 (20件)

梅雨の月雲のあいまに光りけり
季語: 梅雨 (summer)
鬼城句集
熊棚やうしろに高き山の雲
季語: 熊の栗棚 (autumn)
【現代語訳】ふと見上げると木の上に熊棚がある。そのすぐ後ろには、いかにも高山らしい、雄大で高い秋の雲が湧き上がっていることだ。【鑑賞】深山を旅する中で見つけた野生の生々しい痕跡(熊棚)と、その背後に広がる雄大でどこか超越的な秋の雲との対比が見事な一句です。自然への畏怖と山河の美しさが凝縮されています。
栗飯や病後の箸の進むなる
季語: 栗飯 (autumn)
【現代語訳】病気から回復した体で栗飯をいただくと、じつに味わい深く、どんどん箸が進むことである。【鑑賞】病を患っていた作者が、快方に向かう中で秋の味覚である栗飯を口にし、その素朴な美味しさに食欲が湧いてくる喜びを詠んでいます。生きている実感と健康のありがたさが、素直な表現の中に滲み出ています。
九月尽病み呆けたるおのが身よ
季語: 九月尽 (autumn)
【現代語訳】九月が終わり、秋もいよいよ尽きようとしている。病に冒され、すっかり衰えてぼんやりとしている自分自身のなんと情けないことよ。【鑑賞】晩秋の寂寥感と、自身の病苦や老いの実感を重ね合わせた一句。九月尽という季節の終焉が、自己の肉体や生命の衰えと同調し、鬼城の魂の叫びとも言える厳しくも哀切な自己凝視として表現されています。
草虱払ふてあとの寂しさよ
季語: 草虱 (autumn)
【現代語訳】衣服についた草虱をすべて払い落としてしまうと、その後に何とも言えない寂しさが押し寄せてくることよ。【鑑賞】衣服にくっついていた草虱を、うっとうしいと思いながらも一つ一つ取っていく。その単調な作業が終わり、体から全てなくなってみると、急に独りきりの静けさや孤独感が身に染みて感じられるという、人間の微妙な心理を鋭く捉えた名句です。
栗餅や小皿にのせて二つづつ
季語: 栗子餅 (autumn)
【現代語訳】美味しそうな栗餅が、小さな皿の上にふたつずつ行儀よくのせられて運ばれてきたことよ。【鑑賞】「二つづつ」という具体的な数字を提示することで、栗餅が供されたときの丁寧でもてなしの心を感じる佇まいが鮮やかに浮かび上がります。静かで落ち着いた秋の喫茶のひとときが、過不足のない写生によって見事に切り取られています。
蛙穴に入るや夕日影薄し
季語: 蛙穴に入る (autumn)
【現代語訳】蛙が冬眠のために穴に入る頃となり、地表を照らす夕日の光もすっかり薄く、弱々しく感じられることだ。【鑑賞】晩秋の寂寥感漂う光景を見事に捉えた一句。蛙が土の中に姿を消すという自然の営みに合わせるように、一日の終わりを告げる夕日もその輝きを失っていく、静かで哀愁に満ちた季節の移り変わりが表現されています。
轡虫鳴きやみてより夜のふけ
季語: 轡虫 (autumn)
【現代語訳】あれほど騒がしく鳴き続けていたクツワムシが、ふと鳴きやんでから、いよいよ夜の深まりが身にしみて感じられる。\n【鑑賞】激しく鳴き響いていた音がふっと途切れた瞬間の、圧倒的な「静寂」を捉えた鬼城の傑作です。音の不在によって逆に夜の深さが強調され、読者の心にも深い静けさと秋の冷気が忍び寄るような余韻を残します。
あけび蔓仏の肩にかかりけり
季語: 通草かずら (autumn)
【現代語訳】野ざらしになっている石仏の肩に、アケビの蔓がしなやかに寄り添うようにかかっていることだ。 【鑑賞】山路にぽつんと佇む古い石仏と、そこに無造作に絡みつく野生のアケビの蔓。時の流れと、自然の力強さ、そしてどこか哀愁を帯びた優しさが同居する、絵画のように美しい寂静の境地を描き出しています。
木の実しぐれして日のあたる畳かな
季語: 木の実の時雨 (autumn)
【現代語訳】外からは木の実が時雨のように降り注ぐ音が聞こえるが、室内には静かに秋の日差しが畳を照らしている。 【鑑賞】外の賑やかな音(木の実の落ちる音)と、室内の静寂で温かい日差しのコントラストが見事です。「畳」という生活空間に焦点を当てることで、のどかで、少し寂しげな秋の日常の美しさが巧みに表現されています。
盆道や僧にゆづりし草の露
季語: 盆路 (autumn)
【現代語訳】お盆の準備としてきれいに草が刈られた道を歩いていると、向こうから檀家を回るお坊様がやってこられた。道を譲るために草むらへと一歩避けると、そこには美しい朝露が宿っていることだ。 【鑑賞】お盆の時期の清らかな一瞬を切り取った句です。狭い盆道で静かに道を譲り合うという日本的な礼儀作法と、足元の草にきらめく露の対比が、お盆特有の厳かで澄み切った空気を象徴しています。
冬の蠅にじりよりたる余命かな
季語: 冬の蠅 (winter)
【現代語訳】冬の蠅が、私のそばへにじり寄ってくる。その弱々しい姿は、私に残されたわずかな命(余命)そのもののようである。【鑑賞】病弱で不遇な人生を送った鬼城が、冬の冷気の中で這うように動く蠅に己の命の灯火を重ね合わせた、極めて哀切で深い共感を呼ぶ名句です。
萱の穂に風立ちてゆく夕日かな
季語: 萱の穂 (autumn)
【現代語訳】夕日が沈もうとする静寂な景色の中、萱の穂に向かってさっと風が吹き抜けていくことよ。 【鑑賞】夕暮れ時の冷ややかに澄んだ空気と、不意に吹き渡る秋風が萱の穂を優しく揺らす一瞬を切り取っています。静から動への変化と、秋の哀愁が見事に調和しています。
今年藁敷きて子牛の眠りけり
季語: 今年藁 (autumn)
【現代語訳】新しく刈り取った今年藁を敷き詰めてやると、生まれた子牛が気持ちよさそうに眠っていることだ。 【鑑賞】柔らかく香る新藁のぬくもりに包まれて、安らかにまどろむ子牛の姿を慈しむように捉えています。農家の日常の温かい優しさと生命への愛着が伝わってくる秀句です。
木茸や日陰つめたき杉の根に
季語: 木茸 (autumn)
【現代語訳】杉の木の根元の日陰に木茸が生えている。その場所はひんやりと冷たい空気に包まれている。【鑑賞】杉林の深遠な静けさと冷気、そしてその日陰に静かに佇む木茸の生命感を簡潔かつ鮮明に捉えた名句です。
気虫這ふ畳の上に秋の風
季語: 気虫 (autumn)
【現代語訳】毛虫が部屋の畳の上を這っている、その静かな空間に秋の風がそよと吹き込んでくる。【鑑賞】家の中にまで入り込んできた気虫のちっぽけな存在と、部屋を通る冷ややかな秋風が調和し、静寂と寂寥感が際立っている名句です。
逆峯の動かぬ水や秋深し
季語: 逆峯 (autumn)
【現代語訳】逆さに映る峰の影が微動だにしないほど、水面は静まり返っており、秋もいよいよ深まってきたことだ。【鑑賞】風一つない静寂の中、鏡のような水面に映る雄大な山影を凝視している光景です。「動かぬ水」という強い対比の表現により、晩秋の凛とした冷気と深まりゆく季節の情感が力強く伝わってきます。 me
金柑を噛んで甘さのなかりけり
季語: 金橘 (autumn)
【現代語訳】熟して美味しそうに見える金柑を噛んでみたが、期待したほどの甘さはなかった。【鑑賞】つややかな見た目とは裏腹に、皮の苦味や強い酸味が口いっぱいに広がった失望感を率直に詠んでいます。日常の些細な実感を飾らずに差し出す、鬼城らしい素朴な味わいがあります。
栗の虫転びて白し机の上
季語: 栗のしぎ虫 (autumn)
【現代語訳】栗の虫がころんと転がって、机の上でその白さが際立っている。 【鑑賞】小さく丸まった幼虫が机の上にぽとりと落ち、転がっている瞬間を捉えた写生句です。木目の机の色と、虫のぽつんとした白さの色彩対比が鮮やかで、弱々しくも一生懸命に生きる小さな生きものへの慈しみが感じられます。
桂月や古鏡をみがく庵の夜
季語: 桂月 (autumn)
【現代語訳】八月の清らかな月光が差し込む庵の夜、静かに古い鏡を磨いている。 【鑑賞】月光に照らされながら古鏡を磨くという行為が、自らの心を研ぎ澄ます精神的な営みのように感じられます。「桂月」の持つ古典的な雅やかさと、庵での侘びた暮らしが美しく響き合っています。