1901年 - 1994年

山口誓子

やまぐちせいし

作風・特徴

近代工業・都市文明を俳句に大胆に持ち込んだ革新者。無機的な素材を鋭い感性で写生し人間と時代の緊張感を句に封じ込める。硬質なイメージと精緻な構成が生む独自の「都市俳句」の世界。

生涯・略歴

京都府生まれ。「ホトトギス四S」の一人。高浜虚子に師事し工業・都市・近代文明を題材とした俳句を開拓した先駆者。機関車・工場・飛行機などを詠んだ句は当時の俳壇に革新をもたらした。後にホトトギスを離れ「天狼」を創刊・主宰。日本芸術院会員・文化功労者。

代表句 (20件)

父の日の酒は静かに減りゆけり
季語: 父の日 (summer)
誓子句集
夏草に汽缶車の車輪来て止まる
逃水の果は海なる大和路
口女焼く火のあかあかと夜の潮
季語: 口女 (autumn)
【現代語訳】口女を焼くための火が暗闇の中に赤々と燃えており、その向こうには夜の潮が満ちてきている。【鑑賞】夜の海辺で「口女」を焼く、激しく燃え盛る「火」の赤さと、その背後に広がる暗く冷たい「夜の潮」とのコントラストが鮮やかに描かれています。誓子らしいモダンで知的な色彩感覚が光る名作です。
黒鶴のひかりのなかにあゆみ入る
季語: 黒鶴 (autumn)
【現代語訳】黒い姿をした鶴が、きらきらと輝く秋の陽光の中へと、静かに歩み進んでいく。【鑑賞】山口誓子らしい、シャープで視覚的な構成が際立つ一句です。黒い鶴のシルエットと、まばゆい光の対比が鮮やかで、動的な美しさと一瞬の静寂を捉えています。
火山灰の降るなかにして鹿児島祭
季語: 鹿児島祭 (autumn)
【現代語訳】桜島の火山灰がはらはらと降る中で、鹿児島祭が厳かに執り行われている。 【鑑賞】鹿児島ならではの「火山灰」という日常の自然現象と、非日常の「祭り」の熱気を組み合わせた、リアリティと力強さに満ちた名句です。灰が舞う独特の空気感が祭りの厳粛さを引き立てています。
風津波音なきまでに高まりぬ
季語: 風津波 (autumn)
【現代語訳】吹き荒れる風によって引き起こされた大波(風津波)が、あまりにも巨大化し、かえって不気味なほど音を立てずに高々と盛り上がっている。\n【鑑賞】台風などの極限状態において、波が最高潮に達した瞬間を切り取った句です。「音なきまでに」という表現が、静寂のなかに潜む大自然の凄まじい破壊力と圧倒的な緊張感を際立たせています。
鴨渡る一筋の道あるやうに
季語: 鴨渡る (autumn)
【現代語訳】鴨の群れが渡っていく。まるで大空の中に、一本の決まった道が初めからあるかのように、迷いなく整然と。 【鑑賞】編隊を組んで正確に空を飛んでいく鴨の姿を「一筋の道があるように」と捉えた、極めて近代的で知的な構成美が光る名句です。迷いのない鳥たちの生命力が際立ちます。
小鳥渡る国を指したる指先か
季語: 小鳥渡る (autumn)
【現代語訳】小鳥たちが海を渡っていく。あの誰かが指し示している指先の向こうにある、遥かなる国を目指して飛んでいくのだろうか。\n【鑑賞】地上で人が指差した方角と、天空を渡る小鳥たちの進路を重ね合わせた映画のワンシーンのような知的な構成です。指先というミクロな視点から、国をまたぐマクロなスケール感へと視線が広がります。
枝払ひていよいよ高き夏木立
季語: 木の枝払う (summer)
【現代語訳】うっそうとした夏の木立の枝を切り払うと、遮るものがなくなり、木立が天に向かってますます高くそびえ立っているように見える。【鑑賞】枝を払うことで木の輪郭や幹の線が強調され、視線が自然と上空の青空へと導かれます。夏木立の力強い生命力と、空の広がり、そして作業後の清々しさが一体となった爽快な一句です。
巣立鳥あはれ光のなかに発つ
季語: 鳥の巣立 (spring)
【現代語訳】巣立っていく雛鳥が、いとおしくも、まばゆい春の光の中へと勢いよく飛び立っていくことよ。【鑑賞】「あはれ」という深い感動の言葉とともに、ひたむきに光へと向かっていく若葉のような鳥の姿を捉えています。まばゆい光が、雛鳥のこれからの未来を祝福しているかのような一句です。
勝相撲赤き褥を奪ひ得たり
季語: 勝相撲 (autumn)
【現代語訳】勝負を制した力士が、勝者の栄誉として赤い褥(しとね)を堂々と勝ち取った。\n【鑑賞】勝負が決した瞬間のダイナミズムと、勝者が手にする赤い褥(座布団)の色彩的な鮮やかさが、勝者の誇らしさを一層引き立てています。誓子らしい冷徹かつシャープな写生が光る名句です。
坂東太郎湧きて陸奥を圧倒す
季語: 坂東太郎 (summer)
【現代語訳】巨大な積乱雲「坂東太郎」がもくもくと湧き上がり、東北地方の広大な大地を圧倒するようにそびえ立っている。【鑑賞】関東にとどまらず、陸奥(みちのく)の空までを支配するかのような、積乱雲の圧倒的な巨大さと威厳をダイナミックに表現した一句です。「圧倒す」という強い表現が、自然の驚異的な生命力を伝えています。
蟷螂の眼のつめたきに堪へてあり
季語: 鎌切 (autumn)
【現代語訳】カマキリの、冷たく緑色に澄んだガラスのような凝視に、私は思わず身をすくめて耐えている。 【鑑賞】カマキリ特有の冷徹な眼差しと、それに対峙する作者の無言の緊張感が描かれています。無機質で冷ややかな昆虫の視線を通じて、秋という季節の冷気と、命の対峙の厳しさを感じさせる一句です。
花壇いま一つの色に暮れんとす
季語: 花壇 (autumn)
【現代語訳】昼間は色とりどりに咲き誇っていた花壇も、いま夕暮れの時を迎え、すべてが夕闇のなかに吸い込まれて一つの色になろうとしている。 【鑑賞】暮れなずむ光の中で、花の個々の色彩が失われ、グラデーションを伴いながら単一の影へと溶けていく様子を美しく表現しています。秋の日の短さと、静寂へ向かう時間を見事に表現した名句です。
春の土手草の高さに歩みゆく
季語: 春の土手 (spring)
【現代語訳】春の土手を歩いていると、ちょうど芽生えた草の高さと同じくらいの視線で歩んでいるように感じられる。【鑑賞】土手に芽吹く青草と歩む人との目線の近さを捉え、春の自然と人間が一体となるような穏やかな一瞬を描き出しています。
黄脚鴫波のひきぎは走りけり
季語: 黄脚鴫 (autumn)
【現代語訳】黄脚鴫が、寄せては返す波の引き際に合わせて、すばしっこく走っていることだ。【鑑賞】波打ち際で餌を探す黄脚鴫の軽快な動作を鮮明に捉えた一句です。「波のひきぎは」という一瞬の時空間と、黄色い脚を動かして疾走する鳥の躍動感が見事に対比されています。
桔梗咲く風のゆくへを見てをりぬ
季語: 桔梗 (autumn)
【現代語訳】桔梗の花が咲いており、その花を揺らして吹き去っていく風の行方をずっと見つめている。【鑑賞】凛と咲く桔梗の青紫色と、目に見えない秋風の動きを心で捉えた、透明感あふれる近代名句です。
菊大輪一花を載する鉢ひとつ
季語: 菊大輪 (autumn)
【現代語訳】大輪の菊が、ただ一花だけ咲いている鉢がひとつ置いてある。 【鑑賞】余計なものを削ぎ落とし、一鉢に一花のみを咲かせる菊作りの真髄を簡潔に詠んでいます。無駄のない描写だからこそ、大輪の花の完成された造形美と緊張感が引き立ちます。
菊人形首打落す間ありけり
季語: 菊人形 (autumn)
【現代語訳】菊人形の首を職人が取り外して付け替える、その一瞬の隙間があったことだ。【鑑賞】製作中や仕掛けの付け替え時、菊人形から首が外された一瞬のドラマを捉えた句です。生きているような人形から首が失われる不気味さと、職人の冷徹な手際が見事に描写されています。