1873年 - 1937年

河東碧梧桐

かわひがし へきごとう

作風・特徴

有季定型の枠を破り「新傾向俳句」を提唱した革新者。主観・印象・感情を前面に出す表現は俳壇の常識を覆した。定型を離れることで得た自由な詩的空間が後の自由律俳句へとつながった。

生涯・略歴

伊予国(現・愛媛県松山市)生まれ。正岡子規の愛弟子で高浜虚子と並ぶ俳句界の二大後継者として期待された。虚子が有季定型を守ったのに対し季語・定型を廃した「新傾向俳句」を推進して激しく対立した。自由律俳句の先駆者として種田山頭火・尾崎放哉に影響を与えた。晩年は書道家としても名を成した。

代表句 (20件)

赤い椿白い椿と落ちにけり
季語: 椿 (spring)
碧梧桐句集
九日平座菊の雫を筆に受く
季語: 九日平座 (autumn)
【現代語訳】重陽の句会にて、供えられた菊の露雫を筆先に受けて墨を磨り、句を書き留めることだ。 【鑑賞】重陽の節句の風習である「菊の露」を、句会で用いる筆と優美に結びつけた情緒あふれる一句です。連歌・俳諧の座ならではの文雅な雰囲気が際立ち、菊のみずみずしい香りと秋の澄んだ空気が筆先を通して紙へと広がっていくような感覚を与えてくれます。
闘菊の評に力ある男かな
季語: 闘菊 (autumn)
【現代語訳】菊の美しさを競い合う場で、確かな見識と威厳をもって、力強い言葉で評価を下している男がいることだ。 【鑑賞】会場の緊張感の中で、自信に満ちた審査員の声が響く様子を描いています。「評に力ある」という描写から、男の存在感と品評会の熱気が伝わってきます。
北野御手水鏡のごとき水面かな
季語: 北野御手水 (autumn)
【現代語訳】北野天満宮の御手水は、まるで鏡のように澄み渡っている。【鑑賞】御手水の澄んだ水面を鏡に例え、秋の静けさと神聖な雰囲気を鮮明に写し取っています。
定考や更くるにつれて夜寒増す
季語: 定考 (autumn)
【現代語訳】定考の審議が長引いて夜が更けていくにつれて、一段と秋の寒さが身に染みてくる。\n【鑑賞】長時間に及ぶ厳粛な定考の儀式と、刻一刻と深まる秋の寒冷さを素直に重ね合わせた句です。張り詰めた空気感と体感の冷たさが巧みに調和しています。
小瀑江鮒売り行く声や秋の風
季語: 小瀑江鮒 (autumn)
【現代語訳】獲れたての小瀑江鮒を行商して売り歩く声が、吹き抜ける秋風に乗って聞こえてくる。【鑑賞】湖畔の町を歩く魚売りの呼び声と、肌寒さを感じさせる秋風を組み合わせた聴覚的な一句です。地域の人々の暮らしの営みと、深まりゆく季節の移ろいがしみじみと伝わってきます。
莎鶏の啼いて日暮れし籬かな
季語: 莎鶏 (autumn)
【現代語訳】莎鶏がしきりに鳴くうちに、竹や柴の垣根のあたりはすっかり日が暮れてしまったことだ。【鑑賞】夕暮れから日没へと移ろう時間の経過を、虫の声と薄暗くなる垣根の景によって描いています。古風な季語「莎鶏」が、どこか懐かしく寂しげな夕暮れの陰影を深く印象づけています。
残菊の宴すみてより夜寒かな
季語: 残菊の宴 (autumn)
【現代語訳】名残の菊を愛でる宴が終わり、座が静まるにつれて、夜の肌寒さがひとしお身に染みて感じられる。【鑑賞】宴の温もりや談笑が引いたあと、ふと訪れる季節の冷気を鋭敏に捉えています。晩秋から初冬へと移り変わる寒さを、残菊の宴の終わりを通して実感させる名句です。
烏鵲の橋や天の川原の霧
季語: 烏鵲の橋 (autumn)
【現代語訳】烏鵲が翼を連ねて架けた橋が見えるあたり、天の川の河原には一面に霧が立ち込めている。 【鑑賞】星々の集まる天の川を現実の川原の霧景色のように捉え、幻想と現実が美しく交錯する幽玄な夜空を描き出しています。静まり返った秋の夜の深さを感じさせます。
烏触に低き日させる梢かな
季語: 烏触 (autumn)
【現代語訳】烏につつかれた柿の実のある梢に、傾いた秋の低い日差しが斜めに射し込んでいる。 【鑑賞】晩秋の低くなった太陽の光が、鳥につつかれて崩れかけた熟柿を照らし出している情景です。季節の衰微と光の美しさが調和した、静謐で風情豊かな句です。
盂蘭盆の月いと高く昇りけり
季語: うら盆 (autumn)
【現代語訳】盂蘭盆の夜、月が空高く静かに昇っていった。【鑑賞】盂蘭盆の夜空に冴え渡る月を見上げる情景です。亡き魂を迎える夜の澄み切った大気と、天上高く昇る月の清らかさが、簡潔な言葉の中に鮮明に表現されています。
江鮒釣る舟の離れぬ入江かな
季語: 江鮒 (autumn)
【現代語訳】江鮒を釣る小舟が、いつまでも岸辺を離れずに浮かんでいる入江の風景であるよ。 【鑑賞】波静かな入江に浮かぶ釣舟の様子を描いた句です。秋ののんびりとした時間の流れと、穏やかな入江の情景が目に浮かびます。
尾花粥すするや月に対ひけり
季語: 小花粥 (autumn)
【現代語訳】尾花粥をすすりながら、正面に昇る中秋の月とじっと向き合っている。\n【鑑賞】月見の夜、ただ一人(あるいは静かに)月と対峙しながら粥を食する凛とした風情が表現されています。粥をすする音と澄みきった月光の静寂が響き合い、季語の持つ素朴な趣を際立たせています。
野山の色しづもる秋となりにけり
季語: 野山の色 (autumn)
【現代語訳】野山の色彩も落ち着いて静まりかえり、いよいよ深々とした秋になったことだなあ。 【鑑賞】夏の生命感や初秋のざわめきが去り、冬を前にして自然が静寂に包まれていく気配を描いています。「しづもる(鎮もる・静もる)」という語が、色彩のトーンダウンとともに空気の澄み切った静けさを的確に伝えています。
田五加咲く堤の水の濁りけり
季語: 田五加 (autumn)
【現代語訳】田五加の花が咲いている堤防沿いの水路の水が、泥混じりに濁っていることだ。 【鑑賞】田五加の持つ湿地好みの生態と、泥水が流れる堤のリアルな情景を素朴に捉えています。洗練された美しさではなく、ありのままの泥臭い自然の息づかいを肯定的に描き出した味わい深い名句です。
雀踊はや見え初めぬ辻の奥
季語: 雀踊 (autumn)
【現代語訳】雀踊りの列が、向こうの通りの辻の奥にもう見え始めたことだ。 【鑑賞】お囃子の音に誘われて視線を向けた辻(交差点)の奥から、跳ね踊る一行が姿を現した瞬間を捉えています。「はや見え初めぬ」という表現に、待ちわびていた祭りを見る人々の興奮と視線の動きが鮮明に写し出されています。
点突の口すぼめたるあはれなり
季語: 点突 (autumn)
【現代語訳】点突がおちょぼ口をきゅっとすぼめている姿は、なんとも愛らしく、またどこか哀れでもある。 【鑑賞】カワハギ独特の突き出た小さな口元に焦点を当てた写生句です。水揚げされた魚のユーモラスな表情を愛でつつも、命の儚さに対する詩人ならではの優しい哀愁が込められています。
志奈弥祭闇に火を振る群衆かな
季語: 土佐志奈弥祭 (autumn)
【現代語訳】志奈弥祭の深い夜闇のなか、松明の火を振り立てて熱狂する大勢の人々の姿が見えることだ。 【鑑賞】碧梧桐が祭りの渦中にある群衆の熱狂を写生した句です。黒々と広がる土佐の夜闇と、人々が振りかざす松明の動的な赤い光とのコントラストが際立ち、土着的な神事の力強さをストレートに伝えています。
中稲刈る音の絶え間や遠がらす
季語: 中稲 (autumn)
【現代語訳】中稲を刈る作業の音がふと途切れた合間に、はるか遠くで鳴く烏の声が聞こえてくる。 【鑑賞】作業音が止んだ一瞬の静寂によって、広々とした秋の野原の空間の広がりと遠近感が際立っています。「遠がらす」の声が、夕暮れが近づく田園の寂寥感と深まる秋の気配を静かに伝えています。
七夜月落ちかゝりたる梢かな
季語: 七夜月 (autumn)
【現代語訳】初秋の七夜月が、傾いてちょうど木々の梢にかかりそうになっていることだ。【鑑賞】上弦の細い月が夜半に向かって西の空へ傾き、梢に触れんばかりになっている静寂の情景を写生した句です。初秋のひやりとした大気と、闇に浮かび上がる枝葉のシルエットの美しさが巧みに切り取られています。