有名な俳句15選と有名俳人30人一覧|名句・作風・略歴
はじめての俳句サポーター 凛
執筆者

この「有名俳人一覧」では、江戸から現代までの俳人30名を、略歴・作風・代表句・ゆかりの地とともに紹介します。名句は第1回・第2回のファクトチェック結果を反映し、作者や本文の根拠が十分でない句は掲載から外しました。
掲載方針:国立国会図書館、文学館・記念館、自治体公式資料、底本の明記された青空文庫、現代俳句協会などで照合しています。初出が公開資料で特定できない場合は推測せず、「出典確認」として確認先を記載しています。句本文は確認資料の表記を優先しています。
まず知っておきたい有名な俳句15句
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該当する俳人:30名
まず知っておきたい代表的な俳人
江戸時代の有名俳人
俳諧が発展した江戸時代から、松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶らを紹介します。
松尾芭蕉
略歴
伊賀国(現・三重県)生まれ。「俳聖」と称される俳人。俳諧を連歌の余興から独立した芸術へと高め、「さび」「しをり」「細み」の美意識を確立した。弟子曽良とともに東北・北陸を旅した紀行文『おくのほそ道』は、俳句と散文が融合した文学の傑作として国内外で広く読み継がれている。蕉門十哲と呼ばれる優れた弟子を育て、その後の俳壇に大きな影響を与え続けた。
有名俳人一覧の筆頭、松尾芭蕉の「奥のほそ道」の先にある世界を俳句びとDBで
松尾芭蕉をもっと詳しく知る →作風
「さび」を核とした幽玄・孤高の境地。自然と人間の深い交わりを、余白と暗示によって表現する。写生に留まらず精神の奥底まで掘り下げる「俳諧の道」を生涯追求した。
代表句
古池の静けさと、蛙が水へ飛び込む音を取り合わせた句です。
※ 表記には版本による異同があります。
蝉の声を詠みながら、周囲の静けさをいっそう際立たせています。
※ 表記には版本による異同があります。
荒海、佐渡、天の川という大きな景を一つの画面に重ねた句です。
※ 「天河」など表記には版本による異同があります。
病床の現実と、枯野を駆ける夢とを並べた最晩年の句です。
※ 最晩年の句。辞世と断定せず掲載します。
ゆかりの地
小林一茶
略歴
信濃国(現・長野県)生まれ。芭蕉・蕪村と並ぶ「江戸三俳人」の一人。幼くして母を亡くし継母との確執、子どもたちの相次ぐ夭逝など波乱万丈の生涯を送った。その苦しみを背景に弱い者・小さな生き物への深い慈しみを持った「一茶調」を確立。生涯に約22,000句を詠んだ。
小林一茶の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
小林一茶をもっと詳しく知る →作風
庶民目線の温かさと笑いと哀愁が入り混じる「一茶調」が特徴。子ども・小動物・弱者を詠んだ句が多く、難しい言葉を使わず読み手の心に直接届く親しみやすさが魅力。
代表句
小さな蛙へ呼びかける言葉が、親しみやすい調子を生んでいます。
雀の子と馬の動きを、口語的で軽やかな調子で描いた句です。
「露の世」と言い切りながら「さりながら」と続ける言葉の余韻が残ります。
深い雪と住まいを重ね、簡潔な言葉で冬の暮らしを捉えています。
ゆかりの地
与謝蕪村
略歴
摂津国(現・大阪府)生まれ。江戸三俳人の一人で俳人と同時に文人画家としても一流の評価を受けた多才な文人。絵画的な情景描写と豊かな色彩感覚を俳句に持ち込み「絵のような俳句」を確立した。芭蕉を深く敬愛し芭蕉復興運動を主導した。約3,000句を残した。
与謝蕪村の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
与謝蕪村をもっと詳しく知る →作風
画家としての色彩感覚・空間感覚が句に直結した「絵画俳句」。広大な景色を大胆な視点で切り取り色彩と光の対比で詩的な美を表現する。芭蕉の「さび」とは対照的な明るく豊かな美意識が特徴。
代表句
菜の花畑を挟み、東の月と西の夕日を大きな構図で捉えた句です。
散った牡丹の花びらが重なる様子を、数まで示して細やかに描いています。
※ 「散つて」など版による表記差があります。
「のたりのたり」の反復が、穏やかな春の海の動きを伝えます。
ゆかりの地
加賀千代女
略歴
加賀国松任(現・石川県白山市)生まれ。江戸時代を代表する女流俳人で日本における女流俳句の先駆者。17歳頃から俳句を学び各務支考(蕉門)に師事。結婚・死別の後50代で剃髪して尼となり「素園」と号した。生涯に約1,700句を残し平易な言葉で自然や日常の美を詠む句風が広く愛された。
加賀千代女の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
加賀千代女をもっと詳しく知る →作風
平易で親しみやすい言葉を使いながら自然の一瞬を柔らかく切り取る女性的な句風。難しい技巧を使わず素直な観察と感情が句の芯になっている。日常の中にある美を見逃さない清らかな感性。
代表句
鶯の初音を「わが聞く」ことに引き寄せ、春の声を端的に捉えています。
白い夕顔と人の肌を取り合わせた、視覚的な夏の句です。
朝顔に釣瓶を取られ、もらい水をする場面を詠んだ句です。
雪の夜の静けさの中に、釣瓶の落ちる音を置いた句です。
ゆかりの地
服部嵐雪
略歴
江戸生まれ。松尾芭蕉の高弟「蕉門十哲」の一人で宝井其角とともに「双璧」と称された。師・芭蕉の没後も江戸で俳諧の普及に尽力し、一門を率いた。「梅一輪」の句は教科書にも掲載される有名な句で早春の繊細な温もりを詠んだ名作として広く知られる。
服部嵐雪の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
服部嵐雪をもっと詳しく知る →作風
師・芭蕉の「さび」の精神を受け継ぎながら清澄で端正な句風を確立した。自然の微細な変化を丁寧に観察し余韻のある言葉で表現する。蕉門の中でも特に「雅」の要素を持つ俳人。
代表句
一輪の梅に、春へ向かうわずかな暖かさを感じさせる句です。
ゆかりの地
近代の有名俳人
明治以降、俳句は写生、新傾向、自由律など多様な方向へ広がりました。ここでは近代俳句の展開を担った俳人を紹介します。
正岡子規
略歴
伊予国(現・愛媛県松山市)生まれ。「写生」の概念で形骸化した俳諧を刷新し、近代俳句の祖となった。夏目漱石とは第一高等中学校時代からの親友で、共に文学を語り合った。結核を患いながらも晩年まで精力的に作句・評論を続け、弟子の高浜虚子・河東碧梧桐を育て上げた。生涯に2万句を超える句を残した。「子規」の俳号は血を吐いて鳴くホトトギスに自身の喀血を重ねて名付けたもの。
近代の有名俳人一覧に欠かせない祖・正岡子規の全貌は俳句びとDBで確認できます
正岡子規をもっと詳しく知る →作風
「写生」を俳句の根本に置き、見たままを正確に言葉に写すことを徹底した。感傷や説明を排除しありのままの自然・日常の一瞬に美を見出す姿勢が近代俳句の土台となった。
代表句
「春」と松山の城下町を取り合わせ、土地の歴史を感じさせる句です。
※ 夏目漱石の句ではなく正岡子規の句として確認。
鶏頭の本数を具体的に示し、目の前の景を端的に捉えています。
柿を食べる感覚と、法隆寺の鐘の音を一つの秋景に結んだ句です。
※ 「柿食えば」ではなく、底本に合わせ「柿くへば」を採用。
雪の深さを繰り返し尋ねる行為によって、外の冬景色を身近に感じさせます。
ゆかりの地
高浜虚子
略歴
伊予国(現・愛媛県松山市)生まれ。正岡子規の愛弟子であり俳誌「ホトトギス」を主宰して近代俳壇の中心的存在となった。「花鳥諷詠」「客観写生」を俳句の根本理念として掲げ有季定型俳句の普及を牽引した。杉田久女・中村汀女・橋本多佳子・星野立子を「ホトトギス四T」として育て多くの俳人を輩出した。
高浜虚子の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
高浜虚子をもっと詳しく知る →作風
「花鳥諷詠」を旗印に自然の中の花・鳥・風・月をありのままに詠む写生を徹底した。主観を廃し客観的・具体的に季節の景物を捉えることで永遠に普遍的な美を表現することを目指した。
代表句
春風と「闘志」という語の取り合わせが印象をつくる句です。
初蝶の色を問答の形で示し、春の訪れを簡潔に伝えています。
※ 高野素十の句ではなく高浜虚子の句として確認。
年が替わっても貫かれる「棒の如きもの」という比喩が句の中心です。
枯野の向こうの遠山に差す光を、距離感のある構図で捉えています。
※ 「当たりたる」など版による表記差があります。
ゆかりの地
夏目漱石
略歴
江戸牛込(現・東京都新宿区)生まれ。「坊っちゃん」「吾輩は猫である」「こころ」などで知られる明治を代表する文豪。第一高等中学校で同級生だった正岡子規との親交から俳句にも親しみ、2,000句を超える句を残した俳人でもある。子規から俳句の手ほどきを受け共に句会を開くほどの仲だった。
夏目漱石の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
夏目漱石をもっと詳しく知る →作風
文豪らしい知性と叙情が融合した句風。心理の機微や人生への洞察がわずか17音に凝縮される。難解さはなく平明な言葉で深い感情を伝える筆致が俳句入門者にも親しまれる。
代表句
すみれほどの小さな人に生まれたい、と簡潔に詠んだ一句です。
※ 収蔵説明には「生まれたし」の現代表記もあります。
菊と棺を直接取り合わせた、強い言葉の構図を持つ句です。
別れと天の川を結び、短い言葉の中に距離を感じさせる句です。
ゆかりの地
芥川龍之介
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。「羅生門」「藪の中」「蜘蛛の糸」で知られる近代文学の巨匠。小説家として著名だが俳号「我鬼(がき)」のもと多くの句を残した俳人でもある。正岡子規の影響を受けた写生的な句から晩年の暗く退廃的な句まで変遷がある。35歳で亡くなった。
芥川龍之介の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
芥川龍之介をもっと詳しく知る →作風
小説と同様に知性と詩情・明と暗が共存する句風。初期は写生的だが晩年に近づくほど虚無感・厭世観が句ににじみ出る。文豪の内面が凝縮された俳句史上でも異彩を放つ作品群。
代表句
水洟と暮れ残る鼻先を取り合わせた、視覚的で簡潔な一句です。
※ 同時代資料で「殘る」の表記を確認。
ゆかりの地
種田山頭火
略歴
山口県生まれ。五七五・季語にとらわれない「自由律俳句」の代表的俳人。家業の酒造の失敗・離婚・出家を経て全国を行脚しながら句を詠み続けた。荻原井泉水の「層雲」に参加。托鉢をしながら旅を続ける生き方そのものが俳句となった。昭和俳壇では異端的存在だったが現代で高い人気を誇る。
有名俳人一覧の中でも異彩を放つ種田山頭火の自由律俳句を俳句びとDBで
種田山頭火をもっと詳しく知る →作風
定型・季語を捨てた自由律で魂の叫びを生の言葉に載せる。繰り返しのリズム・体言止め・余白が孤独と旅情を増幅させる。「どうしようもない自分」を詠い続ける正直さが現代人の共感を呼ぶ。
代表句
同じ言葉の反復によって、進んでもなお続く山の広がりを感じさせます。
まっすぐな道と「さみしい」という感覚を、短い言葉で並べています。
後ろ姿と時雨の景を重ねた自由律の句です。
歩く自分自身を、説明を加えずそのまま言葉に置いた自由律句です。
ゆかりの地
ここまでの俳人の中に、心に残る句はありましたか。
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尾崎放哉
略歴
鳥取県生まれ。種田山頭火と並ぶ自由律俳句の双璧。東京帝大法学部卒業後に保険会社幹部として順風満帆なキャリアを歩んだが酒がもとで職を失い、妻とも別れて暮らした。各地の寺の寺男として転々とし最後は小豆島・西光寺の庵に一人閉じこもり41歳で没した。壮絶な生涯と研ぎ澄まされた句が時代を超えた共感を呼ぶ。
尾崎放哉の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
尾崎放哉をもっと詳しく知る →作風
極限まで削ぎ落とした言葉が孤絶の深さを表現する。山頭火の放浪と対照的に放哉の句は狭い空間に閉じこもった内向きの孤独を描く。短ければ短いほど詩の密度が増す、俳句の本質を突き詰めた世界。
代表句
ごく短い言葉だけで、墓の裏へ回る動作を切り取っています。
咳という身体の動きと「一人」という状況を、最小限の言葉で示します。
容器がなく両手で受けるという具体的な動作を、そのまま句にしています。
ゆかりの地
飯田蛇笏
略歴
山梨県生まれ。高浜虚子に師事しホトトギス系有季定型俳句を守り続けた山梨を代表する俳人。山岳的・峻烈な自然を詠んだ句が多く「山の俳人」とも称される。長男の飯田龍太も著名な俳人であり父子ともに俳壇の重要人物として名を刻む。代表句集に『山廬集』『椿花集』など。骨太で気概のある句風が特徴。
飯田蛇笏の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
飯田蛇笏をもっと詳しく知る →作風
山梨の厳しい自然・山岳の景観を圧倒的な迫力で詠む「山の俳句」。峻烈・孤高・骨格のしっかりとした句風で虚子門の中でも際立って力強い。男性的な美意識と深い精神性が共存する。
代表句
折り取ったすすきの重さを、手触りのある言葉で捉えています。
「くろがね」と秋の風鈴の音を取り合わせた句です。
寒九の水と台所の甕を取り合わせ、冷たさと生活感を伝えます。
夏の場面と薄刃の鋭さを、具体的な動作の中で捉えています。
ゆかりの地
水原秋桜子
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。高浜虚子の「客観写生」に疑義を呈しホトトギスを離脱「馬醉木(あしび)」を創刊した近代俳壇の革新者。俳句に叙情性・主観的感情を取り戻すべきと主張し新興俳句運動の端緒を開いた。医師(産婦人科)としても活躍した異色の俳人。山口誓子・阿波野青畝・高野素十とともに「ホトトギス四S」と称された。
水原秋桜子の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
水原秋桜子をもっと詳しく知る →作風
叙情性・主観性を写生に持ち込み「見る」だけでなく「感じる」俳句を追求した。流麗なリズムと繊細な情感が特徴で虚子の枯淡とは対照的な豊かで色彩的な世界を描く。
代表句
「春惜む」と「とこしなへ」を結び、過ぎゆく春と永続する姿を対照させています。
ゆかりの地
河東碧梧桐
略歴
伊予国(現・愛媛県松山市)生まれ。正岡子規の愛弟子で高浜虚子と並ぶ正岡子規の門下で、高浜虚子とともに近代俳句を担った。虚子が有季定型を守ったのに対し季語・定型を廃した「新傾向俳句」を推進して異なる方向を選んだ。自由律俳句の先駆者として種田山頭火・尾崎放哉に影響を与えた。晩年は書道家としても名を成した。
河東碧梧桐の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
河東碧梧桐をもっと詳しく知る →作風
有季定型の枠を破り「新傾向俳句」を提唱した革新者。主観・印象・感情を前面に出す表現は俳壇の常識を覆した。定型を離れることで得た自由な詩的空間が後の自由律俳句へとつながった。
代表句
赤い椿と白い椿が落ちる場面を、色の対照を際立たせて捉えた句です。
思いがけない雛の誕生と冬薔薇を、一つの場面に置いた句です。
ゆかりの地
杉田久女
略歴
鹿児島県生まれ。大正・昭和の俳壇を代表する女性俳人。高浜虚子に師事し一時高く評価されたが虚子との確執により「ホトトギス」から除名される悲運に遭った。俳句への情熱と生活のはざまで苦しみ、晩年は病を得て入院先で亡くなった。
有名俳人一覧を彩る女流俳人・杉田久女の情熱的な名句は俳句びとDBで
杉田久女をもっと詳しく知る →作風
女性の情感・官能・抑圧された感情を俳句に込めた先駆的な女流俳人。「谺して」「花衣」など大胆で情感豊かな句は当時の俳壇に新風を吹き込んだ。生活と俳句の間で引き裂かれた緊張感が句に独特の力を与える。
代表句
花衣を脱ぐ動作と、まとわる多くの紐を細やかに捉えています。
山にこだまするほととぎすの声を、空間の広がりとともに詠んでいます。
足袋を繕う日常の動作と「教師妻」という立場を一句に置いています。
ゆかりの地
橋本多佳子
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。ホトトギス四Tの一人。杉田久女に手ほどきを受け、のちに山口誓子に師事し、俳誌「七曜」を主宰した。女性の内面や官能的な感情を大胆に詠んだ句が多く四Tの中でも特に個性的な作風として評価される。夫の死後に本格的に俳句に打ち込み哀愁と情熱が交差する句世界を確立した。
橋本多佳子の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
橋本多佳子をもっと詳しく知る →作風
四Tの中で最も情熱的・官能的な句風を持つ。女性の内面の葛藤・喜び・哀しみを大胆に表現し型にはまらない詩的自由さが特徴。夫の死という喪失体験が句に深みと切迫感を与えている。
代表句
乳母車と大きな夏の波を横向きに配し、緊張感のある構図をつくっています。
稲光の方向へ視線を向ける動作を、そのまま一句の骨格にしています。
激しい雪と「書き遺すこと」の多さを重ねた句です。
ゆかりの地
松本たかし
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。能楽師の家に生まれ病のため能楽師の道を断念して俳句に転じた異色の俳人。高浜虚子に師事し「笛」を創刊・主宰した。能楽の所作・舞台的美意識が句に流れ込み幽玄・静寂・余白を大切にした独自の句風を確立した。50歳で没したが残した句は質・量ともに高い評価を受ける。
松本たかしの名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
松本たかしをもっと詳しく知る →作風
能楽師の血が流れる幽玄・余白・静謐を重んじた句風。言葉の外側に広がる「間」を大切にし少ない言葉で深い世界を生み出す。能の所作のような精緻さと病と向き合いながら詠んだ句の透明な美しさ。
代表句
春雷の中、椿がぽたりぽたりと落ちる音と動きを捉えています。
※ 底本の踊り字を青空文庫表示に合わせています。
大きな鱗の金魚を、夕焼け空のようだと捉えた色彩感のある句です。
ゆかりの地
高野素十
略歴
茨城県生まれ。「ホトトギス四S」の一人。医師(医学博士)でありながら高浜虚子に師事し極めて客観的・即物的な写生句を追求した。「あるがまま」の自然を余分な感情を一切排して詠む姿勢は「無私の俳句」と評される。
高野素十の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
高野素十をもっと詳しく知る →作風
「あるがまま」を徹底した「無私の俳句」の体現者。一切の主観・感情・説明を排除し自然の一瞬をただひたすらに写す。シンプルな句の中に宇宙が宿る、客観写生の究極形。
代表句
百合の前を横切る一本の蜘蛛の糸という、ごく小さな動きを捉えています。
とびとびに並ぶ甘草の芽を、観察に徹して簡潔に描いています。
ゆかりの地
近現代・現代の有名俳人
昭和以降の俳句では、伝統を受け継ぐ句から新しい表現まで、多様な作品が生まれました。ここでは近現代・現代の俳人を紹介します。
金子兜太
略歴
埼玉県生まれ。戦後俳句を牽引した俳壇の重鎮。加藤楸邨に師事し「海程」を創刊・主宰した。前衛俳句の旗手として社会性・思想性を俳句に持ち込み定型にとらわれない表現を追求した。太平洋戦争でのトラック島従軍体験が句の底流に流れ生涯にわたって反戦を表明した。98歳で没するまで現役俳人として活動した。
金子兜太の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
金子兜太をもっと詳しく知る →作風
社会性・思想性・身体性を俳句に持ち込んだ前衛俳句の旗手。生活感・土俗性を重視した「社会性俳句」から晩年は自然と人間の根源に迫る深い境地へ。型破りな比喩と大胆な構成が句に迫力を与える。
代表句
梅の咲く庭に「青鮫」を置く、大胆なイメージの取り合わせです。
銀行員の姿を「蛍光す烏賊」にたとえ、都市の日常を独特の像で捉えています。
「炎天」を季語に、墓碑と去る動作を強く結びつけた句です。
「彎曲」「火傷」「爆心地」という語を連ね、強い映像を立ち上げています。
ゆかりの地
角川春樹
略歴
富山県生まれ。角川書店(現KADOKAWA)の元社長・元会長として「角川映画」のメディアミックス戦略を牽引した実業家であり俳人でもある。父・角川源義が創刊した俳誌「河」を主宰し、句集も多数刊行している。
角川春樹の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
角川春樹をもっと詳しく知る →作風
有季定型の伝統を守りながら実業家・映像プロデューサーとして歩んだ人生の重みが句に深みを与える。昭和の時代感覚と自然への真摯な向き合いが共存する骨格のしっかりとした句風。
代表句
天地のあいだで息をする感覚と、花あかりを結びつけた句です。
黒揚羽とゴッホの耳という異質な像を大胆に取り合わせています。
ゆかりの地
ここまでの俳人の中に、心に残る句はありましたか。
俳句交流SNS「俳句びと」で、あなたの一句も詠んでみませんか。
黛まどか
略歴
神奈川県生まれ。現代を代表する人気女流俳人。俳句の伝統的な美意識を守りながら現代女性の感性を盛り込んだ句風で一般読者からの人気が高い。テレビ・雑誌への出演も多く俳句の普及・啓発活動にも尽力している。
黛まどかの名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
黛まどかをもっと詳しく知る →作風
俳句の伝統の枠を守りながら現代女性の感覚・言葉・感情を大胆に持ち込む。若者にも届く感覚的な表現が特徴で「B面」などのカルチャー的な語彙を俳句に持ち込んだ先駆者。明快で爽やかな叙情性が魅力。
代表句
花冷えと傷つきやすいハイヒールを取り合わせ、春の冷たさを身近な物に映しています。
星空の涼しさと、誰かが「ここにいる」感覚を一つの場面に置いた句です。
遠雷を背景に、夢の中まで続く恋という言葉を重ねた句です。
ゆかりの地
加藤楸邨
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。水原秋桜子に師事し、のちに中村草田男らとともに「人間探求派」と呼ばれ、俳句に人間の内面・思想を持ち込んだ独自の俳境を開いた。「寒雷」を創刊・主宰し多くの弟子を育てた。日本芸術院会員。
加藤楸邨の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
加藤楸邨をもっと詳しく知る →作風
「人間探求派」として俳句に人間の内面・感情・思想を持ち込んだ。自然と人間の葛藤、孤独と連帯、戦争と平和といった大きなテーマを17音に封じ込める骨太な詩精神。写生を超えた人の魂に直接働きかける俳句。
代表句
鰯雲の景と「人に告ぐべきことならず」という言葉を静かに並べています。
寒雷の響きを「びりりびりり」と捉え、真夜の玻璃へ響かせた句です。
ゆかりの地
山口誓子
略歴
京都府生まれ。「ホトトギス四S」の一人。高浜虚子に師事し工業・都市・近代文明を題材とした俳句を開拓した先駆者。機関車・工場・飛行機などを詠んだ句は当時の俳壇に革新をもたらした。後にホトトギスを離れ「天狼」を創刊・主宰。日本芸術院会員・文化功労者。
山口誓子の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
山口誓子をもっと詳しく知る →作風
近代工業・都市文明を俳句に大胆に持ち込んだ革新者。無機的な素材を鋭い感性で写生し人間と時代の緊張感を句に封じ込める。硬質なイメージと精緻な構成が生む独自の「都市俳句」の世界。
代表句
沖へ向かう視線の途中に春の月を置き、奥行きをつくる句です。
夏の河と赤い鉄鎖の端を、色と形の対比で捉えています。
除夜の零時を過ぎた瞬間と、心の変化を結びつけた句です。
ゆかりの地
飯田龍太
略歴
山梨県生まれ。俳人・飯田蛇笏の長男として山梨に生まれ父の後を継いで「雲母(きら)」を主宰した現代俳壇の重鎮。父の骨太な句風とは対照的に繊細で叙情的な句風が特徴。山間の自然を丁寧に観察した清澄な句が多く「山の詩人」とも称された。日本芸術院会員・文化功労者。
飯田龍太の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
飯田龍太をもっと詳しく知る →作風
父・蛇笏の峻烈さとは対照的な繊細・清澄・叙情的な句風。山梨の豊かな自然を細やかに観察し余白と静寂を大切にした句を詠む。日本的な「間」の美意識が俳句の中に静かに流れる。
代表句
「一月」を二度繰り返し、川と谷を同じ新年の時間の中に置いた句です。
澄んだ水と「四方に関ある甲斐の国」を結び、土地の広がりを示しています。
ゆかりの地
中村草田男
略歴
中国・福建省生まれ(日本育ち)。高浜虚子に師事し「万緑(ばんりょく)」を創刊・主宰した。人間的感情・思想を俳句に持ち込む「人間探求派」の代表的存在(加藤楸邨とともに)。「降る雪や明治は遠くなりにけり」は近代俳句史上屈指の名句として広く知られ「万緑」は中国・宋代の王安石の詩の一節に由来する語で、草田男のこの句によって夏の季語として定着した。
有名俳人一覧に名を連ねる人間探求派・中村草田男の詳細は俳句びとDBで
中村草田男をもっと詳しく知る →作風
人間の感情・思想・時代への問いを俳句に盛り込む「人間探求派」の旗手。明治という時代への郷愁・父性愛・日常の一瞬に宿る永遠性など、スケールの大きなテーマを17音で詠む骨太な詩精神。
代表句
「勇気」と真白な梅を取り合わせ、言葉の強さを前面に出しています。
濃い緑の季節と、子どもの歯が生え始める瞬間を結びつけています。
玫瑰と沖の広がりを取り合わせ、「未来」という言葉を置いた句です。
※ 高浜虚子の句ではなく中村草田男の句として確認。
澄んだ冬の水に映る一枝の影を、鋭い観察で捉えています。
※ 山口誓子の句ではなく中村草田男の句として確認。
ゆかりの地
星野立子
略歴
東京府(現・東京都)生まれ。高浜虚子の次女として生まれ父に師事した女流俳人。「玉藻」を創刊・主宰した。「ホトトギス四T」の一人に数えられ虚子の「花鳥諷詠」の精神を継承しながら女性らしい繊細な感性と温かみある句風を確立した。
星野立子の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
星野立子をもっと詳しく知る →作風
虚子直伝の「花鳥諷詠」を女性的な感性で深化させた句風。華美になりすぎず地味になりすぎず自然の美しさを温かく静かに詠む。安定した品格と俳人の家に生まれた矜持が句の背骨になっている。
代表句
「しんしんと」という語と歩みを重ね、冬の冷気を身体感覚で伝えています。
雛飾りの動作の中に「いのち惜しき」という言葉を置いた句です。
ままごとの食卓に土筆を置き、春の日常を小さな景として描いています。
※ 紹介記事に「まゝ事/ままごと」の表記差があります。
ゆかりの地
中村汀女
略歴
熊本県生まれ。ホトトギス四Tの一人。高浜虚子に師事し「風花」を創刊・主宰した。家庭生活の中の日常を女性ならではの視線で詠んだ温かみある句が多く「台所俳句」とも評された。生活と俳句を一体として捉えた姿勢は多くの女性俳人に影響を与え女流俳句の地位向上に貢献した。
中村汀女の名句・イラスト・詳細な略歴は俳句びとDBで確認できます
中村汀女をもっと詳しく知る →作風
台所・縁先・家族など日常の場を舞台に女性の視線で俳句の対象を広げた先駆者。気負いなくしかし鋭く日常の一瞬を捉える。温かさの中に凛とした女性の芯がある句風。
代表句
手が届きそうな春の月を、外へ誘う呼びかけとともに詠んでいます。
夕方、子どもたちが外へ出たあとの端居の場面を静かに捉えています。
※ 全句集での最終照合余地があります。
炭を継ぐ冬の暮らしと「女の座」を一つの場面に置いた句です。
ゆかりの地
阿波野青畝
略歴
奈良県生まれ。「ホトトギス四S」の一人。高浜虚子に師事し「かつらぎ」を創刊・主宰した。四Sの中で最も長命(93歳)であり最後まで有季定型・客観写生の精神を守り続けた。奈良の自然・風物を詠んだ句が多く古都の風情と俳句の伝統美が融合した作風が特徴。俳壇の長老として晩年まで俳句の正統を守り続けた。
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奈良の古都の風情と季節の自然を伝統的有季定型の枠の中で丁寧に詠む。華美にならず押しつけがましくならず自然と古都の美をありのままに伝える端正な句風。
代表句
山の重なりと山桜の重なりを、反復する言葉で表した句です。
ゆかりの地
森澄雄
略歴
兵庫県生まれ。加藤楸邨に師事し「杉」を創刊・主宰した戦後俳壇の重要俳人。禅的・瞑想的な精神性と日本的な余白の美を融合させた独自の俳境を開いた。フランス・インドなど海外への旅で得た句群も多く俳句の国際的視野を広げた俳人としても知られる。文化功労者・日本芸術院賞受賞。
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禅の精神と瞑想的な静けさが俳句に融合した「禅俳句」の世界。余白・間・無を大切にし言葉を削ることで逆に世界が広がる。晩年はより研ぎ澄まされた境地へと向かい句の透明度が増した。
代表句
咲きあふれる桜と海へ向かう雄物川を、一続きの景として捉えています。
小さな吾亦紅を「つまむこと」に焦点を当てた、手触りのある秋の句です。
「すいときて」という動きから雪女郎の姿を立ち上げる句です。
除夜の湯浴みを白鳥にたとえ、静かな冬の場面を描いています。
富安風生
略歴
愛知県生まれ。高浜虚子に師事し、俳誌「若葉」の選者を経て主宰した。「花鳥諷詠」の精神を守りながら温かく明るい人生観が滲む句風が特徴で「明朗俳句」とも評される。逓信省官僚としてのキャリアも持ち多忙な中でも俳句を続けた。93歳で没した。
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明るく温かく人生を前向きに詠む「明朗俳句」が特徴。師・虚子の花鳥諷詠を守りながら実業家としての安定した人生観が句に穏やかな力を与える。読み手をほっとさせる包容力のある句風。
代表句
青い空と枝垂桜を取り合わせ、上から下へ流れるような景をつくっています。
街の雨と鶯餠の季節の訪れを、日常の会話に近い調子で詠んでいます。
ゆかりの地
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時代を彩った女性俳人
この記事に登場する女性俳人をまとめました。時代や作風の違いを見比べながら読むと、それぞれの句の特色がつかみやすくなります。
有名俳人に関するよくある質問
Q. 日本を代表する俳人として、まず名前が挙がるのは誰ですか?
松尾芭蕉は、日本を代表する俳人の一人として広く知られています。「古池や…」「閑さや…」などの句や、紀行文『おくのほそ道』がよく知られています。
Q. 江戸三大俳人とはだれですか?
一般に、松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶の3名を指します。それぞれの句を並べて読むと、同じ江戸時代でも表現の違いがよく分かります。
Q. 近代俳句の展開で重要な俳人は誰ですか?
正岡子規は、写生を重視し、近代俳句の展開に大きな影響を与えました。門下には高浜虚子や河東碧梧桐がいます。
Q. 自由律俳句で知られる俳人は誰ですか?
種田山頭火と尾崎放哉は、自由律俳句を代表する俳人としてよく知られています。また、河東碧梧桐は新傾向俳句を進め、後の自由律俳句にもつながる動きを担いました。
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