1900年 - 1979年

高浜年尾

たかはまとしお

作風・特徴

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生涯・略歴

高浜 年尾(たかはま としお、1900年12月16日 - 1979年10月26日)は、俳人。ホトトギス代表。俳人高浜虚子の長男。

代表句 (20件)

川をこぜつかめば石の冷たさよ
季語: 川をこぜ (autumn)
【現代語訳】川おこぜを手で捕まえてみると、その感触はまるで川底の石のように冷たく、ごつごつとしていることよ。 【鑑賞】川おこぜを実際に手で捕らえたときの、冷やりとした質感を生々しく詠んでいます。川底の冷たい石と一体化して生きてきた魚の体温を通じて、秋の水の冷たさが肌に伝わってくるような臨場感があります。
川鰍のうごけば見ゆる砂の色
季語: 川鰍 (autumn)
【現代語訳】川底の砂と同化してどこにいるか分からなかった川鰍が、ふっと動いた瞬間、その下に隠れていた砂の色が露わになり、そこに魚がいたことに気づかされる。 【鑑賞】川鰍が周囲の砂や石に巧みに擬態している様子を、見事な観察眼で捉えた写生句です。動いた瞬間に初めてその存在が認識され、同時に周囲の「砂の色」が鮮烈に意識されるという、静と動の対比が秀逸です。
御一新草刈られて日々の過ぎにけり
季語: 御一新草 (autumn)
【現代語訳】繁茂していた御一新草が刈り取られ、そうして平穏な日々がまた過ぎ去っていくことだ。 【鑑賞】伸び放題だった雑草が刈られたあとの何気ない日常の推移を詠んでいます。「御一新草」という歴史めいた名を持つ草が刈り払われる情景から、時代の流れや季節の移ろいに対する静かな実感が滲み出ています。
烏賊洗ふ水に月影さしそめし
季語: 烏賊洗い (autumn)
【現代語訳】烏賊を洗っている水の中に、昇ってきた月の光がさし込んできた。【鑑賞】烏賊を洗う鉢や盥の水に、静かに月が映り込む瞬間を捉えています。水の手触りの冷たさと月影の冴えた光が溶け合い、秋の夜の深まりと清冽な空気を美しく表現しています。
青松笠まだ重たきが落ちて来し
季語: 青松笠 (autumn)
【現代語訳】まだ水分と松脂を含んでずっしりと重い青い松笠が、木から落ちてきたことだ。【鑑賞】乾燥して軽くなった茶色い松笠とは異なり、まだ木質化していない青松笠特有の「重み」に着目した写生句です。落ちた時の鈍い音や、手のひらに乗せたときの確かな質感が読者にも生き生きと伝わってきます。
鬱金咲く庭のひだまり風もなし
季語: 鬱金の花 (autumn)
【現代語訳】鬱金の花が咲いている庭の日だまりには、風ひとつなく穏やかである。\n【鑑賞】初秋の柔らかな日差しと無風の静寂の中にぽつりと咲く鬱金の花の、慎ましくも温かみのある存在感を素直に捉えています。
鬼の捨子からからと鳴る日和かな
季語: 鬼の捨子 (autumn)
【現代語訳】鬼の捨子が風に揺れてからからと音を立てる、よく晴れた心地よい秋の日だ。 【鑑賞】乾燥した実が風に触れ合って「からから」と微かな音を立てる聴覚的な描写が印象的です。「日和」という穏やかな言葉を取り合わせることで、怪しげな季語の名前に反して、明るく澄んだ晩秋の一日を爽やかに描き出しています。
姥鴫の影もろともに走る潮
季語: 姥鴫 (autumn)
【現代語訳】引き潮の水が勢いよく流れていく中、姥鴫がその水面に映る自らの影とともに素早く走り回っている。\n【鑑賞】満ち引きする潮の動きと、それに合わせて軽快に砂浜や干潟を駆ける姥鴫の動的な瞬間を捉えています。鳥の姿だけでなく水面の影まで描き込むことで、秋の浜辺の臨場感が見事に伝わってきます。
御山洗ふ雨のはげしき夜明かな
季語: 御山洗 (autumn)
【現代語訳】山を洗い流す雨の激しい音を聞きながら迎えた、印象深い夜明けであることよ。【鑑賞】容赦なく降りしきる激しい雨の勢いが、山に積もった夏の穢れをことごとく洗い流していくかのようです。自然の力強さと秋の訪れの峻烈さを写生しています。
十六ささげ青きを茹でて盛り上げし
季語: 十六豇豆 (autumn)
【現代語訳】十六ささげの鮮やかな青(緑)いものを茹でて、器にたっぷりと盛り上げた。 【鑑賞】収穫したばかりの十六ささげを茹で上げ、食卓の器に盛った家庭的で温かみのある日常の一コマです。「青きを茹でて」という色彩の強調から、茹でたての瑞々しい緑色と湯気、そして秋の実りをいただく素朴な喜びが伝わってきます。
酔楊妃紅となりたる夕日影
季語: 酔楊妃 (autumn)
【現代語訳】酔楊妃の花がすっかりあでやかな紅色に染まった頃、傾いた夕日の光が優しく照らし出している。\n【鑑賞】夕日の残照と、夕方に最も濃く色づく酔楊妃の紅色が見事に呼応しています。一日の終わりを告げる光の情景と花の命の頂点が重なり合い、秋の夕暮れの美しさを真っ直ぐに描写した名句です。
薄孕む野の夕風の立ちそめし
季語: 薄孕む (autumn)
【現代語訳】穂を孕んだ薄が一面に広がる野原に、夕暮れの風が静かに吹き始めた。 【鑑賞】夏の暑さが引いた夕暮れ時、出穂を待つススキの野に涼やかな風が吹き始める情景です。これから深まりゆく秋への予感を広大な野の風景とともに捉えており、澄んだ夕空と草の香りが漂ってくるような大らかな一句です。
日展を見し眼に秋の日暮あり
季語: 日展 (autumn)
【現代語訳】日展の膨大な美術作品を熱心に見つづけてきた眼の前に、いつしか秋の夕暮れが広がっている。【鑑賞】日展の会場内で鮮烈な美や多彩な色彩を浴びたあと、館外に出てふと空を見上げた瞬間の景です。美術の熱気で火照った眼に映る、しんとした秋の日暮れの冷気と静けさが、心地よい余韻とともに描かれています。
大文字や静まりかへる京の町
季語: 大文字の火 (autumn)
【現代語訳】大文字の送り火が山に灯り、それを仰ぎ見る京都の町全体がしんと静まり返っている。 【鑑賞】送り火が点火された瞬間の、町全体を包み込む厳かな静寂を素直に詠んでいます。観光の賑わいを超えて、先祖の御魂を静かに送る人々の敬虔な祈りと京都の歴史の深さが伝わってきます。
太宰府の祭の樟の夜風かな
季語: 太宰府祭 (autumn)
【現代語訳】太宰府の祭りの夜、大樟を揺らして吹き抜けていく秋風の心地よさよ。 【鑑賞】千灯明などの神事が行われる秋の宵、境内の樟の大樹を吹き抜ける夜風の感触から、神幸祭ならではの神聖で清澄な空気感を捉えています。
舎利会や月を仰いで山下る
季語: 泉涌寺舎利会 (autumn)
【現代語訳】舎利会の法要を終えて山を下りゆく折、ふと見上げると澄み渡る秋の月が輝いていた。 【鑑賞】法要の厳粛な感動を心に宿しながら寺を辞し、下り坂で澄み切った秋の月を仰ぐ参詣者の清々しい心境が詠まれています。仏舎利を拝んだ後の満たされた静寂感と、夜空に冴える月光とが響き合い、季語の持つ気品をストレートかつ爽やかに伝えています。
造り鷺舞ふべく風の立ちにけり
季語: 造り鷺 (autumn)
【現代語訳】まるでこの造り鷺が羽ばたき舞い始めるかのように、心地よい秋風がすっと吹き抜けていった。 【鑑賞】祭の場で静かに据えられている造り鷺に、ふと秋風が吹き寄せた一瞬を捉えています。風をきっかけに静から動へと転じる気配や、鷺舞の神事が始まる予感を軽やかに詠み込んだ一句です。
水引の紅天突の錆びて来し
季語: 点突草 (autumn)
【現代語訳】水引草の鮮やかな紅色に対して、点突草は秋の深まりとともに赤褐色に錆びたような色合いになってきたことだ。 【鑑賞】鮮烈な赤を見せる水引と、くすんだ褐色の穂を立てる点突(テンツキ)の対比が鮮やかです。野に咲く小さな草花同士の色と質感の差異を見事に捉え、深まりゆく秋の気配と静けさをしみじみと伝えています。
満天星紅葉いよいよ赤を極めけり
季語: 満天星紅葉 (autumn)
【現代語訳】ドウダンツツジの紅葉が日増しに深まり、ついにその赤さの極致に達した。【鑑賞】寒さが増す晩秋の中で、燃え盛るように純度の高い赤色を見せるドウダンツツジの生命力を力強く捉えています。「いよいよ赤を極めけり」という率直な詠み口に、自然の色彩美に対する感嘆が宿っています。
燈籠踊頭の灯を揃へけり
季語: 灯籠踊 (autumn)
【現代語訳】灯籠踊りの踊り手たちが、頭上に載せた灯火の高さをぴたりと揃えて舞っている。 【鑑賞】多くの女性たちが頭に金灯籠を載せて舞うとき、その無数の灯がまるで一つの生き物のように整然と揺れ動く光景を、客観的な写生で切り取っています。「揃へけり」という措辞に、静謐で一糸乱れぬ美への感嘆が込められています。