1914年 - 2004年

桂信子

かつら のぶこ

作風・特徴

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生涯・略歴

桂 信子(かつら のぶこ、1914年11月1日 - 2004年12月16日)は、日本の俳人。日野草城に師事。「旗艦」「青玄」などを経て「草苑」を創刊・主宰。

代表句 (20件)

隠座頭どこかで水の下り落つ
季語: 隠座頭 (autumn)
【現代語訳】隠座頭がひっそりと潜む薄暗い空間のなか、どこからともなく水がぽたりと滴り落ちる音が聞こえてくる。【鑑賞】隠座頭が好む湿り気のある暗所を、視覚ではなく「水の滴る音」という聴覚を通じて立体的に描き出しています。静まり返った家屋の奥深くで、かすかな音が響くたびに秋の冷気と孤独感が深まっていく様子が伝わります。
癇癪玉はじけてのちの静けさよ
季語: 癇癪花火 (autumn)
【現代語訳】癇癪玉がパチパチと音を立てて弾け飛び、それが終わった後の、なんとも言えないしんとした静けさよ。【鑑賞】癇癪玉の出す突発的で賑やかな音が消え去ったことで、それまで意識していなかった周囲の日常の静けさが、より一層際立って感じられます。一瞬の騒ぎの後に訪れる、孤独や虚無感をも内包した見事な一句です。
枸杞酒の赤きをこぼし畳青し
季語: 枸杞酒 (autumn)
【現代語訳】漬けた枸杞酒の鮮やかな赤い液を少しこぼしてしまい、それが青畳の上にぽつりと映っている。【鑑賞】枸杞酒の深い赤色と、新しく爽やかな青畳のコントラストが視覚的に非常に美しい一句です。日常のちょっとした失敗を、鮮やかな色彩の対比として見事に芸術へと昇華させています。
黒酸漿ふくらむ闇を誰も見ず
季語: 黒酸漿 (autumn)
【現代語訳】黒酸漿が闇の中でひっそりと膨らんでいく、その神秘的な様子を誰も見ることはない。【鑑賞】夜の闇に同化するようにして実を膨らませる黒酸漿。その孤独で、かつ生命力に満ちた営みを、誰も気づかない自然の神秘として艶やかに描き出しています。
石鼎忌おもひがけなきあたたかさ
季語: 石鼎忌 (winter)
【現代語訳】石鼎忌である今日、冬のさなかとは思えないほど、思いがけない暖かさに恵まれている。【鑑賞】12月20日の寒さ厳しい時期に訪れた、ふとした小春日和のような暖かさを詠んだ句です。石鼎の激しくも人間味あふれる温かな人柄や、遺された作品が放つ熱量を、その日の「あたたかさ」に重ね合わせて深く偲んでいます。
棕梠の聖日ひかりのなかの棕梠の木に
季語: 棕梠の聖日 (spring)
【現代語訳】今日は棕櫚の聖日である。教会の庭の、きらめく春の光の中にすっとして立つ、あの棕櫚の木に向けて、祈りの心が静かに注がれている。【鑑賞】「棕梠の聖日」という季語の由来となった棕櫚の木そのものに、あえて光を当てて詠んだ一句です。春の暖かな陽光を浴びてそびえ立つ棕櫚の木は、どこか聖性を帯びて見えます。「棕梠の聖日」と「棕梠の木」という言葉の重なりが、リズミカルでありながら荘厳な祈りの空間を生み出しています。
水底の泥の明るさ五月雲
季語: 五月雲 (summer)
【現代語訳】水底の泥がなぜか不思議に明るく見えている、その上の空には重苦しい五月雲が広がっている。【鑑賞】どんよりと曇った「五月雲」の下にあって、かえって池や川の底の泥がぼんやりとした光を反射して白っぽく明るく見えるという、極めて鋭い観察眼に基づいた句です。光と影の逆転のような、静かで神秘的な美しさが漂っています。
木葉山女水にまぎるる深さかな
季語: 木葉山女 (autumn)
【現代語訳】木葉山女が、澄んだ水や落ち葉と一体となって見分けがつかなくなるほどの水の深さであることよ。 【鑑賞】水底の落ち葉と体色が同化して水に溶け込むような木葉山女の姿を通して、渓水の透明さと淵の深さを捉えています。女性俳人らしい繊細な視線で、秋の渓流の神秘的な美しさを描き出しています。
金化粧して秋の日を惜しみけり
季語: 金化粧 (autumn)
【現代語訳】黄金色に美しく装いながら、短くなってゆく秋の一日と名残を惜しんでいることだ。 【鑑賞】黄葉した木々や色づいた自然の景を、女性が念入りに装う姿に重ね合わせた繊細な一句です。華やかに着飾る「金化粧」の輝きと、やがて過ぎ去る秋を惜しむ寂寥感の対比が、深い余韻を残します。
火祭の火の粉夜空に尽きにけり
季語: 鞍馬の火祭 (autumn)
【現代語訳】火祭で舞い上がった無数の火の粉が、冷え冷えとした秋の夜空の彼方へと消えていった。【鑑賞】熱狂的な祭りの最中、あるいは祭りが終わろうとする瞬間の静けさと美しさに焦点を当てています。激しく舞い上がった火の粉が暗闇の中に吸い込まれて消えていく余韻が、秋の寂寥感とともに美しく表現されています。
國男忌や里の古りゆく音のして
季語: 国男忌 (autumn)
【現代語訳】国男忌である。古い里山の暮らしが、静かに時を重ねて古びてゆくような微かな音が聞こえる。 【鑑賞】民俗学が記録し守ろうとした素朴な村里の情景を、聴覚的なニュアンスで繊細に捉えた句です。初秋の静けさと時の推移への哀愁が、國男忌の追悼の意と見事に調和しています。
黒皮茸黒き匂ひを立てにけり
季語: 黒皮茸 (autumn)
【現代語訳】黒皮茸を焼いていると、その黒々とした姿にふさわしい、香ばしく濃厚な匂いが立ちのぼってきたことだ。【鑑賞】視覚的な「黒」を「黒き匂ひ」と嗅覚の表現へと転じた鋭い感覚の一句です。黒皮茸特有の濃厚で野趣あふれる香りと武骨な佇まいが見事に捉えられています。
黒やんま飛びたるあとの暗さかな
季語: 黒やんま (autumn)
【現代語訳】黒やんまが目の前を飛び去っていった、そのあとに残る木陰の暗さであることよ。 【鑑賞】黒やんまの黒い体が通り過ぎた瞬間、その空間の光が一瞬奪われ、後には深い静けさと暗さが残されたかのような感覚を捉えています。視覚的な残像と秋の深まりゆく陰影を巧みに表現した名句です。
原爆忌一筋の水落ちてをり
季語: 原爆の日 (autumn)
【現代語訳】原爆忌の今日、どこかで一本の細い水が音もなく流れ落ちている。\n【鑑賞】被爆者が水を求めて亡くなっていった記憶と、現代の静かな日常に流れる水が重なり合います。感情を排した客観的な描写の中に、張り詰めた静寂と祈りの深さが立ち現れる名句です。
親芋に離れぬ子芋茹でこぼす
季語: 子芋 (autumn)
【現代語訳】親芋にぴったりとくっついて離れない子芋を、そのまま一緒に茹でこぼして灰汁を取る。 【鑑賞】親芋と子芋の仲睦まじい様子を日常の台所仕事の中で捉えた句です。子芋の健気な姿と調理の丁寧な所作が重なり、家庭の温もりや命のつながりを感じさせます。
原爆忌水汲む音のただならず
季語: 原爆忌 (autumn)
【現代語訳】原爆忌の日に耳にする水を汲む音は、どこかただならぬ、尋常ではない響きを持って胸に迫ってくる。 【鑑賞】原爆の猛烈な熱線に焼かれ「水を、水を」と求めながら息絶えていった犠牲者たちの記憶が、日常の水汲みの音に重なり、鋭く胸を打ちます。聴覚を通じて歴史の痛ましさを呼び覚ます名句です。
高台院忌萩のこぼるる石畳
季語: 高台院忌 (autumn)
【現代語訳】高台院の忌日、寺の石畳の上に萩の花が静かにこぼれ落ちている。 【鑑賞】しっとりと落ち着いた東山の石畳と、儚く散る萩の花の風情が、波乱の生涯を終えて静かに眠る高台院の優しさと哀感を巧みに描き出しています。
候鳥や海をかぎりの低き空
季語: 候鳥 (autumn)
【現代語訳】渡り鳥が飛んでいる。海が行き止まりとなるあたりまで、空が低く垂れ込めている。 【鑑賞】広大な海と重く低い空の間に候鳥を配することで、厳しい自然の中を渡っていく鳥たちの旅路の過酷さと、秋の張り詰めた大気の冷たさを鋭く切り取っています。
黄落期日ざしは遠く届きけり
季語: 黄落期 (autumn)
【現代語訳】葉が黄ばんで散りゆくこの季節、傾いた柔らかな日差しが遠くの景色まで静かに届いていることだ。 【鑑賞】葉を落とした梢の間を通り抜け、遮るものの少なくなった晩秋の澄んだ光が遥か彼方まで照らす情景を端正に捉えています。「遠く届きけり」という言葉に、空気の冷たさと広々とした秋の空間美が感じられます。
逆髪の祭近しと髪梳けり
季語: 逆髪祭 (autumn)
【現代語訳】逆髪祭の日が近いと心に留めながら、静かに自らの髪を櫛で梳いている。【鑑賞】逆髪の伝説に心を寄せつつ、自らの女性としての髪への想いを重ね合わせた繊細な句です。秋の澄んだ空気のなかで髪を梳く静謐な所作に、微かな艶やかさと哀切が漂います。