秋の終

秋の終

あきのおわり

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意味・由来

「秋の終(あきのおわり)」は、文字通り深まりゆく秋が終わりを告げ、冬へと移り変わる時期を指す時候の季語です。「行く秋」「秋の果て」「秋尽く」「暮の秋」などと同義・類語として扱われます。かつて豊かに実り、鮮やかに色づいていた自然が次第に色褪せ、冷気と静寂が世界を包み込む寂寥感や、去りゆく季節に対する惜別の思いが込められています。冬の気配がすぐそこに迫る独特の切なさが漂う季語です。

この季語で詠むコツ

単に「寂しい」「冬が近い」と感情を直接言葉にするのではなく、秋の終盤ならではの具体的な情景や感覚を切り取るのがポイントです。例えば、傾く日差しの弱さ、手足に感じる冷え、道端の枯れ葉の乾いた音、庭や食卓の小さな変化などを丁寧に捉えることで、季節の去りゆく情緒が読み手に深く伝わります。また、寒さの中に残る微かな温もりや生命感を対比させるのも効果的です。

相性のいい言葉・取り合わせ

  • 光・影:「薄日」「夕影」「西日」「傾く陽」
  • 自然・気象:「残る葉」「枯枝」「北風」「冷気」「夕雲」
  • 日常・動作:「片付け」「湯気」「温もり」「灯」「旅の荷」

秋の終」の俳句例 (3件)

行く秋のなほ頼もしや青蜜柑
松尾芭蕉【現代語訳】去りゆく秋の中で、まだ青々としている蜜柑の実がなんとも頼もしく感じられることだ。【鑑賞】多くの草木が枯れ衰えゆく晩秋にあって、力強く青い実を結んでいる蜜柑に注目し、去りゆく季節への寂しさの中に凛とした生命の逞しさを見出しています。
行秋や手をひろげたる栗のいが
向井去来【現代語訳】秋が去っていく。中身の栗の実を落とした毬(いが)が、まるで手をいっぱいに広げているようだ。【鑑賞】実を落としきって割れたままの栗のいがを擬人化し、去りゆく秋を名残惜しんで両手を広げて引き留めているかのように見立てた、ユーモアと哀愁が交差する名句です。
行く秋の寂しきものに日向水
久保田万太郎【現代語訳】去りゆく秋の寂しさを感じさせるものとして、日に当たってぬるくなった日向水がある。【鑑賞】日向に置かれて中途半端に温まった水の微温さに、秋の日の弱々しい日差しと去りゆく季節の侘しさを重ね合わせており、日常の些細な事物から深い情感を掬い取っています。

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