1889年 - 1963年

久保田万太郎

くぼたまんたろう

作風・特徴

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生涯・略歴

久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年〈明治22年〉11月7日 - 1963年〈昭和38年〉5月6日)は、日本の小説家、劇作家、俳人。俳号はじめ暮雨。のち傘雨。

代表句 (20件)

草の市ともる灯に風たちにけり
季語: 草の市 (autumn)
【現代語訳】草の市の店先にぽつぽつと灯りがともる頃、どこからともなく涼しい夕風が吹き抜けていったことだ。 【鑑賞】夕暮れの市の賑わいの中に、ふと訪れる秋の涼風を詠んだ句です。灯火のまたたきと肌に感じる風の動きが、お盆前の物寂しさと、季節が秋へと移り変わる切なさをいっそう引き立てています。
雁の玉づさ書きのこしたるごとくにも
季語: 雁の玉章 (autumn)
【現代語訳】空を横切っていく雁の群れの列が、まるで青空の余白に一筋のメッセージを書き残していったかのようであるな。【鑑賞】雁の飛行ルートが、空に描かれた美しい筆跡のように見えた一瞬を捉えています。雁が飛び去ったあとも、心の中にその「手紙」の余韻が残り続けるような、万太郎らしい極めて繊細で詩的な情緒に満ちた一句です。
鹿火屋守る男の眉の濃かりけり
季語: 鹿火屋守 (autumn)
【現代語訳】鹿火屋で番をしている男の顔を見ると、その眉がたいへん濃く、たくましい印象を与えることだ。【鑑賞】暗闇の中で鹿火の炎に照らし出された男の顔。その「眉の濃さ」という一点に着目することで、山深い地で自然を相手に暮らす男の力強さや素朴な野生味が鮮やかに描き出されています。
柿羊羹きりくち琥珀なせりけり
季語: 柿羊羹 (autumn)
【現代語訳】切り分けた柿羊羹のその切り口は、まるで美しい琥珀のようであった。【鑑賞】柿羊羹を包丁で切った瞬間の、内側から光を放つような透明感のある美しい色彩を真っ直ぐに捉えています。「琥珀」という比喩が、柿羊羹の上品で豊かな甘みと、その気品ある佇まいを見事に表現した名作です。
鴨来ると池のきまりのなかりけり
季語: 鴨来る (autumn)
【現代語訳】鴨が渡ってきたことで、それまで静かで落ち着いていた池の日常の決まりごとが、にわかに崩れて賑やかになったことだ。【鑑賞】鴨たちが飛来したことによって、静まり返っていた水面が活気づき、池の普段の秩序や静寂が心地よく破られた様子を「きまりのなかりけり」とユーモラスに、かつ実感を持って表現しています。
胡桃割る音のしづけき夜なりけり
季語: 胡桃割る (autumn)
【現代語訳】胡桃をコツコツと割る音が、いかにも静かに響き渡る秋の夜であることよ。【鑑賞】万太郎らしい、日常の細やかな情景を切り取った句です。胡桃を割るというささやかな行為の音が、かえって周囲のしんとした静寂を際立たせ、更けゆく秋の夜の情感を深く味あわせてくれます。
笹神輿こぼるる露のゆくへかな
季語: 狭小神輿 (autumn)
【現代語訳】笹で飾られた小さな神輿が練り歩く。その笹の葉からこぼれ落ちる朝露は、いったいどこへ消えていくのだろうか。【鑑賞】万太郎らしい繊細な情緒が光る一句。秋の早朝の澄んだ空気の中、みずみずしい笹神輿からこぼれる露の一滴一滴に、祭りの一瞬の美しさと儚さが凝縮されています。
蚊帳の別れやいつともなしの雨の音
季語: 蚊帳の別れ (autumn)
【現代語訳】蚊帳を片付ける時期となった。いつの間にか静かに降り出していた雨の音が、耳に優しく聞こえてくる。【鑑賞】秋の訪れとともに蚊帳を取り払う寂しさと、しとしとと静かに降る雨の音が響き合い、季節の移り変わりを繊細に捉えた情緒溢れる名句です。
九月狂言ともる灯の皆なつかしく
季語: 九月狂言 (autumn)
【現代語訳】九月狂言の芝居小屋にともる明かりが、どれもこれも心にしみて、しみじみと懐かしく感じられることだ。 【鑑賞】作者である万太郎は、東京の下町情緒や芝居をこよなく愛した俳人です。一年の終わりを告げる九月狂言の季節、少し肌寒くなった秋の夕暮れに、芝居小屋の温かい灯りがともる様子を捉えています。「なつかしく」という一言の中に、芝居への深い愛着と、秋の深まりゆく寂しさが美しく溶け合っています。
九月狂言役者の顔の覚へよく
季語: 九月狂言 (autumn)
【現代語訳】九月狂言の舞台を見ていると、贔屓にしている役者たちの顔立ちが、いつも以上にしっかりと記憶に刻まれるように思い出される。 【鑑賞】このメンバーでの芝居も見納めになるという「名残」の意識が、観客の集中力を高め、役者の一挙手一投足を愛おしむように見つめさせている情景です。役者の表情を克明に記憶にとどめようとする、観客(贔屓筋)の温かくも切ない心理が実に見事に写し取られています。
唐撫子日に日にうすきにほひかな
季語: 唐撫子 (autumn)
【現代語訳】唐撫子の花が咲いているが、秋が深まるにつれて、そのほのかな香りが日に日に薄くなっていくように感じられることよ。\n【鑑賞】万太郎らしい繊細な感覚が光る一句です。花の衰えゆく香りに焦点を当てることで、静かに、しかし確実に移ろいゆく秋の寂寥感を見事に描き出しています。
金琵琶の鳴きやみし夜の明るさよ
季語: 金琵琶 (autumn)
【現代語訳】金琵琶の美しい鳴き声がふと鳴きやんだ瞬間、静まり返った夜の部屋の中が、かえって妙に明るく感じられることだ。 【鑑賞】それまで耳を占めていた美しく繊細な音が途絶えたことで、周囲の静けさと室内の灯りの白さが一気に意識に上ってくる瞬間を見事に捉えています。「音が消えたことで光が際立つ」という、人間の感覚の妙理を鮮やかに描き出した名句です。
九月尽障子の穴の光かな
季語: 九月尽 (autumn)
【現代語訳】九月も今日で終わり、秋が尽きようとしている。ふと見ると、障子の破れ穴から差し込む光が、秋の終わりの寂しさをしみじみと感じさせる。【鑑賞】障子の小さな穴から差し込む光という、日常の極めて卑近なディテールを通して、秋の終わり(九月尽)のうら寂しさ、そして冬の足音を繊細に捉えた、万太郎らしい哀愁漂う名句です。
淋しさのそこひもなくて紅梅草
季語: 紅梅草 (autumn)
【現代語訳】この身に染み入る寂しさには、底というものがなく無限に深いように感じられる。そんな果てしない孤独の中で、紅梅草がぽつりと咲いている。【鑑賞】「そこひ(底)」もないほどの深い寂寥感を詠んだ久保田万太郎の代表的な一句です。秋の寂しさに沈む心境と、色褪せることなく咲き続ける紅梅草の、小さくも頑なな赤色が見事に調和し、都会的な哀愁と乾いた孤独感を象徴しています。
影灯籠一もどりして消えにけり
季語: 影灯籠 (autumn)
【現代語訳】影灯籠が、最後にくるりと一度だけ逆戻りするように回ってから、ふっと消えてしまったことよ。【鑑賞】走馬灯の動きの終わり際を、実によく観察して捉えた写生の一句です。一瞬の動きのあとに訪れる闇の深さが印象的です。
蒲の綿こぼれて風のいそがしき
季語: 蒲の穂絮 (autumn)
【現代語訳】蒲の綿がどんどんほぐれてこぼれ落ち、それを吹き飛ばす風がいかにも忙しそうに吹き抜けていくことだ。 【鑑賞】「風がいそがしい」という擬人化が絶妙です。次から次へと溢れ出る綿毛を、秋風がせわしなく、かつ楽しげにさらっていく様子が活写されています。晩秋の少し冷たい風の軽快な動きを感じさせる一句です。
衣被むけばいよいよ白かりき
季語: 衣被ぎ (autumn)
【現代語訳】衣被ぎの皮をむくと、その中から現れた芋の肌はいっそう白く、美しく輝いて見えたことだ。【鑑賞】皮をむいた瞬間の、瑞々しくつややかな白さを「いよいよ白かりき」とシンプルかつ力強く表現した句です。素朴な食べ物でありながら、そこに宿る清潔感やハッとするような美しさが鮮やかに描かれています。
からすうり熟れて一ト日の終りけり
季語: 烏瓜 (autumn)
【現代語訳】からす瓜が赤く熟れていて、今日もまた何事もなく一日が終わっていくのだなあ。 【鑑賞】日常の何気ない終息感を、からす瓜の熟れた赤さに託して詠んでいます。時間の経過とともにある、しみじみとした哀愁や安堵感が漂います。
吊りすてて蚊帳の名残の寒さかな
季語: 蚊帳の名残 (autumn)
【現代語訳】役目を終えて吊りっぱなしになっている蚊帳のあたりに、しみじみとした秋の寒さが漂っていることよ。【鑑賞】「吊りすてて」という表現に、夏の終わりの物憂げな生活感が滲み出ています。片付ける手間の億劫さと、それゆえに際立つ秋の冷え込みが絶妙に表現されています。
小鰭鮨おもひのほかの安さかな
季語: 小鰭 (autumn)
【現代語訳】ふらりと立ち寄って食べた小鰭の寿司が、思ったよりも安くて、得をした気分だなぁ。 【鑑賞】東京の下町情緒や庶民の生活感を愛した久保田万太郎らしい、日常のふとした喜びを詠んだ句です。高級なイメージのある寿司の中で、庶民の味方である「小鰭」の親しみやすさと、江戸前の粋な味わいを「安さかな」と素朴に表現したユーモアのある作品です。