百八たい

百八たい

ひゃくはちたい

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意味・由来

「百八たい(ひゃくはちたい)」は「百八燈(ひゃくはっとう)」とも呼ばれ、初秋の盆の時期(旧暦7月15日前後)に行われる伝統的な火祭り・仏教行事です。仏教で説かれる人間の「百八の煩悩」を祓い清め、祖霊を迎え送るために、山肌や尾根、河原などに百八基の松明やかがり火を一斉に点火します。特に福島県会津地方などの盆行事として有名で、漆黒の夜の山並みに火の帯が浮かび上がる光景は、厳かで幻想的な秋の風物詩となっています。

この季語で詠むコツ

百八つの火が一列に連なる壮大なスケール感と、それを取り巻く夜の闇の深さとの対比を意識して詠むのが効果的です。松明の火が山の斜面を下ってくる動きや、夜空・川面に照り映える炎の色など、視覚的なドラマを捉えてみましょう。また、単なる火の美しさにとどまらず、ご先祖様への祈りや、初秋の夜に漂い始めるひんやりとした山の冷気(肌感覚)を組み合わせると、詩情が一層深まります。

相性のいい言葉・取り合わせ

  • 視覚・明暗:「闇」「尾根」「山肌」「火の帯」「川面」「星空」
  • 祈り・厳かさ:「祖霊」「祈り」「煙」「鐘」「静寂」
  • 触覚・気配:「夜風」「山の冷え」「初秋」「露」

百八たい」の俳句例 (3件)

遠嶺より百八燈の落ちて来し
有働亨【現代語訳】はるか遠くの峰から、百八つの松明の火の列がまるで山を滑り落ちるように下りてきたことだ。 【鑑賞】暗闇のなか、遠くの山の稜線から一筋の火の帯が下ってくる光景をダイナミックに捉えた一句です。「落ちて来し」という鋭い把握によって、夜の山の高低差と、火を掲げて山道を下る人々のうねるような動きが鮮烈に浮き彫りにされています。
百八燈火の帯となりて山下る
岸風三楼【現代語訳】百八つの松明がひと連なりの火の帯となって、夜の山を厳かに下ってくる。 【鑑賞】「百八燈」の連なりを真正面から捉え、光の帯として山を下りてくる様子を描写しています。百八の煩悩を払い祖霊を送る火が、闇深い山肌を流れるように動いていく様は、幽玄でありながらどこか厳粛な祈りの力を感じさせます。
百八燈闇の山々こたへ合ふ
岡田日郎【現代語訳】灯された百八つの火に応じるかのように、幾重にも重なる闇の山々が互いに呼び交わしているようだ。 【鑑賞】山に灯された松明の光が、周囲を取り囲む深い闇と対話し、山全体が呼応しているかのようなスケールの大きさを感じさせます。火の明かりによってかえって際立つ山々の静けさと、初秋の夜の神秘的な気配が見事に表現されています。

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