1907年 - 1946年

長谷川素逝

はせがわそせい

作風・特徴

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生涯・略歴

長谷川 素逝(はせがわ そせい、1907年(明治40年)2月2日 - 1946年(昭和21年)10月10日)は、日本の俳人。本名・直次郎。

代表句 (20件)

山国の日のあたりたる葛の花
季語: 葛の花 (autumn)
【現代語訳】山深い地方の、ある一角にだけ秋の柔らかな陽光が差し込んでおり、そこに咲く葛の花が美しく照らし出されている。【鑑賞】山国という、どこか厳しく寂しい大自然の環境の中で、ピンポイントに差し込む「日のあたりたる」光の温かさと、そこに浮かび上がる葛の花の鮮やかさが印象的なコントラストを描いています。素朴でありながらも、一瞬の光景を鮮やかに切り取った叙情豊かな写生句です。
菊人形かほばかりなる夜の闇
季語: 菊人形 (autumn)
【現代語訳】夜の暗闇のなか、菊人形の衣装の菊は闇に溶け込み、白い顔だけがぽっかりと浮かび上がっている。【鑑賞】昼間の賑やかさが去った夜の展示場で、暗がりの中に白く浮き出る人形の顔に着目した句です。昼の華やかさとは対比的な、静まり返った夜の闇と人形の妖しい存在感が印象深く表現されています。
霧襖ひらけば山のかさなりて
季語: 霧襖 (autumn)
【現代語訳】立ち込めていた濃い霧が襖を開けるようにさっと晴れると、その奥から幾重にも連なる山々が姿を現した。【鑑賞】白一色に閉ざされていた視界が一転し、奥深い山並みが次々と現れ出た瞬間の感動を鮮やかに捉えています。「ひらけば」という動詞によって、霧が引く劇的な展開と壮大な空間の広がりが見事に表現されています。
草神輿かつぎ出づれば暮れにけり
季語: 草神輿 (autumn)
【現代語訳】草神輿を意気込んで担ぎ出したと思ったら、あっという間に秋の日は暮れてしまった。 【鑑賞】秋の日は「釣瓶落とし」と言われるように暮れるのが早いものです。夢中で草神輿を担ぎ出したものの、すぐに夕闇に包まれてしまう祭りの短い時間への愛惜と、どこか寂しげな秋の夕暮れの情緒が響き合っています。
ねぶた灯す夜をひきよせて城下町
季語: 組みねぶた (autumn)
【現代語訳】ねぶたに灯がともると、まるで夜そのものを引き寄せるかのように、城下町全体が祭りの熱気と闇に包まれてゆく。 【鑑賞】灯籠に火が入った瞬間の劇的な変化と、城下町ならではの歴史の陰影を「夜をひきよせて」というダイナミックな表現で捉えています。
狂ひ咲く菊に日のさす障子かな
季語: 狂ひ菊 (autumn)
【現代語訳】季節外れに咲いた菊の花と、その花に射し込んだ淡い日差しが障子に影を落としている。 【鑑賞】病気療養中の静かな室内の情景です。狂い咲く菊の控えめな存在感と、障子越しに広がる柔らかな光と影の調和が、繊細で透明感のある美しさを生み出しています。
呉服祭小雨に濡るる機屋かな
季語: 呉服祭 (autumn)
【現代語訳】呉服祭の日に降る秋の小雨に、静かに濡れている機織り屋の佇まいであるよ。 【鑑賞】秋の祭礼の日に降るしっとりとした小雨と、歴史ある機屋の風景を取り合わせた情緒豊かな句です。華やかな祭りそのものを直接描くのではなく、雨に濡れる町並みや機屋を描くことで、織物の町に伝わる歴史と秋の哀愁を静かににじませています。
栗林の奥まで日の射し込みて
季語: 栗林 (autumn)
【現代語訳】栗林の奥深くまで、秋の柔らかな日差しがまっすぐに射し込んでいる。【鑑賞】葉が落ち始めたり実が弾けたりして明るくなった栗林の情景を、澄んだ秋の光の描写によって端的に表現しています。静寂と穏やかな温もりを感じさせます。
桂月や母が縫ひたる衣をきて
季語: 桂月 (autumn)
【現代語訳】八月の澄んだ月明かりの夜、母が丹精込めて縫ってくれた着物を着て身を清めている。 【鑑賞】冷ややかに澄みわたる月光と、母の手縫いの衣がもたらす温もりとの対比が印象的です。清らかな秋の夜に、母の愛情と自らの生への感謝が静かに重なり合っています。
笹きりの髭のあはあはしきひるま
季語: 笹きり (autumn)
【現代語訳】ササキリの触角のかすかな揺らめきが感じられる、静かな昼間であることよ。\n【鑑賞】「あはあはし」は、淡く頼りなげな様子や微かな気配を表します。秋の昼下がりの物静かな時間の中で、かすかに動くササキリの髭に目を留めた、詩情あふれる静寂の句です。
笹水葱咲く水のひかりの集りて
季語: 細水葱の花 (autumn)
【現代語訳】細水葱の花が咲いているあたりに、水面の光が集まるようにきらめいている。【鑑賞】水辺の秋の光の美しさを繊細にすくい取った一句です。小さく青い花を包み込むように集まる水面の反射が、静けさと涼やかさを際立たせています。
サフランを摘みて指さき黄ばみけり
季語: サフランの花 (autumn)
【現代語訳】サフランの花(めしべ)を摘み取っていると、指先が黄色く染まってしまった。 【鑑賞】サフランのめしべは赤色ですが、色素が指につくと鮮やかな黄色に発色します。収穫作業という具体的な体験を通じ、触覚と視覚のリアリティを晩秋の空気感とともに見事に詠み込んでいます。
秋茱萸の紅きを摘みて口に入れ
季語: 秋茱萸 (autumn)
【現代語訳】秋茱萸の赤く熟した実を摘み取って、そのまま口に含んだ。 【鑑賞】山野で見つけた秋茱萸をふと摘んで味わう、日常の素朴な一瞬を写し取っています。赤い色覚から口に入れた瞬間の味覚や食感へと感覚が鮮やかに移り変わる名句です。
秋の落日大樹の梢とどまらず
季語: 秋の落日 (autumn)
【現代語訳】秋の夕日は瞬く間に沈んでゆき、大樹の梢を照らす光も一瞬たりともとどまることなく消え去っていく。【鑑賞】秋の日暮れの早さを、大樹の先端を染める光の移ろいを通して鮮やかに捉えた一句。時間の経過への無常感が際立っています。
秋日さす机の上に手をおける
季語: 秋日 (autumn)
【現代語訳】秋の柔らかな日差しが差し込む机の上に、静かに手を置いている。\n【鑑賞】療養生活の中で詠まれた句です。机の上に射し込む秋の光と、そこに置かれた我が手。極めてシンプルな描写の中に、静謐な時間と命の温もり、そして秋特有の静かな寂寥感がしみじみと伝わってきます。
刈鎌に指のあたたき光かな
季語: 稲刈鎌 (autumn)
【現代語訳】稲刈鎌を握る指先が、秋の日差しを受けてあたたかな光を帯びていることだ。 【鑑賞】冷たく鋭利な刈鎌の鉄刃と、それを握る人間の「指のあたたかさ」の対比が美しい名句です。秋晴れの柔らかな光に包まれながら黙々と稲を刈り進める人の体温や、生命力そのものの尊さが鮮やかに描かれています。
稲熱田のほのぼの赤き日暮かな
季語: 稲熱田 (autumn)
【現代語訳】いもち病にかかった田が、夕暮れの光の中でほんのりと赤く浮かび上がっていることよ。 【鑑賞】病気で変色した稲の赤茶けた色と、沈みゆく夕日の淡い光が重なり合い、切なくも静謐な美しさを醸し出しています。「ほのぼの」という柔らかな表現が、かえってやるせない哀愁を際立たせています。
芋の秋一鍬ごとに土匂ふ
季語: 甘藷の秋 (autumn)
【現代語訳】芋の収穫の秋、鍬を一振り土に入れるたびに、掘り起こされた大地の豊かな匂いが立ち上ってくる。【鑑賞】芋掘りの現場における臨場感を、土の匂いという嗅覚を通して鮮やかに捉えた一句です。「一鍬ごとに」という表現から、土を耕し芋を掘り出すリズミカルな労働の心地よさと、大地の恵みへの素直な感動が伝わってきます。
鬱金咲くや日の照りながら時雨きし
季語: 鬱金の花 (autumn)
【現代語訳】鬱金の花が咲いているところに、日が差していながら秋の通り雨が降ってきた。\n【鑑賞】鬱金のひっそりとした佇まいに、晴れ間の通り雨という繊細な自然の移ろいが重なり、初秋の情緒と光の陰影が鮮やかに描かれています。
末枯の野に出て日ある惜しさかな
季語: 末枯野 (autumn)
【現代語訳】草木が枯れゆく野原へ出てみると、まだわずかに残っている日差しのぬくもりが、いかにも名残惜しく感じられることだ。 【鑑賞】衰えゆく自然の中に身を置くことで、急速に傾いていく晩秋の陽光のありがたみと、失われゆく時間への愛惜の情が率直に詠み込まれています。