1889年 - 1961年

吉岡禅寺洞

よしおかぜんじどう

作風・特徴

作風の解説はまだ登録されていません。

生涯・略歴

吉岡 禅寺洞(よしおか ぜんじどう、1889年(明治22年)7月2日 - 1961年(昭和36年)3月17日)は、俳人。本名・善次郎。

代表句 (15件)

金刀比羅の祭近づく国中か
季語: 金刀比羅祭 (autumn)
【現代語訳】讃岐の国全体が、今まさに金刀比羅祭の熱気と興奮に包まれ、その到来をそわそわと待ちわびているかのようだ。 【鑑賞】祭りの当日だけでなく、その直前の静かな熱気を帯びた地域の様子を「国中か」と大きく捉えた一句。讃岐の人々にとって金刀比羅祭がいかに特別で、生活の大きな節目であるかがよく伝わってきます。
高麗鴉己が影追ふて田を走る
季語: 高麗鴉 (autumn)
【現代語訳】高麗鴉が、地面に映る自分自身の影を追いかけるようにして、刈り入れの終わった田の上をせわしなく走っている。【鑑賞】高麗鴉の地上での俊敏かつ愛嬌のある動きを見事に捉えた名作です。秋の澄んだ日差しによって地面に濃く落ちた自らの影と戯れるような様子に、秋ののどかな時間が流れています。
銀兎跳ぶ夜や一管の笛の冴え
季語: 銀兎 (autumn)
【現代語訳】月(銀兎)が夜空を跳ねるように美しく輝く夜、どこからか聞こえてくる一本の笛の音が、冷たく冴えわたって響き渡っていることよ。 【鑑賞】月を「銀兎が跳ぶ」と表現したことで、静まり返った秋の夜空に躍動感と神秘的な美しさが生まれています。そこに響く「一管の笛」の音色は、月光の冷たさと共鳴し、五感を研ぎ澄まされるような鋭い芸術的空間を作り出しています。
豨薟をむしりて過ぐる野径かな
季語: 気連草 (autumn)
【現代語訳】道端の気連草(めなもみ)を、何気なく手でむしり取りながら、野原の小道を通り過ぎていくことだ。【鑑賞】道端に生い茂るめなもみの、身近で親しみやすい存在感を詠んでいます。衣服にくっつく性質を意識しながら、散策の途中で手持ち無沙汰に草をむしるという、人間の何気ない動作に漂う旅情や生活感を捉えた名句です。
初蛙どこかで水が動きだす
季語: 初蛙 (spring)
【現代語訳】どこかで今年初めての蛙が鳴いた。それを合図にするかのように、凍てついていた水が生き生きと流れ始めたように感じられる。【鑑賞】蛙の声という聴覚的な刺激から、水が動き出すというダイナミックな春の訪れを捉えた、モダニズムあふれる新鮮な一句です。
うなぎ焼く煙の上の青嵐
季語: 土用丑の日の鰻 (summer)
【現代語訳】鰻を焼く香ばしい煙が立ち上り、そのはるか上空を、夏の力強い風(青嵐)が激しく吹き抜けていく。【鑑賞】地上で繰り広げられる「鰻を焼く煙と匂い」という極めて庶民的で身近な営みと、大空を吹き渡る「青嵐」という自然のダイナミックな動きを対比させた、非常にスケールの大きな一句です。生活の熱気と爽快な夏の風が心地よく融合しています。
宇佐放生会をとめの髪の黒きこと
季語: 宇佐放生会 (autumn)
【現代語訳】宇佐放生会の神事において、奉仕する乙女の黒髪のなんと艶やかで美しいことだろうか。 【鑑賞】厳粛な神事の中で、白装束や巫女装束に映える若い女性の濡れたような黒髪に視点を据えた句です。秋の澄んだ空気感とともに、古代から連綿と続く神道の清らかさと若々しい生命の輝きが見事に捉えられています。
宇佐放生会蜷の川にも日は落ちて
季語: 宇佐放生会 (autumn)
【現代語訳】宇佐放生会で蜷貝が放たれた川にも、静かに秋の夕日が沈んでいく。 【鑑賞】放生神事が行われる寄藻川の夕景を描いた句です。放たれた小さな蜷(にな)の命を包み込むように日が傾く光景には、命の儚さとそれを包み込む大自然の静寂が感じられ、鎮魂の祭りにふさわしい深い余韻を残します。
宇佐祭幣振る風のゆかしさに
季語: 宇佐祭 (autumn)
【現代語訳】宇佐祭で神職が幣を振るその時、吹き抜ける秋風に古代からの奥ゆかしい風情が感じられる。【鑑賞】神事の瞬間の風の動きに心を寄せた繊細な句です。「ゆかしさ」という情意の言葉が、八幡信仰発祥の地である宇佐の古い歴史と、清らかな秋風の気配を見事に調和させています。
瑞饋祭芋の匂ひの神輿かな
季語: 瑞饋祭 (autumn)
【現代語訳】瑞饋祭の神輿がやってきたが、青々とした芋の茎の匂いが立ちのぼる神輿であることよ。 【鑑賞】瑞饋(里芋の茎)で屋根を葺いた神輿の独特な存在感を、「芋の匂ひ」という嗅覚を通して鮮やかに捉えた一句です。秋の収穫の生々しい息吹と、素朴な信仰心が直感的に伝わってきます。
太宰府の神幸待つや秋の風
季語: 太宰府天満宮祭 (autumn)
【現代語訳】太宰府天満宮の神幸行列が通り過ぎるのを待っていると、心地よくもどこか寂しげな秋の風が吹き抜けていく。 【鑑賞】地元福岡を拠点とした俳人による句です。神幸祭の行列を静かに待つ時間の中に、太宰府の歴史と秋の訪れを肌で感じる風の感触が生き生きと描かれています。
爆竹を鳴らしつくして中国盆
季語: 中国盆 (autumn)
【現代語訳】激しく鳴り響いていた爆竹をすべて鳴らし終えて、中国盆の熱気あふれる夜が更けてゆく。 【鑑賞】長崎をはじめ九州の風物と深く結びついた吉岡禅寺洞の句です。魔を祓い霊を送るためにけたたましく鳴らされ続けた爆竹が止み、一瞬の静寂と白煙が寺を包み込むような祭りのクライマックスを描いています。動から静への劇的な転換が、盆の哀愁と異国情緒を同時に際立たせています。
朝鮮鴉鳴くや筑紫の秋深し
季語: 朝鮮鴉 (autumn)
【現代語訳】朝鮮鴉の鳴く声が響き渡り、ここ筑紫の平野にもいよいよ秋の深まりが感じられることだ。 【鑑賞】地元福岡を拠点に活躍した禅寺洞による、郷土の風土感が凝縮された一句です。「朝鮮鴉」という九州北部ならではの季語を用いることで、広大な筑紫平野の乾いた大気と、晩秋の静けさをしみじみと伝えています。
放生会の生姜を提げて帰りけり
季語: 筥崎放生会 (autumn)
【現代語訳】筥崎宮の放生会詣でをすませ、名物の青々とした葉生姜を手に提げて家路についたことだ。 【鑑賞】福岡で活躍した禅寺洞による、生活感と祭りの情緒が美しく調和した一句です。筥崎放生会の露店で売られる葉生姜は「食べると風邪を引かない」とされる縁起物。秋の気配が漂い始めた夜風の中、生姜の爽やかな匂いを提げて歩く博多の人々の温かな日常が生き生きと伝わってきます。
筥崎の放生会道や新生姜
季語: 筥崎祭 (autumn)
【現代語訳】筥崎宮の放生会へと続く参道の露店には、名物の瑞々しい新生姜が並んでいることよ。 【鑑賞】作者の吉岡禅寺洞は福岡出身・在住の俳人です。放生会の名物である葉付きの新生姜が並ぶ参道の賑わいと、秋の訪れを五感で素直に捉えた代表的な句です。ぴりりとした生姜の風味と初秋の爽やかさが生き生きと重なります。