東京・深川で芭蕉の足跡を歩く吟行コース|芭蕉庵跡から『おくのほそ道』出発地・採荼庵跡へ
はじめての俳句サポーター 凛
執筆者

古池や蛙飛びこむ水の音 松尾芭蕉
日本でいちばん知られているこの句は、東京の深川で生まれたとされています。芭蕉は、隅田川のほとりの小さな庵に住み、ここで句を作り、ここから『おくのほそ道』の旅に出ました。
深川の芭蕉ゆかりの場所は、地下鉄の駅から歩いて回れます。道はおおむね平らで、石段もほとんどありません。泊まりがけの旅はまだ少し不安、という方の「はじめての吟行」にも歩きやすい町です。
ビルや高速道路のあいだを歩いていても、隅田川のほとりへ出ると、ふっと視界が開けて空が大きく感じられます。目の前を流れる水や川風に気づくと、東京の町なかにいながら、「水の町・深川」を歩いていることが実感できます。川の広さや風の匂いは、きっと芭蕉が暮らしていたころも変わらなかったはずです。
この記事では、芭蕉が暮らした場所から、旅に出発した場所までを歩く半日コースと、町なかで句を作るヒントをご紹介します。
この記事でわかること
- 芭蕉が深川に住んだ経緯と、「古池や」が詠まれた場所
- 芭蕉記念館・展望庭園・芭蕉稲荷神社・萬年橋・清澄庭園・採荼庵跡・芭蕉俳句の散歩道の7か所
- 森下駅から清澄白河駅まで、平らな道を歩く半日コースと短縮コース
- 町なかで句を作る4つのヒント
吟行がはじめての方は、先に「初心者でも楽しめる『吟行』入門ガイド」をお読みいただくと、持ち物や歩き方のコツが分かります。
1. 芭蕉はなぜ深川に住んだのか
松尾芭蕉が、にぎやかな日本橋から深川へ移り住んだのは、延宝8年(1680年)のこととされています。庵の土地は、門人の杉山杉風(すぎやま さんぷう)のものでした。
当時の深川は、隅田川をわたった先にある、比較的静かな土地だったとされています。日本橋で俳諧の宗匠として多くの門人をかかえていた芭蕉が、あえて川むこうの草庵へ身を移したのは、静かな暮らしのなかで句作に向き合いたかったからだといわれています。
門人から贈られた芭蕉の株が庭でよく茂ったことから、庵はやがて「芭蕉庵」と呼ばれるようになりました。そして、庵の名がいつしか本人の名にもなり、芭蕉は「芭蕉」を号として名のるようになったと伝えられています。
深川を拠点にした芭蕉は、句作だけでなく各地への旅にも出ました。『野ざらし紀行』をはじめ、元禄2年(1689年)には『おくのほそ道』の旅へ。元禄7年(1694年)に旅先の大坂で亡くなるまで、旅と俳諧を重ねていきました。
日本橋で俳諧の宗匠として暮らしていた人が、川むこうの草庵へ移った。芭蕉の俳諧が大きく深まっていく時期と、この深川での暮らしは重なっています。
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2. 深川の芭蕉ゆかりの地7か所 ― 芭蕉記念館から採荼庵跡まで
① 江東区芭蕉記念館
都営地下鉄の森下駅から歩いて7分ほど。まずは江東区芭蕉記念館で、芭蕉と深川のかかわりを知るところから始めましょう。
常設展示では、芭蕉の生涯や深川の芭蕉庵、『おくのほそ道』の旅立ちなどが紹介されています。2階には、「芭蕉遺愛の石の蛙」と伝えられる石の蛙が展示されています。
この石の蛙は、大正6年(1917年)の台風による高潮のあと、現在の常盤一丁目付近から見つかったものです。これをきっかけに、大正10年(1921年)、当時の東京府がその場所を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。
庭園には、芭蕉の句に詠まれた草木が植えられています。築山には芭蕉庵を模したほこらと芭蕉像があり、園内には3基の句碑もあります。
記念館には、句会に利用できる部屋もあります(要予約)。午前中に深川を歩き、午後から仲間と句会を開く、という一日の過ごし方もできます。
展示を見てから町へ出ると、「ただの川」「ただの橋」に見えていた景色にも、芭蕉とのつながりが見えてきます。最初に立ち寄っておきたい場所です。
② 芭蕉庵史跡展望庭園(①から徒歩約5分)
芭蕉記念館から隅田川沿いへ出ると、記念館の分館があり、その屋上に芭蕉庵史跡展望庭園があります。
隅田川と小名木川(おなぎがわ)が合わさる場所にあり、水面と橋を見渡せる、気持ちのよい場所です。庭園には芭蕉庵を描いたレリーフと、川を眺める芭蕉像があります。
この芭蕉像は、閉園後に隅田川の方向へ向きを変える仕掛けになっています。そのため、庭園の中から回転する瞬間を間近で見ることはできません。ただし、夜にはライトアップされるので、隅田川沿いの遊歩道から、昼間とは違う姿の芭蕉像を見ることができます。
町の音が聞こえる一方で、目の前には川が流れています。句を急いで考えず、まずは川風や水の動きをしばらく眺めてみるのもおすすめです。
③ 芭蕉稲荷神社 ― 芭蕉庵の跡(②から徒歩約2分)
展望庭園のすぐ近く、町なかにある小さなお稲荷さんが芭蕉稲荷神社です。このあたりに、芭蕉が暮らした芭蕉庵があったとされています。
大正6年(1917年)に「芭蕉遺愛の石の蛙」と伝えられる石が見つかったことをきっかけに、地元の人々によってまつられました。境内には芭蕉庵跡の碑や芭蕉の句碑があり、東京都の旧跡にも指定されています。
古池や蛙飛びこむ水の音
貞享3年(1686年)の春、深川の芭蕉庵では、蛙を題にした句合(蛙合〈かわずあわせ〉と呼ばれる句の競い合い)が開かれ、この句が披露されたとされています。
実際に訪れてみると、「ここが、あの『古池や』につながる場所なのか」と思うほど、こぢんまりとしています。けれども、その小ささに触れると、芭蕉が暮らしていた草庵もまた、華やかな場所ではなかったことが想像できます。
名句が生まれた場所だからといって、必ずしも特別な景色が必要なわけではない。そんなことにも気づかせてくれる場所です。
④ 萬年橋と、新大橋の句(③から徒歩約3分)
芭蕉稲荷神社から小名木川をわたる橋が、萬年橋(まんねんばし)です。橋の上から川の向こうを眺めると、隅田川にかかる清洲橋も目に入ります。
芭蕉が深川に住んでいたころ、近くの隅田川には新大橋がかけられました。元禄6年(1693年)のことです。芭蕉は、橋の工事中と完成後に、それぞれ句を詠んでいます。
初雪やかけかかりたる橋の上
ありがたやいただいて踏む橋の霜
それまで舟でわたっていた川に、新しい橋ができる。「ありがたや」「いただいて踏む」という言葉からは、橋を渡れるようになった喜びが伝わってきます。
芭蕉が見ていたのは、名所ばかりではありません。橋の工事という、その日の暮らしのなかの出来事も句になりました。
吟行で「何か俳句らしいものを見つけなくては」と構えたとき、この二句を思い出してみてください。目の前で起きている、ごく普通のことにも句の種があります。
⑤ 清澄庭園(④から徒歩約7分)
萬年橋から南へ歩くと、都立の清澄庭園があります。
大きな池を中心に歩いてめぐる庭園で、深川の町歩きの途中に少し腰を落ち着けるのにも向いています。園内にはベンチが多く、お手洗いもあるので、コースのなかほどで休憩するのにちょうどよい場所です。町なかの川とはまた違う、静かな水面や松、鳥の声などに目を向けてみましょう。
園内には、
古池や蛙飛びこむ水の音
の句碑があります。もともとは芭蕉庵跡に建てる予定だったものが、敷地がせまかったため、この庭園に置かれたとされています。
芭蕉稲荷神社で「古池や」が生まれたとされる場所を訪ねたあとに、この句碑を見ると、同じ一句でも少し違って感じられるかもしれません。
立ち止まれる場所では、句帳を開いて、それまでの道で気になった言葉だけでも書き留めておくと、後から一句にまとめやすくなります。
⑥ 採荼庵跡 ― 『おくのほそ道』の出発点(⑤から徒歩約5分)
清澄庭園からさらに南へ歩き、仙台堀川(せんだいぼりがわ)にかかる海辺橋(うみべばし)のたもとへ向かうと、採荼庵(さいとあん)の跡があります(「採茶庵」と書かれることもあります)。
採荼庵は、門人・杉山杉風の別荘だったとされています。
元禄2年(1689年)の春、芭蕉は長年住んだ芭蕉庵を人にゆずり、いったんこのあたりに身を寄せてから、『おくのほそ道』の旅へ出発しました。
庵をゆずるときの句が、『おくのほそ道』の冒頭に置かれています。
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
自分が暮らした草庵にも新しい住人がやってきて、これからは雛人形を飾るような家になるのだろう――旅立ちの前に、それまでの暮らしを振り返るような一句です。
海辺橋のたもとには、旅姿の芭蕉像があります。笠と杖を手にした姿を見ると、芭蕉がこれから長い旅へ向かおうとしている場面が、ぐっと身近に感じられます。像のそばで写真を撮る人の姿もよく見かけます。吟行の記念に、ぜひどうぞ。
なお、採荼庵があった正確な位置は分かっておらず、現在の海辺橋に近いあたりにあったとされています。
⑦ 芭蕉俳句の散歩道(⑥からすぐ)
採荼庵跡から仙台堀川沿いの遊歩道へ進むと、「芭蕉俳句の散歩道」が続いています。
海辺橋から清澄橋までの間には、『おくのほそ道』の代表的な句を記した高札が、旅の順番に沿って並んでいます。
深川を出発して、山寺、最上川、象潟、そして大垣へ。
川沿いを歩きながら高札を一つずつ見ていくと、芭蕉の長い旅を少しずつ追体験することができます。
ここまで、芭蕉が「暮らした場所」から歩いてきたからこそ、「ここから、あの旅が始まったのだ」という実感も生まれてきます。
3. 森下駅から清澄白河駅へ ― 深川の吟行モデルコース(半日・シニア向け)
深川の町歩きは、全体として高低差が少なく、5本の吟行コースのなかでも歩きやすいコースです。
すべてを急いで回るより、川辺や庭園で少し立ち止まる時間を含めて予定を組むと、吟行らしい歩き方ができます。
半日コース:芭蕉の住まいから、旅立ちの地へ
- 所要時間の目安:3時間〜3時間半(記念館と清澄庭園の見学を含む)
- 歩く距離:約2.5km
- 道の特徴:おおむね平らです。芭蕉庵史跡展望庭園は分館の屋上にあり、階段を上がります
- お手洗い:芭蕉記念館、清澄庭園にあります
- 休憩できる場所:芭蕉記念館、清澄庭園、清澄白河駅周辺の喫茶店など
- ポイント:芭蕉が「住んだ場所」から「旅立った場所」へ、順に歩いていくコースです
途中で句が浮かばなくても問題ありません。気になった景色や音を、単語だけでも句帳へ残しながら歩いてみてください。
短縮コース:芭蕉庵のまわりだけ
- 所要時間の目安:1時間半〜2時間
- こんな方に:長時間歩くことに不安のある方、午後から句会の予定がある方
「全部見なくては」と思わず、芭蕉庵の周辺だけ歩くのも立派な吟行です。体調や天候に合わせて選びましょう。
どちらのコースにも共通する注意
- 車の通りの多い道があります。 清澄通りなどの大きな通りをわたるときは、信号のある横断歩道を使ってください
- 川沿いは風が強い日があります。 冬は思ったより冷えることがあるため、防寒をして歩きましょう。帽子が飛ばされないようにもご注意ください
- 夏の日中は、日かげが少ない区間があります。 朝のうちに歩き始め、暑い時間帯は記念館や庭園で過ごすのがおすすめです
- 下町の住宅地を通ります。 立ち止まって句を考えるときは、家の前や道のまんなかを避けましょう
4. 町なかで句を作るヒント
「東京のまんなかで、句なんて作れるだろうか」と思うかもしれません。けれども芭蕉は、橋の工事を見て句を作った人です。町には、町だからこそ見つかる句があります。
ヒント1:水を見る
深川は、川と堀の町です。隅田川、小名木川、仙台堀川。水の色、流れの速さ、船、水鳥、橋の影。迷ったら、まず水を眺めてみてください。
数分立っているだけでも、水面の光や風の強さは少しずつ変わります。芭蕉が暮らしていたころから町の姿は大きく変わっても、深川が「水のある町」であることは、歩いてみると体で感じられます。
ヒント2:音を聞く
「古池や」は、音をきっかけに生まれた句です。
町なかでは、車の音や人の声にまぎれて、小さな音を聞き落としがちです。川辺や庭園で少し立ち止まり、目を使うのを休んでみてください。水の音、鳥の声、船のエンジン、風に揺れる葉、人の足音。
「あ、今の音が気になった」と思った瞬間が、句の入口になることがあります。
ヒント3:古いものと新しいものを、並べてみる
小さなお稲荷さんの向こうには、マンションや現代の建物が見えます。芭蕉像の背景にも、今の東京の景色が広がっています。
深川では、芭蕉の時代をしのばせるものと、現代の暮らしがすぐ隣にあります。「景色に合わない」と避けるのではなく、その違いをそのまま一句の中へ入れてみるのも方法です。
ヒント4:暮らしの出来事を詠む
「ありがたやいただいて踏む橋の霜」は、新しい橋ができたという暮らしの変化を詠んだ句です。
吟行だからといって、風流なものばかり探す必要はありません。信号待ちをしたこと。喫茶店で温かいものを飲んだこと。道を尋ねたこと。風で帽子を押さえたこと。その日、自分が実際に経験したことを残すだけでも、一句の材料になります。
季節ごとの深川
- 春:川辺の桜、柳の芽、うららかな水
- 夏:川風、夕涼み、祭り
- 秋:澄んだ空と川、庭園の松、渡り鳥
- 冬:橋の霜、水鳥、冬晴れの遠い景色
作例
信号を待つ間も川の秋の風 (編集部作例)
縁側の像のとなりの小春かな (編集部作例)
上手に作ろうとするよりも、「自分は何を見たのか」を一つ残してみましょう。句帳に書いた小さなメモが、帰宅してから一句になることもあります。
5. 芭蕉記念館・展望庭園・清澄庭園の施設情報とアクセス
江東区芭蕉記念館
- 所在地:東京都江東区常盤1丁目
- 開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
- 休館日:第2・第4月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
- 観覧料:大人200円/小中学生50円
芭蕉庵史跡展望庭園(芭蕉記念館 分館)
- 所在地:東京都江東区常盤1丁目
- 開園時間:9:15〜17:00(4月〜10月)、9:15〜16:30(11月〜3月)
- 休園日:第2・第4月曜日(祝日の場合は翌日)
- 入園料:無料
清澄庭園
- 所在地:東京都江東区清澄
- 開園時間:9:00〜17:00(最終入園16:30)
- 休園日:年末年始(12月29日〜1月1日)
- 入園料:一般150円/65歳以上70円/小学生以下無料
芭蕉稲荷神社・採荼庵跡・芭蕉俳句の散歩道
いずれも屋外にある史跡・散歩道です。常時見学できます。住宅地に近いため、見学するときは近隣への配慮を忘れないようにしましょう。
※2026年9月時点の情報です。おでかけ前に公式サイトで最新情報をご確認ください。
アクセス
- 行き:都営地下鉄新宿線・大江戸線「森下駅」A1出口から、芭蕉記念館まで徒歩約7分
- 帰り:採荼庵跡・芭蕉俳句の散歩道から、東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄大江戸線「清澄白河駅」A3出口まで徒歩約5分
6. 深川から、旅のつづきへ
芭蕉は採荼庵を出たあと、舟で隅田川をさかのぼって千住へ向かいました。そこから歩き始めた『おくのほそ道』の旅は、およそ5か月。東北から北陸をめぐり、美濃の大垣へと続いていきます。
深川を歩くと、「この先、芭蕉は何を見たのだろう」と、旅のつづきにも興味がわいてきます。
旅のなかほどで芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ山形の山寺については、近日公開予定の記事でご紹介します。
『おくのほそ道』ゆかりの地は東北各地に点在し、個人ですべてをめぐろうとすると移動や宿の手配が必要です。遠方の土地も訪ねてみたい方は、添乗員が同行する東北方面のツアーを利用する方法もあります。
旅程をまかせられれば、現地では景色を見ること、歩くこと、そして句を作ることに時間を使えます。
よくある質問
「古池や蛙飛びこむ水の音」の古池は、どこにあったのですか
深川の芭蕉庵で詠まれたとされ、庵があったあたりには現在、芭蕉稲荷神社がまつられています。
大正6年(1917年)に近くから「芭蕉遺愛の石の蛙」と伝えられるものが出土し、大正10年(1921年)に当時の東京府がこの地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。
深川の芭蕉ゆかりの地は、どれくらいで回れますか
森下駅から清澄白河駅まで、芭蕉記念館と清澄庭園の見学を含めて3時間〜3時間半が目安です。歩く距離は約2.5kmで、町歩きの区間はおおむね平らです。
芭蕉庵のまわりだけを歩く短縮コースなら、1時間半〜2時間ほどを目安にできます。
「採荼庵」はなんと読みますか。「採茶庵」とは違うのですか
「さいとあん」と読みます。
「荼」はくさかんむりに「余」で、「茶」とは別の字です。芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出発する前に身を寄せた、門人・杉山杉風の別荘とされています。
展望庭園の芭蕉像が回るのは何時ですか
芭蕉庵史跡展望庭園の閉園後に、隅田川の方向へ向きを変える仕掛けになっています。庭園の開園時間は9:15〜17:00(11月〜3月は16:30まで)のため、回転する瞬間を庭園の中から間近で見ることはできません。
夜はライトアップされ、隅田川沿いの遊歩道から見ることができます。
7. まとめ
深川には、山寺のような絶景も、松山のような温泉もありません。あるのは、川と、橋と、小さなお稲荷さんと、旅姿の芭蕉像です。
けれども、芭蕉はここに住んで、川を見て、橋ができるのを喜び、蛙の音を聞いて、句を作りました。特別な場所に行かなくても、句は生まれる。深川は、そのことを教えてくれる町です。そして、もっと遠くへ旅に出てみたくなったときには、ここが『おくのほそ道』へつながる出発点でもあります。
まずは一句作ろうと力まずに、気になった風景や音を一つだけ句帳へ書いてみてください。芭蕉の足跡をたどりながら自分の目で見つけたものが、その日の吟行でいちばん大切なお土産になるはずです。
吟行の持ち物や歩き方のコツは、「初心者でも楽しめる『吟行』入門ガイド」でご紹介しています。
詠んだ句を、誰かに読んでもらいませんか
吟行で生まれた句は、その日の風や光がそのまま入った一句です。
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- 写真と一緒に、気軽に句を投稿できます
- ほかの方の句を読んだり、感想を伝えあったりできます
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