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俳句の作り方吟行2026年10月6日

与謝蕪村が眠る京都・金福寺へ|芭蕉を慕って再興した芭蕉庵と、洛北一乗寺の吟行

はじめての俳句サポーター 凛

はじめての俳句サポーター 凛

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与謝蕪村が眠る京都・金福寺へ|芭蕉を慕って再興した芭蕉庵と、洛北一乗寺の吟行

菜の花や
月は東に日は西に

与謝蕪村

俳句をする人なら、一度は口にしたことがある一句ではないでしょうか。

この句を詠んだ 与謝蕪村 の墓があるのが、京都・洛北、一乗寺の金福寺(こんぷくじ)です。

金福寺は、皐月の築山と白砂の庭をもつ小さな禅寺。その本堂の裏手にある丘を上ると、蕪村が再興した「芭蕉庵」があり、さらにその先には蕪村の墓があります。

蕪村が生まれたのは、 松尾芭蕉 が亡くなってから約20年後。二人が会うことはありませんでした。それでも蕪村は、俳句を通して芭蕉を慕い続けました。

近くには詩仙堂もあり、二つの寺を結べば、洛北の静けさを味わう半日の吟行になります。ただし、芭蕉庵や蕪村の墓へ向かう境内奥には石段や山道があります。足腰に不安のある方は、庭と本堂だけをゆっくり味わうのも十分におすすめです。

この記事でわかること

✓ 与謝蕪村と金福寺のつながり、なぜここに芭蕉庵があるのか

✓ 蕪村の墓と芭蕉庵、庭の見どころと丘の上までの道のり

✓ 詩仙堂とあわせて歩く、洛北一乗寺のシニア向け半日コース

✓ 蕪村の句を手がかりにした句作のヒント

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1. 蕪村と芭蕉 ― 会ったことのない師

与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国に生まれたとされています。

20歳前後で江戸へ出て、俳人・早野巴人のもとで俳諧を学びました。師の死後は関東や東北地方などを長く旅し、35歳を過ぎてから京都へ移ります。やがて画家としても俳人としても評価を高め、中興期の俳壇を代表する存在となりました。

蕪村は画家でもありました。目の前の風景を、一枚の絵を描くように切り取る句が多いのも、その魅力です。京都国立博物館でも、蕪村は「画俳両道」の人物として紹介されています。

そして晩年の蕪村が強く心を寄せたのが、直接会ったことのない芭蕉でした。

蕪村にとって芭蕉は、昔の有名俳人というだけではありません。蕉風の俳諧をもう一度見つめ直そうとした蕪村にとって、句を通して向き合い続ける「師」のような存在だったのでしょう。

その思いが、実際の形となって残っている場所が金福寺です。

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2. 金福寺と芭蕉庵 ― なぜ、ここに芭蕉の庵があるのか

金福寺は、貞観6年(864年)に創建されたと伝えられる古刹です。一時荒廃したのち、江戸時代に鉄舟和尚によって再興され、現在は臨済宗南禅寺派の寺院となっています。

寺に伝わる由緒では、鉄舟和尚は芭蕉と親交があり、芭蕉が訪れた草庵で風雅について語り合ったことから、その庵が「芭蕉庵」と呼ばれるようになったとされています。

しかし、その芭蕉庵は時代とともに荒れていきました。それを惜しんだ蕪村が、門人たちとともに再興したとされています。

芭蕉と直接言葉を交わすことのできなかった蕪村は、芭蕉が訪れたと伝わる草庵を、自分たちの手でよみがえらせました。建物を直すというより、そこに残る芭蕉の精神をもう一度迎え入れようとした――そう考えると、蕪村にとって芭蕉庵の再興そのものが、「会ったことのない師に会いに行く」行為だったようにも思えます。

再興に際して詠んだとされる一句があります。

耳目肺腸ここに玉巻く芭蕉庵

与謝蕪村

「耳目肺腸」は、耳や目だけでなく心身すべてを表す言葉です。芭蕉庵に自らの思いを注ぎ込んだ、蕪村の強い敬慕が伝わってきます。この句は正岡子規の『俳人蕪村』にも収録されています。

3. 金福寺で見ておきたい場所

① 枯山水の庭と皐月の築山

白砂と皐月の築山が広がる京都・金福寺の庭園
白砂と皐月の築山が美しい金福寺の庭園

山門を入り本堂へ進むと、白砂と皐月の築山からなる簡素な枯山水の庭があります。

京都の大寺院のような広大な庭ではありません。だからこそ、一つの石、一筋の砂紋、皐月が落とす影まで目に入りやすい庭です。

本堂から庭を眺めたら、すぐに次へ進まず、しばらく景色を見てみてください。

秋には紅葉でも知られ、三段の生け垣の向こうには、芭蕉庵の茅葺き屋根を望むことができます。

② 芭蕉庵

与謝蕪村が再興した京都・金福寺の芭蕉庵
与謝蕪村が再興したとされる金福寺の芭蕉庵

本堂の裏手から丘へ進むと、木々の間に小さな茅葺きの芭蕉庵が現れます。

華やかな建物ではありません。けれども、「芭蕉を慕った蕪村が、この庵を再興した」と知ってから目の前に立つと、その小ささがかえって心に残ります。

芭蕉庵のある高台からは、京都の市街を見渡すことができます。蕪村も画家でしたから、句を探す前に、まず一枚の絵を見るつもりで景色を眺めてみるのもよいでしょう。

金福寺の高台から望む京都市街の風景
金福寺の高台から望む京都市街

③ 蕪村の墓

芭蕉庵からさらに丘を上ったところに、蕪村の墓があります。

金福寺の背後の丘には、蕪村をはじめとした近世の俳人の墓や句碑が残っています。

ここでは墓の写真を撮ることよりも、一度足を止めてみてください。会ったことのない芭蕉を慕い、芭蕉庵をよみがえらせた蕪村が、いまもそのすぐ近くに眠っています。

その距離の近さを、自分の足で歩いて確かめられることこそ、金福寺を訪ねる意味の一つではないでしょうか。

なお、境内奥には石段が多く、道幅の狭い山道もあります。足もとに不安がある方は無理をせず、本堂と庭から芭蕉庵を眺めるコースを選びましょう。

④ 詩仙堂(丈山寺)

苔に囲まれた京都・一乗寺の詩仙堂の蹲と竹筒から流れる水
苔に囲まれた詩仙堂の蹲。水音も吟行の題材になります

金福寺からあわせて訪れたいのが、同じ一乗寺にある詩仙堂です。

江戸初期の文人・石川丈山が寛永18年(1641年)に造営し、隠棲した山荘を起源とする寺で、中国の詩人36人の肖像を掲げた「詩仙の間」や、庭に響く鹿おどしで知られています。

俳人の寺ではありません。それでも、「言葉や絵を愛した文人が、どのような場所を住まいに選び、どんな庭を眺めていたのか」という視点で歩くと、金福寺とのつながりが見えてきます。

4. 一乗寺の吟行コース(シニア向け)

一乗寺は比叡山のふもとに広がる、ゆるやかな坂の町です。

叡山電鉄「一乗寺駅」から金福寺までは徒歩約15分。市バス「一乗寺下り松町」からなら約5〜7分です。金福寺のあとに詩仙堂へ向かえば、洛北の静かな半日吟行になります。

コースA|金福寺+詩仙堂

一乗寺駅または一乗寺下り松町
↓
金福寺(庭・芭蕉庵・蕪村の墓)
↓
詩仙堂
↓
一乗寺駅・バス停

所要時間:約3時間

坂・石段:あり

おすすめ:ゆっくり半日かけて洛北を歩きたい方

駅から寺まではゆるい上りです。金福寺の丘は短いものの勾配があり、詩仙堂の入口にも石段があります。体力のあるうちに金福寺の丘を歩き、そのあと詩仙堂へ向かう順がおすすめです。

コースB|金福寺だけをゆっくり

一乗寺駅
↓
金福寺(庭・本堂を中心に拝観)
↓
一乗寺駅

所要時間:約1時間半

おすすめ:膝や腰に不安のある方

芭蕉庵や墓まで無理に上らなくてもかまいません。金福寺の庭からは、生け垣越しに芭蕉庵の茅葺き屋根を眺めることができます。庭をゆっくり眺めながら一句考えるだけでも、この寺の静けさは十分味わえます。

どちらにも共通する注意

✓ 金福寺には休みがあるため、訪問前に最新の拝観情報をご確認ください

✓ 丘の道は天候によって滑りやすくなるため、すべりにくい靴がおすすめです

✓ 紅葉時期は来訪者が増えるため、静けさを求めるなら最盛期を少し外すのも一案です

✓ 体調や足腰に合わせて、無理をせず歩ける範囲で楽しみましょう

5. 金福寺で句を作るヒント

1 「慕う」を詠む

蕪村は、会ったことのない芭蕉を慕いました。あなたにも、直接会ったことはなくても、句を読んでいるうちに親しく感じる俳人はいないでしょうか。その人に一句を届けるつもりで、芭蕉庵の前に立ってみてください。

2 小さな庭を、長く見る

金福寺の庭は、大きな庭ではありません。だからこそ、10分ほど同じ場所を眺めてみます。白砂の線、皐月の影、風に動く葉、鳥の声。「たくさん探す」のではなく、「一つのものを長く見る」。それだけで、句の種が見つかることがあります。

3 上と下を詠む

芭蕉庵は丘の上にあり、その先へ進めば蕪村の墓があります。反対に振り返れば、町は下に広がります。「見上げる」「見おろす」という視線の動きを意識してみましょう。「菜の花や月は東に日は西に」の句も、東と西へ大きく視線が動きます。

4 絵を描くように詠む

蕪村は俳人であると同時に画家でした。句の中ですべてを説明する必要はありません。色を一つ。形を一つ。光を一つ。一枚の絵に置くように言葉を選んでみると、蕪村の句に少し近づけるかもしれません。

季節ごとの金福寺

春:皐月の芽、春の月

夏:皐月の花、青葉、蝉

秋:紅葉、秋の暮、澄んだ空

冬:枯野、時雨、底冷え

作例

編集部作例

芭蕉庵見おろす墓の紅葉かな

編集部作例

白砂の線の一本冬日向

白砂と緑の日本庭園を縁側から眺める吟行のイメージ
縁側から庭を眺め、ゆっくり一句を考える吟行のイメージ

6. 金福寺・詩仙堂の施設情報とアクセス

金福寺

所在地 京都府京都市左京区一乗寺才形町20
拝観時間 9:00〜17:00(受付16:30まで)
拝観料 一般500円/中高生300円/小学生無料
休み 水・木曜および季節休あり。時期によって開門する例外日があります
アクセス 叡山電鉄「一乗寺駅」から徒歩約15分/市バス「一乗寺下り松町」から徒歩約5〜7分
電話 075-791-1666

金福寺には公式サイトがありません。休みや拝観情報は変更される可能性があるため、訪問前に京都市・京都府の観光情報または寺へ電話で確認してください。

詩仙堂 丈山寺

所在地 京都府京都市左京区一乗寺門口町27
拝観時間 9:00〜17:00(受付終了16:45)
休み 5月23日
拝観料 大人700円/高校生500円/小中学生300円
公式サイト 詩仙堂 丈山寺 公式サイト
アクセス 叡山電鉄「一乗寺駅」から徒歩約15分/市バス「一乗寺下り松町」から徒歩約7分

※2026年10月確認。おでかけ前に公式サイトで最新情報をご確認ください。

京都駅方面からのアクセス

京都駅方面からは、市バスで「一乗寺下り松町」へ向かう方法があります。道路状況によって所要時間が変わるため、当日の交通情報を確認して出発するのがおすすめです。

7. 京都の俳人ゆかりの地を、二日でめぐる

金福寺がある一乗寺は洛北、落柿舎がある嵯峨野は洛西、哲学の道は東山。京都の俳人ゆかりの場所は、市内の一か所に集まっているわけではありません。

一日にすべて回ろうとせず、「一日一方角」くらいの予定がおすすめです。

そうすると、句を考えたり、庭を眺めたりするための「吟行らしい余白」が生まれます。

京都に泊まれば、朝のまだ静かな時間から寺を訪ねることもできます。個人で交通や宿泊をすべて組み立てるのが不安な方は、添乗員同行の京都旅行を利用し、自由時間に一乗寺へ足を延ばす方法もあります。

よくある質問

与謝蕪村の墓はどこにありますか

京都市左京区一乗寺の金福寺にあります。本堂の裏手の丘の上で、蕪村が再興した芭蕉庵のさらに上へ進んだ場所です。

金福寺に芭蕉庵があるのはなぜですか

寺を再興した鉄舟和尚が芭蕉と親しく、芭蕉がこの寺の草庵を訪ねて語り合ったことから「芭蕉庵」と呼ばれるようになったと伝えられています。荒れていた庵を、芭蕉を慕う蕪村が江戸時代の後半に再興したとされています。

金福寺は歩きやすいですか

本堂や庭を中心に楽しむことはできますが、芭蕉庵と蕪村の墓へ向かう境内奥には石段や山道があります。足腰に不安がある方は、無理をせず庭や本堂を中心に楽しむ方法もあります。

金福寺の拝観日を教えてください

拝観時間は9:00〜17:00(受付16:30まで)ですが、水・木曜のほか季節休があります。小さな寺で公式サイトがないため、おでかけ前に京都府・京都市の観光情報か、寺への電話(075-791-1666)で確認してください。

8. まとめ

蕪村は、芭蕉に会ったことがありません。それでも芭蕉を慕い、荒れていた芭蕉庵をよみがえらせ、いまはその近くの丘に眠っています。

金福寺を歩くと、「師を慕う」という気持ちは、同じ時代を生きた人だけに向けられるものではないのだと感じます。

あなたが句を作るとき、心のなかにいる俳人はだれでしょうか。その人の一句を思い浮かべながら庭を眺めてみてください。

うまく作ろうとしなくてもかまいません。金福寺で見つけた一つの色、一つの音、一つの光を五七五に置くだけで、その日の吟行は始まっています。

次の吟行へ出かける前に

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