高浜虚子ゆかりの鎌倉文学散歩|鎌倉虚子立子記念館・寿福寺と、由比ヶ浜を歩く吟行ガイド
はじめての俳句サポーター 凛
執筆者
波音の由比ケ浜より初電車
高浜虚子
元日、由比ヶ浜の波の音のするあたりから、初電車が走り出す。高浜虚子(たかはま きょし)が、鎌倉の暮らしのなかで詠んだ句です。
虚子は、正岡子規の弟子で、子規の没後は「ホトトギス」を率いて、近代俳句の中心に立った人です。その虚子が、明治43年(1910年)に移り住み、亡くなるまでのおよそ50年を暮らしたのが、鎌倉でした。墓も、鎌倉にあります。
鎌倉の文学散歩といえば鎌倉文学館ですが、大規模改修工事のため、2029年頃まで休館中です。虚子の資料も所蔵する文学館が使えない今だからこそ、虚子が歩いた町そのものを訪ねてみませんか。
この記事では、虚子と、その娘・星野立子をたどる鎌倉の歩き方をご紹介します。
📌 訪問前に必ずご確認ください
鎌倉虚子立子記念館は、水曜日・木曜日のみの開館で、事前の電話予約が必要です。
予約なしでは入れませんので、ご注意ください。
この記事でわかること
- 虚子と鎌倉のつながり、娘・星野立子のこと
- 鎌倉虚子立子記念館の予約の仕方と見どころ
- 寿福寺の、虚子と立子の墓(やぐら)への行き方
- 鎌倉駅から歩く、シニア向けのコースと所要時間
- 鎌倉文学館の休館について
今すぐ一句詠んでみましょう
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1. 虚子と鎌倉
高浜虚子は、明治7年(1874年)に愛媛県の松山に生まれました。本名は清(きよし)。中学生のころ、同郷の正岡子規と出会い、俳句を学びはじめます。「虚子」という俳号も、本名の「きよし」の音をもとに、子規がつけたとされています。
子規の没後、虚子は俳誌「ホトトギス」を引き継ぎ、「花鳥諷詠」「客観写生」を唱えて、近代俳句の道筋を作りました。「ホトトギス」からは山口誓子、水原秋桜子、高野素十ら多くの俳人が育ち、虚子のもとには常に新しい才能が集まりました。
昭和29年(1954年)には、俳人として初めて文化勲章を受章しています。
明治43年(1910年)、虚子は子どもたちの健康を考えて、東京から鎌倉へ移り住んだとされています。由比ヶ浜に近い一帯に居を構え、以後、戦時中の小諸への疎開をのぞいて、鎌倉を離れることはありませんでした。
海の音が聞こえ、季節の移ろいがはっきりと感じられるこの町が、虚子の句の背景になっていきます。
昭和34年(1959年)4月8日、虚子は鎌倉の自宅で亡くなりました。85歳でした。虚子の命日は「虚子忌」、また虚子が椿を好んだことから「椿寿忌(ちんじゅき)」と呼ばれ、春の季語になっています。
💡 虚子の松山時代については、「正岡子規の故郷・松山を歩く吟行ガイド」でも触れています。
娘・星野立子
星野立子(ほしの たつこ)は、虚子の次女です。明治36年(1903年)に生まれ、父のすすめで俳句を始めました。
「三十にして立つ」という故事にちなみ、虚子が30歳のときに生まれた子であることから「立子」と名付けられたとされています。
昭和5年(1930年)には女性だけで編集する俳誌「玉藻(たまも)」を創刊し、女性の俳人の先駆けのひとりとなりました。明るく、やわらかな句風で知られ、虚子も立子の句を高く評価したとされています。
立子は28歳のころに鎌倉に移り住み、疎開時をのぞいて終生を鎌倉で過ごしました。昭和59年(1984年)、81歳で亡くなっています。
2. 鎌倉で訪ねたい場所
① 鎌倉虚子立子記念館(二階堂)
鶴岡八幡宮の東、鎌倉宮の近くの二階堂に、鎌倉虚子立子記念館があります。虚子と立子の遺品や、句の短冊、書などを収めた施設で、立子の長女・星野椿氏とその長男・星野髙士氏が守ってきた記念館です。
平成13年(2001年)9月に開館しました。
開館は水曜日と木曜日だけで、完全予約制です。
訪問前に電話で予約してください。
公式サイトはありません。予約は電話で受けつけています。電話番号は、この記事後半の「施設情報」にまとめています。
館内には、四季にそくした虚子と立子の作品が展示されているほか、記念品の販売も行われています。
大きな施設とはちがい、ひとつひとつの展示品との距離が近く、親子が俳句に向き合った日々を身近に感じられる場所です。予約というひと手間はありますが、虚子と立子をたどる鎌倉吟行なら、ぜひ訪ねておきたい記念館です。
入館は、施設の維持のための協力費(寄付・500円)という形になっています。
② 寿福寺 ― 虚子と立子が眠るやぐら
鎌倉駅の西口から北へ歩いて10分ほど。源氏山を背にした扇ガ谷(おうぎがやつ)に、寿福寺(じゅふくじ)があります。
源頼朝の没後、北条政子の発願で、正治2年(1200年)に栄西を開山として建てられたとされる、鎌倉五山の第三位の寺です。
山門から中門へ続く石畳の参道は、鎌倉でもとくに美しい参道のひとつです。両側に高い木々が並び、季節ごとに表情を変える景色を楽しみながら歩いてください。
中門から内側は非公開で、正月やゴールデンウィークなどの特別な時期をのぞいて入ることはできません。
中門の手前を左に入ると、裏山の墓地があります。そこに、虚子と立子の墓があります。
虚子の墓は「やぐら」と呼ばれる、崖を横に掘った鎌倉独特の墓所のなかにあります。立子の墓も、その近くにあります。
同じ墓地には、作家の大佛次郎(おさらぎ じろう)の墓もあります。また、奥には北条政子と源実朝の墓とされるやぐらもあり、鎌倉の歴史が重なる場所です。
足もとにご注意ください。
墓地へは上り坂と石段があります。距離は長くありませんが、下りでは膝への負担も大きくなります。急がず、ゆっくり歩きましょう。
鎌倉を驚かしたる余寒あり
高浜虚子
大正3年(1914年)の句とされています。
春になったはずの鎌倉を、戻ってきた寒さが驚かせた。「鎌倉が驚く」という大きな言い方のなかに、町ぜんたいが身をすくめるような感じが出ています。
③ 由比ヶ浜
鎌倉駅から南へ歩いて15分ほどで、由比ヶ浜の海に出ます。虚子は、由比ヶ浜に近い一帯に住んでいたとされており、昭和34年にこの地で亡くなりました。
冒頭の「波音の由比ケ浜より初電車」の句のとおり、鎌倉では海の音と電車の音が日常の風景のなかにあります。
浜に出たら、目だけで景色を追わず、少し立ち止まって耳を澄ませてみてください。
波の音、電車の音、風の音。虚子が暮らした鎌倉を、音から感じてみるのも吟行の楽しみです。
鎌倉文学館について
鎌倉ゆかりの文学者の資料を展示する鎌倉文学館(長谷)は、大規模改修工事のため2023年4月から休館中です。再開館は2029年4月頃の予定です。
虚子の資料も所蔵していますが、この記事のコースには含めていません。再開後に、あらためて訪ねてみたい場所です。
3. 鎌倉のモデルコース(シニア向け)
コースA:水曜日・木曜日に、記念館も含めて
鎌倉駅東口
↓ バス約10分
鎌倉宮
↓ 徒歩約10分
① 鎌倉虚子立子記念館(要予約)
↓ バスで鎌倉駅へ
昼食
↓ 徒歩約10分
② 寿福寺・墓地
↓ 鎌倉駅へ
江ノ電 または 徒歩約15分
③ 由比ヶ浜
- 所要時間:5〜6時間(昼食を含む)
- 坂・石段:記念館へのゆるい上り、寿福寺墓地への石段
- 休憩:鎌倉駅周辺の飲食店・喫茶店
- おすすめ:午前に記念館、午後に寿福寺、夕方に由比ヶ浜
コースB:水曜・木曜以外に、寿福寺と由比ヶ浜
鎌倉駅西口
↓ 徒歩約10分
② 寿福寺・墓地
↓ 徒歩約10分
鎌倉駅
↓ 江ノ電 または 徒歩約15分
③ 由比ヶ浜
↓
鎌倉駅
- 所要時間:2時間半〜3時間
- こんな方に:水曜・木曜以外に訪れる方、歩く距離を短くしたい方
どちらにも共通する注意
- 休日や、紫陽花の6月、紅葉の11〜12月はたいへん混みます。静かに句を考えるなら、平日の午前中がおすすめです。
- 寿福寺の中門より奥は非公開です。墓地へは参拝として静かに訪ねましょう。
- 鎌倉駅周辺は、道がせまく、車と人が多い通りがあります。立ち止まるときは道の端へ。
- 寿福寺墓地からの下りでは、膝への負担に注意してゆっくり歩きましょう。
- お手洗いは、鎌倉駅とその周辺で済ませておくと安心です。
4. 鎌倉で句を作るヒント
ヒント1:「客観写生」を試す
虚子が唱えたのは、見たものを、自分の気持ちをまじえずに写す「客観写生」でした。「きれい」「さみしい」と書かずに、見たものだけを置いてみてください。石畳、杉、苔、波。気持ちは、書かなくても伝わります。
ヒント2:町ぜんたいを主語にする
「鎌倉を驚かしたる余寒あり」は、「鎌倉」という町ぜんたいが主語です。自分が寒いのではなく、町が寒さに驚いている。大きなものを主語にすると、句が広がります。
ヒント3:音を二つ重ねる
「波音」と「初電車」。鎌倉の海辺では、波の音と江ノ電の音を感じることができます。目で見る景色だけではなく、耳で拾ったものを二つ重ねてみてください。
ヒント4:墓の前では、季節だけを
墓所では、故人のことを直接詠むより、その日の季節をひとつだけ詠んでみてください。そのほうが、かえって故人を思う句になることがあります。
去年今年貫く棒の如きもの
高浜虚子
昭和25年(1950年)の暮れ、新年のラジオ放送のために作られたとされる句です。
去年と今年を、一本の棒のようなものが貫いている。何が棒なのかは言っていません。それでも、年が変わっても変わらずに続いていくものがある、という感覚が伝わってきます。
季節ごとの鎌倉
作例
石畳の杉の影踏む余寒かな
(編集部作例)
やぐらより戻れば海の光あり
(編集部作例)
5. 鎌倉虚子立子記念館・寿福寺の施設情報とアクセス
鎌倉虚子立子記念館
| 所在地 | 神奈川県鎌倉市二階堂231-1 |
|---|---|
| 開館日・時間 | 水曜日・木曜日 10:00〜15:00 完全予約制・事前の電話予約が必要 |
| 休館日 | 金曜〜火曜(祝日を含む) |
| 入館料 | 維持協力費500円(寄付) |
| 予約・問い合わせ | 0467-61-2688 |
| 公式サイト | なし(Facebookページあり) |
寿福寺
| 所在地 | 神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目 |
|---|---|
| 拝観 | 境内は自由参拝。中門の内側は非公開。墓地の参拝ができます |
| 休み | 年中無休 |
| 拝観料 | 無料 |
鎌倉文学館(休館中)
大規模改修工事のため、2023年4月から休館中です。再開館は2029年4月頃の予定です。
※2026年10月時点の情報です。おでかけ前に最新情報をご確認ください。
アクセス
-
鎌倉虚子立子記念館:
JR・江ノ電「鎌倉駅」東口から京急バス「鎌倉宮」行き(約10分)、終点「鎌倉宮」下車。瑞泉寺方向に徒歩約10分。車での来館はご遠慮ください。 -
寿福寺:
JR・江ノ電「鎌倉駅」西口から徒歩約10分。 -
由比ヶ浜:
鎌倉駅から徒歩約15分、または江ノ電「由比ヶ浜駅」下車。
6. 鎌倉から、虚子の足跡を広げる
虚子は、戦争中の昭和19年(1944年)から3年ほど、信州の小諸に疎開していました。小諸には虚子が暮らした家が残り、記念館があります。
また、兵庫県芦屋市には、虚子の資料を多く収めた虚子記念文学館があります。鎌倉とあわせて訪ねると、虚子の一生がつながって見えてきます。
鎌倉は首都圏から日帰りできますが、近くの箱根や湯河原の温泉に泊まって、2日目にもう一度、朝の鎌倉を歩くのもおすすめです。
個人で計画を立てるのが不安な方は、添乗員が同行するツアーを利用する方法もあります。
よくある質問
7. まとめ
鎌倉は、虚子の生活の町です。
近代俳句を率いた人が、毎日この町を歩き、海の音を聞き、寒さに身をすくめて、句を作りました。そして、娘とともに、この町の崖のやぐらに眠っています。
大きな文学館は、いまは休館中です。けれども、寿福寺の石畳と、由比ヶ浜の波の音は、いつでもそこにあります。
虚子のように、見たものだけを置いて、一句作ってみてください。
鎌倉の風は、あなたの句帳が開かれるのを待っています。
季節のいい日を選んで、ぜひ足を運んでみてください。
詠んだ句を、誰かに読んでもらいませんか
吟行で生まれた句は、その日の風や光がそのまま入った一句です。
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