松尾芭蕉『野ざらし紀行』熱田・桑名・伊賀を巡る歴史と名句の旅
俳句びと編集部
執筆者

貞享元年(1684年)の秋、41歳の松尾芭蕉は江戸・深川を出ました。
旅の名は『野ざらし紀行』。『おくのほそ道』の5年前、芭蕉がはじめて文学の旅に出たとされる旅です。
野ざらしを心に風のしむ身哉 松尾芭蕉
野ざらしになってしまう覚悟を胸に旅へ出ると、秋風がことさらに身にしみる――。そんな旅への覚悟が、この一句に表れています。
この旅の途中、芭蕉は名古屋で若い俳人たちと連句の会を開き、のちに「蕉風」と呼ばれる俳諧の方向を大きく変えていったとされています。
その足跡は、現在の名古屋・栄、熱田、そして桑名に残っています。
繁華街の真ん中にある碑から、かつて船が出入りした渡し場跡まで。340年ほど前の芭蕉の旅を思い浮かべながら歩くと、いつもの東海の町が少し違って見えてきます。
この記事でわかること
- 『野ざらし紀行』がどんな旅だったのか
- 名古屋・栄にある「蕉風発祥の地」碑
- 七里の渡しで結ばれた熱田と桑名
- 桑名で詠まれた「明ぼのや」の句
- 名古屋・熱田・桑名をめぐる吟行コース
吟行がはじめての方は、先に「初心者でも楽しめる「吟行」入門ガイド」をご覧ください。持ち物や歩き方の基本をまとめています。
1.『野ざらし紀行』とは
『野ざらし紀行』は、貞享元年(1684年)に芭蕉が江戸・深川を出て、故郷の伊賀、大和、美濃、尾張などをめぐった旅の紀行です。
同行した門人の千里とともに深川を出発し、東海道を上って伊賀上野へ向かったとされています。前年に亡くなった母の墓参りも、この旅の目的のひとつだったとされています。
その後、大和、吉野、美濃の大垣、尾張の名古屋や熱田などをめぐり、翌年に江戸へ戻ったとされています。
冒頭に置かれた「野ざらしを心に風のしむ身哉」の句から、『野ざらし紀行』と呼ばれています。
『おくのほそ道』で知られる芭蕉よりも、少し前の時期の旅です。
この旅で特に重要なのが名古屋です。名古屋では若い俳人たちとの交流が生まれ、後の「蕉風」につながる俳諧が生まれたとされています。
芭蕉の生まれた伊賀上野については「芭蕉の生誕地・伊賀上野を歩く」、江戸の出発地については「東京・深川で芭蕉の足跡を歩く」でも紹介しています。
今すぐ一句詠んでみましょう
※俳句交流SNS「俳句びと」なら、詠んだ句をそのまま投稿して全国の仲間と共有できます
2.名古屋・栄 ― 蕉風発祥の地
まず訪れたいのが、名古屋の中心部・栄にある「蕉風発祥の地」の碑です。
久屋大通公園の名古屋テレビ塔(中部電力 MIRAI TOWER)周辺にあり、現在の名古屋の繁華街から、芭蕉の時代へと思いを飛ばせる場所です。
貞享元年の冬、大垣から熱田を経て名古屋に入った芭蕉は、この地で名古屋の若い俳人たちと連句の会を開いたとされています。
そのとき芭蕉が詠んだ発句が、次の一句です。
狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 松尾芭蕉
木枯しに吹かれながら旅をする自分を、物語の主人公・竹斎になぞらえた句です。
竹斎は、当時よく知られていた物語の主人公で、京を追われて名古屋へやって来た、みすぼらしい医者として描かれています。
旅の途中の自分を、少しおどけた人物に重ねる。その軽やかさも、この句の面白さです。
この会の連句は、後に句集『冬の日』にまとめられたとされています。
ここで一句を作るなら
まず碑そのものだけでなく、周囲の音や人の流れにも目を向けてみましょう。
現代の繁華街と、340年ほど前に芭蕉たちが俳諧を楽しんでいた場所。その時間の差を感じるのも、この場所ならではの吟行です。
3.熱田 ― 宮の渡し公園
名古屋から南へ向かうと、熱田に着きます。
熱田は熱田神宮の門前町であり、東海道の宿場町・宮宿として栄えた場所です。
宮宿からは伊勢湾を船で渡り、桑名宿へ向かいました。その距離が七里(約27km)あったことから、「七里の渡し」と呼ばれています。
現在、渡し場の跡は「宮の渡し公園」として整備されています。
公園には船の目印となった常夜灯や、時を知らせた鐘楼などが残されています。
ここで大切なのは、熱田を『野ざらし紀行』の出発地と考えないことです。
『野ざらし紀行』の出発地は江戸・深川です。
熱田は芭蕉が旅の途中で立ち寄った場所として考えます。江戸・深川から始まった旅が、東海道を通ってこの地まで続いてきた、と考えると歩く楽しさが増します。
芭蕉はこの旅で熱田を訪れ、次の句を詠んだとされています。
海くれて鴨のこゑほのかに白し 松尾芭蕉
日が暮れていく海辺で聞こえる鴨の声。その「声」を「白い」と表現しています。
耳で聞いたものを、色として感じさせる一句です。
宮の渡し公園では、ぜひ海の方向を眺めてみてください。
今では道路や建物が広がっていますが、かつてここから船に乗り、桑名へ向かった旅人がいた。そのことを想像しながら歩くと、渡し場という場所の意味が少し身近になります。
熱田神宮にも立ち寄る
宮の渡し公園から北へ向かうと、熱田神宮があります。
境内には大きな木々が茂り、都市の中とは思えないほど静かな場所もあります。
『野ざらし紀行』の旅をたどるなら、渡し場だけでなく、熱田という町そのものを歩いてみるのもよいでしょう。
4.桑名 ― 七里の渡し跡と「明ぼのや」の句
熱田の対岸にあたるのが、三重県の桑名です。
七里の渡しの終点だった場所には、「伊勢国一の鳥居」と呼ばれる大鳥居があります。
ここから伊勢の国へ入るという目印で、現在も桑名を代表する歴史的な景観の一つです。
芭蕉は『野ざらし紀行』の旅で桑名を訪れ、浜辺で次の句を詠んだとされています。
明ぼのやしら魚しろきこと一寸 松尾芭蕉
夜が明け始めたころ、ほの明るい空気の中に白魚が白く見える。
一寸、つまり約3cmほどの白魚。その小さな魚の白さを、一句の中心に置いています。
「雪薄し」から「明ぼのや」へ
この句には、もともと「雪薄ししら魚しろきこと一寸」という形があったとされています。
雪の白さを背景に白魚を描くのではなく、「明ぼのや」という時間帯に置き換えることで、白魚の白さを際立たせたとされています。
吟行の句は、その場で完成させなくても大丈夫。
まず見たものをメモして、家に帰ってから「何を一番見せたいのか」を考えてみましょう。
背景を変えるだけで、同じ景色から別の一句が生まれることがあります。
桑名の渡し跡では、鳥居だけでなく、海の方向、川、水面、風、町の音などにも目を向けてみましょう。
なお、七里の渡し跡に芭蕉の句碑があるという情報については、確認できた観光情報では裏付けが取れていないため、この記事では句碑の場所を案内しません。
桑名の町も歩いてみる
渡し跡の周辺には、桑名城跡の九華公園や旧東海道の町並みがあります。
桑名といえば蛤も有名です。「その手は桑名の焼き蛤」という言葉を知っている方も多いでしょう。
歴史だけでなく、その土地の食や町の雰囲気まで含めて歩くと、吟行の材料も広がります。
5.『野ざらし紀行』の1日コース(シニア向け)
名古屋・熱田・桑名は現在では鉄道で結ばれています。
江戸時代の旅をそのまま再現することはできませんが、芭蕉の旅の流れを意識しながら、名古屋から熱田、桑名へと移動してみましょう。
コースA:名古屋・熱田・桑名
栄駅または久屋大通駅 → 蕉風発祥の地碑 → 熱田 → 宮の渡し公園 → 桑名駅 → 七里の渡し跡
- 所要時間の目安:6〜7時間
- 歩き方:目的地間の移動には電車やバスを組み合わせる
- 休憩:公園・駅周辺・神社周辺などでこまめに休む
- ポイント:熱田から桑名へは、かつて七里の渡しで海を渡ったことを意識する
特にシニアの吟行では、「全部歩く」ことを目標にしなくても大丈夫です。
句を考える時間を残すためにも、駅から遠い場所ではバスやタクシーを使い、目的地でゆっくり景色を見るほうが吟行を楽しみやすくなります。
コースB:名古屋と熱田だけ
栄 → 蕉風発祥の地碑 → 熱田神宮 → 宮の渡し公園
桑名まで足を伸ばすのが大変な場合は、名古屋と熱田だけを半日程度で歩く方法もあります。
冬の吟行は防寒を忘れずに。
『野ざらし紀行』の東海は冬の景色が印象的です。特に水辺では風を強く感じることがあります。句帳だけでなく、手袋やマフラーなども用意しておきましょう。
6.『野ざらし紀行』の東海で句を作るヒント
ヒント1:自分を何かにたとえてみる
「狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉」では、芭蕉自身を物語の人物になぞらえています。
吟行でも、自分を目の前のものに重ねてみると、句の発想が広がります。
渡り鳥、落ち葉、旅人など、「自分と少し似ているもの」を探してみましょう。
ヒント2:耳で聞いたものを別の感覚で表現する
「鴨のこゑほのかに白し」のように、聞こえた音を色や温度で表現してみる方法があります。
鐘の音を聞いたら「どんな色の音だろう」、波の音を聞いたら「冷たい音だろうか」と考えてみてください。
ヒント3:背景を変えてみる
「雪薄し」から「明ぼのや」へと表現を変えたとされる「白魚」の句のように、主役を引き立てる背景を探してみましょう。
同じ景色でも、時間帯や空、光の状態を変えて考えると、句の印象が変わります。
ヒント4:「渡る」を詠む
熱田と桑名は、かつて海で結ばれていました。
渡し場に立ったら、「向こう岸」を意識してみましょう。
いま見えている景色だけでなく、かつて船が行き来していた時間まで想像すると、句に奥行きが生まれます。
季節ごとの熱田・桑名
作例
常夜灯の向こうの海の冬霞 (編集部作例)
渡し跡の鳥居くぐれば冬の川 (編集部作例)
7.熱田神宮・七里の渡し跡の施設情報とアクセス
熱田神宮
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市熱田区 |
| 参拝 | 24時間参拝可能 |
| 料金 | 境内の参拝は無料 |
宮の渡し公園
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市熱田区内田町・神戸町 |
| 料金 | 無料 |
七里の渡し跡(桑名)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 三重県桑名市船馬町 |
| 料金 | 無料 |
蕉風発祥の地碑
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市中区錦3丁目・久屋大通公園周辺 |
| 料金 | 無料 |
※施設情報・アクセス情報は公開前に各施設・自治体等の公式情報をご確認ください。
アクセス
- 蕉風発祥の地碑:名古屋市営地下鉄「久屋大通駅」「栄駅」から徒歩約5分
- 熱田神宮:名鉄「神宮前駅」から徒歩約3分、地下鉄「熱田神宮西駅」「熱田神宮伝馬町駅」から徒歩約3分
- 宮の渡し公園:地下鉄「熱田神宮伝馬町駅」から徒歩約10分
- 七里の渡し跡:JR・近鉄「桑名駅」から徒歩約20分
8.芭蕉の旅を、つないで読む
『野ざらし紀行』は、芭蕉の旅を知るうえで大切な作品です。
この記事では、その中でも名古屋・熱田・桑名を取り上げました。
芭蕉の旅を一つずつつないで読むと、それぞれの土地で何を見て、何を感じ、どんな句を残したのかが見えてきます。
次の吟行先を探してみませんか?
よくある質問
『野ざらし紀行』は、どこから出発した旅ですか
江戸・深川の芭蕉庵から出発したとされています。貞享元年(1684年)、41歳の芭蕉が故郷の伊賀、大和、美濃、尾張などをめぐった旅です。熱田は出発地ではなく、旅の途中に立ち寄った場所です。
「蕉風発祥の地」の碑はどこにありますか
名古屋市中区錦3丁目、久屋大通公園の名古屋テレビ塔(中部電力 MIRAI TOWER)周辺にあります。栄・久屋大通エリアから歩いて訪ねられます。
「明ぼのやしら魚しろきこと一寸」はどこで詠まれた句ですか
『野ざらし紀行』の旅で、芭蕉が桑名の浜辺で詠んだとされています。はじめは「雪薄し」の形だったものを、のちに「明ぼのや」に直したとされています。
名古屋・熱田・桑名は、1日で回れますか
電車などを組み合わせれば、1日でめぐるコースを組むことができます。ただし、すべてを徒歩で移動する必要はありません。特に桑名駅から七里の渡し跡など、距離のある区間ではバスやタクシーを利用すると無理なく楽しめます。
9.まとめ
『野ざらし紀行』は、芭蕉がまだ現在のような「俳聖」と呼ばれる前の旅です。
野ざらしになる覚悟を胸に深川を出て、名古屋では若い俳人たちと俳諧を楽しみ、熱田を経て桑名へ向かう。
その旅の中で、芭蕉の俳諧は少しずつ変わっていったとされています。
栄の「蕉風発祥の地」碑、熱田の宮の渡し公園、桑名の七里の渡し跡。
いまは都会の公園や道路になっている場所にも、かつての旅の記憶が残っています。
句を一句完成させることだけを目的にせず、芭蕉が見たであろう景色を想像しながら歩いてみる。
それだけでも、『野ざらし紀行』を読む楽しみ方が、少し変わってくるはずです。
吟行の持ち物や歩き方については、「初心者でも楽しめる「吟行」入門ガイド」もあわせてご覧ください。
芭蕉が歩いた道を、今度は自分の一句を探しながら歩いてみませんか。
詠んだ句を、誰かに読んでもらいませんか
吟行で生まれた句は、その日の風や光がそのまま入った一句です。
俳句びとは、俳句を楽しむ方が集まる無料の交流の場です。
- 写真と一緒に、気軽に句を投稿できます
- ほかの方の句を読んだり、感想を伝えあったりできます
- AIによる添削のアドバイスも、無料でお使いいただけます
あなたも一句詠んでみませんか?
「俳句びと」は、俳句を愛する人々が集うSNSです。
日々の感動を十七音に込めて、全国の仲間と共有しましょう。
会員登録は無料 / 50代〜80代の方に大人気
