1903年 - 1930年

芝不器男

しばふきお

作風・特徴

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生涯・略歴

愛媛県北宇和郡明治村(現・松野町)生まれ。東京帝国大学、のち東北帝国大学に入学。「枯野」句会で句作を始め、吉岡禅寺洞の「天の川」などで活躍。「ホトトギス」でも新鋭として注目されたが、26歳の若さで夭折した。「不器男」の命名は『論語』の「子曰、君子不器」に由来する。

代表句 (20件)

鎌払ふてやがて障子を洗ひけり
季語: 鎌払ひ (autumn)
【現代語訳】刈り入れが終わって鎌の汚れを払い落とし、その勢いのまま、今度は冬支度のために障子を水洗いしたことだ。\n\n【鑑賞】農作業の一区切りがついた安堵感と、それに続く冬を迎えるための暮らしの営みを、てきぱきとした動作で描いています。「やがて」という言葉に、日常を生きる作者の快活さと、秋から冬へと移り変わる季節のスピード感が心地よく表現されています。
霧の谷を落つる日重き光かな
季語: 霧の谷 (autumn)
【現代語訳】霧の立ち込める谷へと沈んでいく夕日は、その霧に遮られて、どこか重々しい光を放っていることだ。【鑑賞】不器男ならではの繊細な色彩感覚と物質感が光る一句です。霧という湿り気を帯びた媒体を通すことで、本来は実体のない夕日の光が、まるで質量を持った「重き光」として谷に降り注ぐ様子を見事に表現しています。
柿干すや日向の坂のゆきどまり
季語: 柿干す (autumn)
【現代語訳】日当たりの良い坂道をのぼりつめると、その行き止まりの民家に柿が干してあった。【鑑賞】日向の坂を登りきったところに、不意に現れる鮮やかな干し柿の風景。生活の営みが、静かな光に満ちた一種の極楽浄土のような、あるいは桃源郷のような空間として、象徴的に捉えられています。
柿のほぞ落ちて久しき机かな
季語: 柿の蒂落 (autumn)
【現代語訳】柿のヘタが机の上に落ちてから、ずいぶんと長い時間が経ってそのままになっていることよ。 【鑑賞】子規の「畳かな」を意識しつつ、舞台を「机」に移して詠まれた名作です。書斎や勉強机の上に転がったままになっている柿のヘタ。主が何かに没頭しているのか、あるいは部屋がしばらく使われていないのか、静まり返った部屋の空気感と、取り残されたヘタの存在感が際立ちます。若くして夭折した不器男の、繊細で張り詰めた美意識が感じられる一句です。
木瓜の実や一つ落ちたる土の窪
季語: 草木瓜の実 (autumn)
【現代語訳】木瓜の実がぽつりと一つ地面に落ちている。その落ちた場所の土が、実の重みのせいでほんのりと窪んでいることよ。 【鑑賞】若くして亡くなった天才俳人・芝不器男の代表句です。地面に落ちた小さな実と、それを受け止める土のわずかな窪みという、極めてミクロな視点から秋の静寂と時間の経過を見事に捉えています。静かでありながら、確かな存在感と質量を感じさせる名句です。
石竹の赤きに耐ふる日ざしかな
季語: 唐撫子 (autumn)
【現代語訳】石竹(唐撫子)の鮮やかな赤い花が、じっと耐えるように浴びている、この強い秋の陽射しよ。\n【鑑賞】「石竹」の情熱的な赤と、容赦なく照りつける太陽の光の対比が非常に鮮烈です。若くして亡くなった不器男の、物事の質感や光を捉える鋭い感性が凝縮された名作です。
橿鳥の青き羽落つる櫟かな
季語: 橿鳥 (autumn)
【現代語訳】茶色く色づき始めた櫟(くぬぎ)の林の中に、橿鳥の美しい青い羽が、はらりと静かに落ちていくことだ。【鑑賞】26歳で夭折した天才俳人・芝不器男による、極めて絵画的で繊細な名句です。どんぐりの実る地味な櫟の林と、橿鳥が残していった瑠璃色の羽という色彩の対比が見事です。静まり返った秋の山林の静寂と、一瞬の視覚的な美しさを結晶化させています。
蒲の穂綿むしりてこぼす光かな
季語: 蒲の穂絮 (autumn)
【現代語訳】蒲の穂綿を手でむしり取ってこぼすと、まるで柔らかな光がこぼれ落ちていくかのようだ。 【鑑賞】指先で蒲の穂をほぐすときの、ふわっと溢れ出る綿毛の感触。それを「光をこぼす」と表現した瑞々しい感性が光ります。触覚から視覚への見事な飛躍が、読者に温かな印象を残します。
からなしを拾ひこぼして籠の底
季語: 唐梨 (autumn)
【現代語訳】唐梨の実を拾おうとしては、手からこぼれて籠の底へと落ちていくことだ。【鑑賞】からなしの実の丸みや硬さ、重みが「拾ひこぼして」という動作によって鮮やかに表現されています。籠の底に響くコトッという音まで聞こえてきそうな臨場感のある一句です。
向日葵の蕋を見るとき海消えし
季語: 向日葵 (summer)
芝不器男句集
毛桃落ちて水白う流るるばかりなり
季語: 毛桃 (autumn)
【現代語訳】野生の毛桃がぽつりと水中に落ち、その後にはただ谷川の水が白く泡を立てて流れ去るばかりである。 【鑑賞】若くして亡くなった天才俳人、芝不器男の代表作の一つです。毛桃が水に落ちた瞬間の一瞬の動的な変化と、その後に再び訪れる、ただ水が白く流れるだけの静寂な自然の対比が鮮やかです。静けさと孤独感、そして秋の冷ややかな空気感が、張り詰めた表現で捉えられています。
葛掘るや日影たちまち谷を去る
季語: 葛掘る (autumn)
【現代語訳】一心に葛を掘り起こしていると、山間の谷底にはあっという間に影が差し、日の光が去っていってしまった。 【鑑賞】日が短い季節の、山中における時間経過の早さを捉えた句です。作業に没頭している主体の主観的な時間と、たちまちに日を陰らせる自然の冷徹な動きが、見事な映像美となって表現されています。
蚊帳畳むやふとんの上の秋の風
季語: 㡡仕舞ふ (autumn)
【現代語訳】蚊帳を畳んで片づけると、そこにはもう秋の風が、布団の上にまで寂しげに吹き抜けていくことよ。 【鑑賞】昨日まで夏の眠りを守ってくれていた蚊帳を畳み終えた瞬間、剥き出しになった布団の上に、すうっと冷たい秋の風が渡る様子を描いています。蚊帳という仕切りが消えたことで、部屋が秋の気候と直接繋がったような、静かな驚きと寂しさが端正に捉えられています。
黒葡萄一房重くもてなしぬ
季語: 黒葡萄 (autumn)
【現代語訳】心づくしのおもてなしとして、ずっしりと重い黒葡萄の一房を差し出したことだ。【鑑賞】客人をもてなす際の緊張感と喜び、そして黒葡萄の持つ贅沢で重厚な存在感が「重くもてなしぬ」という表現に凝縮されています。凛とした静かな空間が目に浮かぶ名句です。
雁瘡や盥の底に日の動く
季語: 雁瘡 (autumn)
【現代語訳】頭に雁瘡(おでき)ができた子供の頭を洗ってやるためだろうか、盥(たらい)に水を張ると、その底に秋の静かな日差しがゆらゆらと反射して動いている。\n【鑑賞】子供の皮膚病という泥臭くも痛々しい日常の一コマを、盥の水とそこに差し込む秋の日光という極めて澄んだ美しい視覚イメージへと昇華させた名句です。清らかな水と光が、子供への慈しみを感じさせます。
鴇の羽のうすくれなゐに秋の風
季語: (autumn)
【現代語訳】鴇の羽のような、淡い紅色に優しく染まる空に、どこか物寂しい秋の風が吹き渡っている。 【鑑賞】作者の若き感性が光る名作です。目に見えない「秋の風」を、鴇の羽が持つ繊細で儚い色彩である「うすくれなゐ」と重ね合わせることで、五感に染み渡るような寂静と美を表現しています。
春きざす障子の穴の青き空
季語: 春きざす (spring)
【現代語訳】ふと見ると、古びた障子にぽつりと空いた小さな穴から、澄み切った青空がのぞいている。その鮮やかな青さに、確かに春の兆しが感じられることだ。【鑑賞】破れた障子の穴という日常の卑近な景から、無限に広がる大空へと視線を誘い、そこに「春の兆し」を見出した名作です。障子の白と空の青のコントラストが鮮烈で、冬から春へと移り変わるかすかな光の変化を美しく捉えています。
守宮搗くや机の上の古草紙
季語: 守宮搗く (summer)
【現代語訳】ヤモリが壁を叩くような音が静かに聞こえてくる。ふと手元を見ると、机の上には古い草紙が置かれたままである。 【鑑賞】夜のしじまの中で、微かなヤモリの音が古びた草紙の質感や、ひっそりとした書斎の空気感を際立たせています。時が止まったかのような静寂と、そこに響く微小な生命の鼓動が対比された名句です。
川施餓鬼夕波あらくおこりけり
季語: 川施餓鬼 (autumn)
【現代語訳】川施餓鬼が執り行われている中、夕方の川波がにわかに荒々しく立ち騒ぎ始めたことだ。\n【鑑賞】静かな祈りの儀式とは対照的に、突如として荒々しく揺れる川波の動きを捉えています。かつて水に消えた命を慰めつつも、水という自然への畏怖を感じさせる劇的な一瞬を切り取っています。
秋陰や遠き林のひるがへる
季語: 秋陰 (autumn)
【現代語訳】秋の薄暗い曇り空の下、遠くに見える林の木々が風に吹かれて葉を翻している。【鑑賞】一面の灰色の曇り空と、遠くで風にひるがえる木の葉の裏の白さとのコントラストが鮮やかです。不器男らしい鋭い視覚と寂寥感が「秋陰」という季語によって一層引き立っています。