1901年 - 1977年

秋元不死男

作風・特徴

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生涯・略歴

横浜生まれ、本名不二雄。島田青峰に師事、新興俳句運動に加わり京大俳句事件で投獄。戦後「氷海」を創刊・主宰、俳句「もの」説を唱え1968年蛇笏賞。

代表句 (3件)

鶏頭を三尺離れもの思ふ
烏賊裂きの女ばかりの指白し
季語: 烏賊裂き (autumn)
【現代語訳】烏賊を裂く作業場には女たちばかりが集まり、その水仕事をする指先が白く際立っている。 【鑑賞】烏賊裂きに従事する女性たちの姿に焦点を当てた一句です。冷たい水やイカの身に触れ続ける指の白さと、イカ自体の白さが美しく重なり合い、秋の浜風の冷たさと労働の厳しさ、そして凛とした美しさが表現されています。
妻の髪きりりとあげて二科へ行く
季語: 二科展 (autumn)
【現代語訳】妻は黒髪をきりりと結い上げて、私と一緒に二科展へと出かけていく。【鑑賞】二科展へ行く妻の身支度、特に髪を清潔感と気品を込めて「きりりとあげて」整えた仕草に、芸術の秋を迎える晴れやかな高揚感が美しく捉えられています。昭和モダニズムの爽やかさと夫婦の親愛の情が滲み出る名句です。