1882年 - ?

渡辺水巴

わたなべすいは

作風・特徴

作風の解説はまだ登録されていません。

生涯・略歴

渡辺 水巴(わたなべ すいは、1882年(明治15年)6月16日 - 1946年(昭和21年)8月13日)は東京出身の俳人。本名は渡辺義(よし)。

代表句 (20件)

牛蒡掘る一すぢの香の身に沁みて
季語: 牛蒡掘る (autumn)
【現代語訳】牛蒡を土から掘り起こしたとき、そこから立ち上った一筋の強い香りが、秋の冷気とともに私の心身に深く沁み込んできた。 【鑑賞】牛蒡が持つ大地の力強い香りと、晩秋の冷ややかな空気(身に沁む)が一体となった、非常に感覚の鋭い一句です。嗅覚と触覚を通じて、秋の深まりを立体的に表現しています。
国光のややあたたかきを手渡さる
季語: 国光 (autumn)
【現代語訳】人の温もりでほんのりとあたたかくなった国光を、手から手へと手渡された。【鑑賞】国光は本来、冷たくて硬い果実ですが、人から譲り受けたときに感じたかすかな体温に焦点を当てています。冷え込む季節の中で、手渡してくれた人の手の優しさや、そこにある親密な人間関係が、国光の硬い質感との対比で優しく浮かび上がります。
茅を刈る音ばかりなる日ざしかな
季語: (autumn)
【現代語訳】あたりは静まり返り、茅を刈る心地よい音だけが響き渡っている、そんなのどかで寂しい秋の日差しであることよ。【鑑賞】秋のあたたかな光の中で、サクサクと茅を刈る音だけが周囲の静寂を強調しています。視覚と聴覚の対比が美しい名句です。
柿干すや日本の村の美しき
季語: 柿干す (autumn)
【現代語訳】民家の軒先に柿が干してある。その光景を見ていると、日本の農村の風景はなんと美しいのだろうとつくづく思う。【鑑賞】技巧を排し、素直に心に浮かんだ感動を詠み上げた名句です。干し柿というごくありふれた日常の営みが、日本人が培ってきた風土と伝統の美そのものであることを高らかに肯定しています。
下弦の月かかりて露のふかさかな
季語: 下弦 (autumn)
【現代語訳】空に下弦の月がかかっており、地上では夜露がしっとりと深く降りていることよ。 【鑑賞】下弦の月が放つ冷徹な光と、草木に降りた深い露の潤いが見事に響き合っています。秋の夜の深まりと、静寂に満ちた自然の気配を五感で捉えた名句です。
金琵琶や障子にうつる竹の影
季語: 金琵琶 (autumn)
【現代語訳】庭の草むらから金琵琶の澄んだ声が聞こえてくる。ふと目をやると、障子には月光に照らされた竹の影が静かに映し出されている。 【鑑賞】耳に聞こえる金琵琶の金属的な美しい鳴き声と、目に映る障子の竹の影という、聴覚と視覚の対比が実に見事です。秋の夜の静けさと雅やかさが、余計な説明なしに、一幅の絵画のように美しく定着されています。
衣被月にすかして剥きにけり
季語: 衣被ぎ (autumn)
【現代語訳】衣被ぎを、夜空に輝く月明かりにかざすようにして、その皮を剥いたことだ。【鑑賞】中秋の名月(芋名月)の夜の、風雅な一コマを切り取った句です。月の光に透かすようにして剥かれる衣被ぎの白さは、どこか神秘的で美しく、単なる食卓の風景を超えた静謐な情緒を醸し出しています。
榠樝の実地に落ちてより香りけり
季語: 花梨の実 (autumn)
【現代語訳】地面に落ちた花梨の実が、落ちてからいっそう強く、甘い香りを放っていることだ。【鑑賞】木にあるうちはそれほどでもなかった香りが、地面に落ちて傷つくことで、かえってその芳醇な香りを周囲に漂わせる様子を捉えています。ものの命の終わりと引き換えに放たれる香りの強さに、無常観と自然の美しさが感じられます。
葛掘や一ト鍬ごとに山の冷
季語: 葛掘る (autumn)
【現代語訳】葛を掘ろうと一鍬(ひとくわ)土に入れるたびに、土中から、そして山全体から冷気が立ち上ってくるようだ。 【鑑賞】深く土を穿つたびに、秋(冬)の山の冷酷な厳しさが肌に迫ってくる感覚を「一ト鍬ごとに」と身体感覚で見事に捉えています。労働の熱気と山の寒気のぶつかり合いが、緊迫感を生んでいます。
山暮れて欅の黄ばむ匂ひかな
季語: 黄ばむ (autumn)
【現代語訳】山に日が暮れてあたりが暗くなるなか、欅(けやき)の葉が黄色く色づき始めている、その匂いが漂ってくるようだ。【鑑賞】視覚が衰える夕暮れ時に、あえて「匂い」という嗅覚を通して、欅の葉が黄ばんでいく気配を捉えた繊細な一句です。秋の冷気とともに、植物の生命の変化が五感に染み入る様子が見事に描かれています。
金冬瓜切れば夕日のこぼれけり
季語: 金冬瓜 (autumn)
【現代語訳】金冬瓜を切り分けると、その鮮やかな黄色い断面から、まるで沈みゆく夕日の光がこぼれ落ちてくるかのようだ。【鑑賞】金冬瓜の持つ鮮烈な色彩を、夕暮れ時の光のドラマと重ね合わせた視覚的に非常に美しい一句です。包丁を入れた瞬間の、瑞々しくも暖かみのある色彩が鮮やかに想起されます。
鎌しめや畳にこぼす大豆の莢
季語: 鎌しめ (autumn)
【現代語訳】収穫を感謝し、鎌を納めて祝う「鎌しめ」の日に、畳の上に大豆の入った莢がポロポロとこぼれ落ちている。 【鑑賞】農作業が一区切りつき、家の中に道具を持ち込んで整理している際の一コマ。畳の上に落ちた大豆の莢に、今年の豊かな収穫の余韻と、労働から解放された穏やかな日常の生活感が漂う秀句です。
金ひばり鳴きやみし夜のあたたかさ
季語: 金雲雀 (autumn)
【現代語訳】それまで美しく鳴いていた金雲雀がふと鳴きやんだ。その途端、秋の夜のしんとした、どこか温かみのある空気が肌に感じられる。【鑑賞】鳴き声が止まった瞬間の「静けさ」を「あたたかさ」という触覚的な言葉で捉えたユニークな視点の句です。秋の夜の冷気の中で、虫の気配が消えた後の心地よい余韻が表現されています。
風日待こころもとなき燈影かな
季語: 風日待 (autumn)
【現代語訳】風日待の夜に灯す明かりは、どこか頼りなげで心もとなく感じられることだ。【鑑賞】水巴らしい繊細な情緒が光る一句。風を鎮めるために祈り、静かに過ごす風日待の夜において、わずかに揺れる灯火(燈影)が、人々の台風への不安や敬虔な祈りの気持ちと同調している様子が巧みに表現されています。
新雪の日の出に近き明るさよ
季語: 新雪 (winter)
【現代語訳】新雪が降り積もった朝、まだ太陽は昇りきっていないが、雪の反射によって日の出がすぐそこまで近づいているかのような、辺り一面のまばゆい明るさであることよ。 【鑑賞】夜の間にしんしんと降り積もった新雪が、夜明け前のわずかな光を拾って、まるで雪自体が発光しているかのような神聖な明るさを捉えています。静寂の中にみなぎる、一日の始まりの希望を感じさせる名句です。
凍湖にひびき奔れる星のあり
季語: 凍結湖 (winter)
【現代語訳】凍りついた湖の上に、音を立てて走るかのように、光を鋭く放ちながら流れる星がある。【鑑賞】張り詰めた氷の緊迫感と、夜空にきらめく星の鋭い光が共鳴し合っているかのような、冷徹で美しい世界観が描かれています。「ひびき奔れる」という表現が、視覚と聴覚の融合を生んでいます。
年越の蕎麦をすするも旅心
季語: 年越蕎麦 (winter)
【現代語訳】旅先で食べる年越し蕎麦をすすっていると、なんとも言えない切なくも趣深い旅情が心に染み渡ってくることよ。【鑑賞】自宅ではなく、旅の途中で迎える大晦日の情景です。普段と違う場所で一人、あるいは宿で食べる年越し蕎麦。特別な節目の日だからこそ、いつもの蕎麦一杯をすする音の中にも、深い孤独と旅のロマン(旅心)が色濃く感じられる名句です。
冬蝗枯草の色得て居りぬ
季語: 冬蝗 (winter)
【現代語訳】冬の蝗が、すっかり枯れてしまった草と同じ茶褐色になって、そこにじっと潜んでいることよ。【鑑賞】枯草と同化することで寒さと外敵から身を守り、必死に生き延びようとする冬蝗の姿をありのままに捉えています。静寂の中に宿る強い生命力が感じられる写実的な名句です。
冬の蠅逃げたるあとの光かな
季語: 冬の蠅 (winter)
【現代語訳】そこにいた冬の蠅がどこかへ逃げ去ってしまった。そのあとに残されたのは、ただ冬の寂しい光ばかりである。【鑑賞】動きの鈍い冬の蠅がふと消えた瞬間、それまで蠅に集中していた視線が、取り残された陽射し(あるいは冬の光)へと移る。その静寂と一抹の寂しさを捉えた繊細な写生句です。
片口の鰯を干して砂白し
季語: 片口鰯 (autumn)
【現代語訳】片口鰯を干している砂浜は、秋の陽光を浴びて一段と白く光って見えることだ。【鑑賞】鰯の銀色の輝きと、乾いた白い砂浜のコントラストが美しい一句。秋の澄んだ空気感や、潮風の香りが心地よく伝わってきます。