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森川許六

morikawa-kyoriku

作風・特徴

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生涯・略歴

森川 許六(もりかわ きょりく)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。蕉門十哲の一人。名は百仲、字は羽官、幼名を兵助または金平という。

代表句 (20件)

数かいて芋の粥煮る山家かな
季語: 数搔く (autumn)
【現代語訳】山里の素朴な家で、焦げ付かないように何度もかき混ぜながら、芋粥を煮ていることだ。 【鑑賞】山家(山里の貧しい家)でのつつましくも豊かな暮らしを切り取った句。秋の収穫物である芋を入れた粥を、火の傍でじっと「数かく」姿には、素朴な温かみと自然と共に生きる人の穏やかな時間が流れています。
片鳥屋や月をまろがす池の風
季語: 片鳥屋 (autumn)
【現代語訳】片鳥屋が立つ池のほとりで、水面に映る丸い月を、吹き渡る風が揺らしてさらに丸く丸めているかのようだ。 【鑑賞】夜の片鳥屋を舞台にした幻想的な句です。「月をまろがす(丸くする、転がす)」という動的な表現によって、風が水面を揺らし、そこに映る月影がゆらゆらと形を変える様子が生き生きと描かれています。静かな狩猟の場に漂う緊張感と、自然の美しさが調和しています。
搗栗を臼にこぼすや山の秋
季語: 搗栗つくる (autumn)
【現代語訳】天日で乾燥させた栗を臼に注ぎこぼし、搗栗を作り始めるところだ。山里の秋の気配がしみじみと感じられることよ。【鑑賞】「こぼすや」という表現から、十分に乾いた栗同士が立てる、かさかさとした乾いた音が視覚・聴覚を通じて伝わってきます。収穫の喜びと、静かな山里の生活が美しく写生された一句です。
部領使や何をもて行く秋の風
季語: 部領使 (autumn)
【現代語訳】部領使の一行は、このもの寂しい秋風の中、いったい何を持って都へと旅していくのだろうか。【鑑賞】重々しい任務を帯びて進む部領使が、冷涼な秋風に吹かれながら進む姿を活写しています。「何を持っていくのか」という問いかけが、旅の目的への好奇心と同時に、秋の風の寂しさと旅路の厳しさを際立たせています。
門ままや箸にからまる秋の風
季語: 門まま (autumn)
【現代語訳】門口で忙しく新米の飯を食べていると、爽やかに吹き抜ける秋の風が、まるで箸先にまでからみついてくるかのようだ。 【鑑賞】農繁期の合間に屋外でさっと済ませる「門まま」の食卓に、目に見えない秋の風を「箸にからまる」と触覚的に表現した、五感に響く見事な一句です。新米の温かさと秋風の涼しさが心地よく調和しています。
なでしこにそそぐや風のなつかしき
季語: 川原撫子 (autumn)
【現代語訳】撫子の花に吹き注いでいる秋の風は、なんと心安らぎ、懐かしい心地がすることだろう。 【鑑賞】作者の許六は芭蕉の門人の一人です。撫子の繊細な花びらを優しく揺らす秋の風を「なつかしい」と表現したことで、単なる自然描写にとどまらず、見る者の心に眠る郷愁や、優しい記憶を呼び起こすような温かみのある名句となっています。
千日や清水坂の人の波
季語: 清水千日詣 (autumn)
【現代語訳】千日詣の今日、清水寺へと続く坂道は押し寄せる参詣客の人の波で埋め尽くされている。 【鑑賞】千日分の功徳を求めて集まる人々の多さとその活気を、直球で描写した力強い句です。参道の賑わいそのものが観音信仰の篤さを物語っており、江戸時代の庶民の信仰の熱量をいきいきと伝えています。
御霊の出や日影すずしき宮の杉
季語: 御霊祭の御出 (autumn)
【現代語訳】御霊祭の御出の折、神社の境内にある杉の木陰は清々しく涼しい風情である。 【鑑賞】神社の神聖な大杉が落とす日影の涼しさに着目し、出御の荘厳さと秋の初めの心地よい気候を感じさせます。祭の賑わいの一歩手前にある厳かな静寂を巧みに描写した一句です。
烏賊襖身をほそぼそと着たる夜や
季語: 烏賊襖 (autumn)
【現代語訳】烏賊襖を体に巻きつけ、身を細めるようにして眠る秋の夜であることよ。 【鑑賞】粗末で硬い烏賊襖に身をくるみ、寒さをしのぎながら旅寝をする旅人の姿がリアルに描かれています。「ほそぼそと」という表現に侘しさと寒冷が凝縮されています。
秋の名草手向くる仏なかりけり
季語: 秋の名草 (autumn)
【現代語訳】秋の美しい名草を手折ってみたものの、供えるべき仏(あるいは墓)もないことだなあ。\n【鑑賞】旅先や野辺で可憐な草花を目にして手折ったものの、手向ける対象のない侘しさを詠んでいます。秋草の美しさと作者の孤独感が静かに響き合っています。
伊勢踊ふみしだかれて草もなし
季語: 伊勢踊 (autumn)
【現代語訳】大勢で伊勢踊を踏み鳴らして踊ったため、地面の草も踏み折られて跡形もなくなっている。\n【鑑賞】踊り手たちの激しい足拍子と長時間にわたる熱狂を、地面の草が踏みしだかれた様子を通して描写しています。熱狂の跡に残るリアリティのある光景が、踊りの迫力を雄弁に物語っています。
荻の風馬を洗ふて戻りけり
季語: 荻の風 (autumn)
【現代語訳】荻を揺らす涼しい秋風が吹く中、川で馬を洗い終えて家路へと戻っていくことだ。【鑑賞】労働を終えた夕暮れの日常風景を詠んだ句です。水辺から吹き抜ける荻の風が、馬を洗った後の爽快感と、秋の夕暮れ特有の心地よい疲労感を運んでくるかのように感じられます。
死活杖祭や鞍馬の秋の風
季語: 死活杖祭 (autumn)
【現代語訳】死活杖祭が執り行われている鞍馬山に、身に染みるような秋の風が吹き抜けていく。 【鑑賞】祭の厳粛な儀礼と、山肌を吹き抜ける晩秋の風の冷たさを素直に取り合わせた句です。無駄のない言葉遣いによって、鞍馬の山懐に広がる清澄な風情が潔く描き出されています。
神垣や志賀八幡の秋の風
季語: 志賀八幡祭 (autumn)
【現代語訳】神聖な神社の垣根を、志賀八幡の秋の風が清らかに吹き抜けてゆく。 【鑑賞】近江蕉門を代表する許六による句。祭りを迎えた境内の清浄な空気と、志賀の地に吹き渡る秋風の涼やかさを簡潔かつ格調高く捉えています。
死杖祭佛の杖も交りけり
季語: 死杖祭 (autumn)
【現代語訳】死杖祭で供養される数々の杖のなかに、亡き人(仏)が生前使っていた杖も混じっていることだ。【鑑賞】山のように集められた杖の中に、今は亡き親しい人の愛用していた杖を見出した瞬間を詠んでいます。「佛の杖」という表現に、故人への追慕の念と哀悼の心が込められています。
渋取の匂ひや谷の夕紅葉
季語: 渋取る (autumn)
【現代語訳】柿渋を搾る特有の匂いが漂ってくる。見渡せば谷間の紅葉が夕日に美しく照り映えている。 【鑑賞】渋取りの強い酸味を含んだ匂いという「嗅覚」と、谷間に広がる夕暮れの紅葉という「視覚」が見事に対比されています。生活の営みと深まりゆく秋の自然美が調和した一句です。
小相撲に負けて泣く子の紅葉哉
季語: 小相撲 (autumn)
【現代語訳】子ども相撲で負けて悔しさに顔を真っ赤にして泣いている子の姿は、まるで美しく色づいた紅葉のようであることよ。 【鑑賞】負けて大泣きする子どもの真っ赤な顔や手のひらを、秋の「紅葉」に見立てたユーモアと情愛に満ちた句です。子どもの真剣さと素朴な可愛らしさが情景とともに生き生きと伝わってきます。
白茯苓売るや木曾路の秋の風
季語: 白茯苓 (autumn)
【現代語訳】木曽路の街道で白茯苓が売られている。吹き抜ける秋の風に、旅情と季節の深まりがしみじみと感じられることだ。 【鑑賞】木曽の山深い宿場町で名産の白茯苓を商う光景を描いた句。街道を吹き抜ける涼やかな秋風と、白茯苓の素朴で静かな佇まいが見事に調和し、旅情あふれる秋の情趣を漂わせています。
鷹の鳥屋いでて野山を見直すか
季語: 鷹の塒出 (autumn)
【現代語訳】鳥屋から出された鷹が、久しぶりに目にする広大な野山を、鋭い眼差しで見つめ直しているのだろうか。 【鑑賞】長い間暗い鳥屋に籠もっていた鷹が、解き放たれて秋の雄大な自然を見据える姿を「見直すか」と擬人化を交えて詠んだ一句です。鷹の野生の勘が再び研ぎ澄まされていく瞬間が巧みに描かれています。
竹の春小路の奥の鍛冶が家
季語: 竹の春 (autumn)
【現代語訳】青々と竹が茂る秋の日、細い小路の奥から鍛冶屋の槌音が響いてくる。\n【鑑賞】瑞々しく葉を茂らせる竹の緑と、小路の奥にある鍛冶屋の力強い生活の営みが鮮やかに対比されています。静かな竹林の風情の中に響く金属の音が、秋の澄んだ空気感を際立たせています。