1930年 - ?

鷹羽狩行

たかはしゅぎょう

作風・特徴

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生涯・略歴

鷹羽 狩行(たかは しゅぎょう、1930年(昭和5年)10月5日 - 2024年(令和6年)5月27日)は、日本の俳人、日本芸術院会員。本名・髙橋行雄(たかはし ゆきお)。山形県出身。

代表句 (20件)

月鈴子その一音のきらめきぬ
季語: 月鈴子 (autumn)
【現代語訳】月鈴子が放った、最初の一音。それはまるで夜の闇の中に光が走ったかのように、美しくきらめいた。【鑑賞】鈴の音を「きらめく」という視覚的なイメージに翻訳することで、月光と虫の音が見事に融合しています。静寂を破る一音の鮮烈さが印象的です。
南瓜忌や水絵具なる黄と緑
季語: 南瓜忌 (autumn)
【現代語訳】南瓜忌を迎えて、杢太郎が愛用した水彩絵の具の、あの鮮やかな黄色と緑色がまぶたに浮かんでくる。【鑑賞】杢太郎の写生帖に描かれた南瓜の生命感溢れる色彩を、「黄と緑」という純粋な色彩で表現しています。「水絵具」という言葉の持つ透明感と、南瓜の持つずっしりとした存在感が、杢太郎の瑞々しい感性を象徴しています。
休暇果つインクの青を新しく
季語: 休暇了う (autumn)
【現代語訳】休暇が終わり、今日からまた日常が始まる。万年筆に青いインクを新しく満たして、気持ちを新たにしよう。 【鑑賞】「休暇果つ」という少し寂しげな季語に対し、「インクの青を新しく」という動作が非常に爽やかです。机に向かう新鮮な決意と、明日への前向きなエネルギーが、青という鮮明な色彩によって表現されています。
含羞忌中也の帽子より丸く
季語: 含羞忌 (autumn)
【現代語訳】含羞忌を迎えた今日、空に浮かぶ月は、中原中也が好んで被っていたあの黒い帽子よりも、さらに丸く輝いている。\n【鑑賞】中也のトレードマークであった黒いハット(帽子)をモチーフにした瑞々しい句です。帽子という具体的な遺品から、中也のシャイな横顔や秋の夜の寂しげな光景を想起させます。
混群の真中をぬけてゆくひかり
季語: からの混群 (autumn)
【現代語訳】林の中を通り抜けていく小鳥の混群、その賑やかな群れの真ん中を、冬の柔らかな日差しが貫くように射し込んでいる。 【鑑賞】せわしなく動き回る小鳥たちの群れと、そこへ差し込む一条の光を対比させた美しい句です。木漏れ日の中で羽をきらめかせる小鳥たちの生命力が、光の描写によって際立っています。
唐花草蔓のゆくへを失へり
季語: 唐花草 (autumn)
【現代語訳】唐花草のつるが、次に伸びるべき先を見失ったかのように、空中にむなしく絡み合っている。 【鑑賞】支柱やつかまるべき枝を失った唐花草のつるが、お互いに絡まり合って迷走している様子を描いています。植物の生態を細やかに観察しつつ、「ゆくへを失へり」という擬人的な表現を用いることで、秋のわびしさと、人生における迷いや不確かさを静かに重ね合わせています。
栗鹿の子こころの皺をのばしつつ
季語: 栗鹿の子 (autumn)
【現代語訳】栗鹿の子をいただきながら、日頃の忙しさや気苦労でこわばっていた心のしわを、ゆっくりと伸ばしていくようだ。【鑑賞】栗鹿の子の豊かな甘みと美しい見た目が、疲れた心を優しく解きほぐしてくれる様子を「こころの皺をのばしつつ」とユーモラスかつ実感的に表現した名句です。
鰹の烏帽子に触るるなと波の言ふ
季語: 鰹の烏帽子 (autumn)
【現代語訳】海岸に打ち寄せられた美しい鰹の烏帽子。その猛毒を知っているかのように、押し寄せる波が「あれに触ってはいけないよ」とささやきかけているようだ。 【鑑賞】美しい青いガラス細工のような鰹の烏帽子が持つ強い毒。それを、波が人間に警告してくれているという擬人化の手法を用いて、優しくも緊張感のある情景として描き出しています。
竿燈のしなりしなりと進みけり
季語: 竿灯 (autumn)
【現代語訳】数多くの提灯を掲げた竿灯が、しなりしなりと左右に大きく揺れながら、ゆっくりと前へ進んでいくことよ。【鑑賞】現代俳句の重鎮、鷹羽狩行による作品。「しなりしなり」というオノマトペを用いることで、重い竿灯を絶妙なバランスで操る職人技のしなやかさと、祭りの行列がゆっくりと歩みを進める臨場感をリアルに表現しています。
金魚花火水底暗く泳ぎけり
季語: 金魚花火 (autumn)
【現代語訳】金魚花火が、暗い水底の方へと光を揺らしながら泳ぐように進んでいった。 【鑑賞】水面の明るさと、暗い水底との対比が美しい作品です。輝く花火が深く暗い水の底へと潜っていく様子を「泳ぎけり」と表現することで、静謐でありながらどこか妖しい美しさを醸し出しています。
金魚ねぶた尾をひるがへし闇に入る
季語: 金魚ねぶた (autumn)
【現代語訳】金魚ねぶたが夜風にふわりと尾をひるがえすように揺れ、そのまま宵の深い闇へと吸い込まれていく。 【鑑賞】張り子の金魚があたかも夜の闇という水の中を優雅に泳いでいくかのような、幻想的な動感を捉えた名句です。祭りの宵の神秘的な空気が巧みに表現されています。
桂郎忌鋏鳴らして髪刈らる
季語: 桂郎忌 (autumn)
【現代語訳】桂郎忌の日に、軽やかに鋏の音を鳴らされながら髪を刈ってもらっている。 【鑑賞】理髪店で散髪してもらうという日常の一コマを、桂郎忌に取り合わせた句。耳元でリズミカルに鳴る鋏の音そのものが、石川桂郎への最高の追悼であり、作品世界との交感となっています。
秋遍路海あるかぎり歩むべし
季語: 秋遍路 (autumn)
【現代語訳】秋の遍路を行く私は、目の前に海が広がり続ける限り、どこまでも歩みを進めていこう。 【鑑賞】広大に広がる秋の海を前にして、巡礼を続ける強い意志と覚悟を詠んだ句です。「歩むべし」という力強い語口から、人生の旅路そのものと巡礼を重ね合わせる深い精神性が伺えます。
阿波踊跳ねて吉野川渡るかに
季語: 阿波踊 (autumn)
【現代語訳】阿波踊りの連が勢いよく跳ね回り、このまま大河・吉野川をも飛び越えて渡ってしまうかのようだ。\n【鑑賞】阿波踊りの持つ底抜けのエネルギーと躍動感を、徳島の大河である吉野川のスケール感と結びつけて豪快に詠み上げたダイナミックな一句です。
泡立草黄を噴き上げし空の青
季語: 泡立草 (autumn)
【現代語訳】泡立草が黄色い炎を噴き上げるように咲き、その上の空はどこまでも青く澄んでいる。 【鑑賞】「黄を噴き上げし」というダイナミックな表現により、背の高い草が勢いよく花を咲かせている様子を描写しています。秋の澄み渡る「空の青」と花の「黄」との鮮やかな対比が非常に美しい名句です。
日輪のまばゆきばかり禾乃登
季語: 禾すなはち登る (autumn)
【現代語訳】降り注ぐ太陽の光がまばゆいばかりに輝く中、稲穂が見事に実りの時期を迎えている。 【鑑賞】天から降りそそぐ陽光の力強さと、それを受けて黄金色に輝く田の豊かな広がりを鮮やかに捉えた一句。七十二候の季語「禾乃登」の格調高さを損なわず、初秋の晴れ渡る空と実りの美しさをストレートに讃えています。
色鳥のどこから見ても背を向けず
季語: 色鳥 (autumn)
【現代語訳】色鮮やかな小鳥が、こちらがどこから見ても背中を向けることなく、いつでも正面を向いているように思える。 【鑑賞】小鳥のすばしこく向きを変える愛らしい仕草を、知的な観察眼で巧みに捉えています。愛嬌たっぷりにこちらを窺う色鳥の姿が鮮明に浮かび上がります。
諸聖人の日や祈りごとの一つづつ
季語: 諸聖人祭 (autumn)
【現代語訳】諸聖人の日を迎え、人々がそれぞれの胸に抱く祈りを一つひとつ捧げている。 【鑑賞】多くの聖者を讃える日に、名もなき市井の人々が思い思いに心の中で紡ぐ祈りの尊さを丁寧に描き出しています。静かな敬虔さが伝わる一句です。
秋燕忌空の青さの耐へがたし
季語: 秋燕忌 (autumn)
【現代語訳】大野林火先生を偲ぶ秋燕忌の日、仰ぎ見る秋空があまりにも澄んで青く、師を失った悲しみに耐えがたいほどである。【鑑賞】大野林火の忌日に見上げた初秋の空の圧倒的な青さと、亡き師への深い喪失感・追慕の念を見事に対比させた名句です。
背高泡立草日の暮るるまで黄色
季語: 背高泡立草 (autumn)
【現代語訳】背高泡立草は、日が暮れてあたりが暗くなるまで鮮烈な黄色を放ち続けている。【鑑賞】周囲の風景が夕闇に溶け込んでいくなかでも、背高泡立草の黄色だけがいつまでも目に焼き付くように残る様子を詠んでいます。簡潔な言葉運びながら、その鮮烈な色彩と生命力がくっきりと浮かび上がります。