1889年 - 1962年

室生犀星

むろうさいせい

作風・特徴

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生涯・略歴

室生 犀星(むろう さいせい、1889年〈明治22年〉8月1日 - 1962年〈昭和37年〉3月26日)は、日本の詩人・小説家。石川県金沢市出身。本名は室生 照道(むろう てるみち)。

代表句 (11件)

釜蓋の朔日水をこぼしけり
季語: 釜蓋朔日 (autumn)
【現代語訳】釜蓋朔日の今日、ふと手元から水をこぼしてしまったことだ。【鑑賞】お盆の準備を始めるこの日、日常の些細な「水をこぼす」という行為が、どこかあの世の魂への手向けの水のように思えてくる、静かでどこか物憂げな詩情を湛えた一句です。
大しじみ生きて洗はるる盥かな
季語: 大蜆 (spring)
【現代語訳】たらいの中で、生きている大しじみが洗われていることよ。【鑑賞】春の豊かな水の中で、ゴシゴシと洗われる大しじみのたくましい生命力を、盥という日常の道具を通して活写した句です。
夏梅の青きに針を刺しにけり
季語: 夏梅 (summer)
【現代語訳】夏に実った青く硬い梅の実に、チクリと針を刺してみた。【鑑賞】青い夏梅に針を刺すという、非常に感覚的で瑞々しい描写です。針を刺した瞬間の果肉の抵抗感や、そこから滲み出るかもしれないわずかな酸っぱい汁、そして夏の青い光が、針の一刺しによって鮮烈に表現されています。
秋はじめ机の上の埃かな
季語: 秋初め (autumn)
【現代語訳】秋の初めになり、ふと机の上を見ると、いつの間にかうっすらと埃がたまっているのが目についたことだ。【鑑賞】光の角度が変わり空気が澄んできたことで、夏の間は気づかなかった机の上の埃が見えるようになったという、身近で繊細な季節の移ろいを見事に捉えています。
朝の月洗ひし米の光るなり
季語: 朝の月 (autumn)
【現代語訳】早朝の空に月が白く残る中、研ぎ澄ました米がみずみずしく光っている。【鑑賞】秋の澄んだ朝の光と、研ぎ上がった米の白さ、そして空に残る朝の月の淡い輝きが美しいコントラストをなしています。生活のなかの清らかな瞬間を捉えた名句です。
磯鴫や水さびて居る石の上
季語: 磯鴫 (autumn)
【現代語訳】磯鴫が一羽、水がひっそりと寂びた気配をたたえている石の上に佇んでいる。\n【鑑賞】澄んだ秋の水と濡れた石、そこに静かに止まる磯鴫の姿が描かれています。「水さびて居る」という独特の表現によって、水辺の冷やかさと深まりゆく秋の侘しさが凝縮された名句です。
稲扱の女ばかりの夕べかな
季語: 稲扱き (autumn)
【現代語訳】夕暮れ時の稲扱き場を見ると、働いているのは女たちばかりであることよ。 【鑑賞】男たちが刈り取りや運搬などの力仕事に出払った後、残った脱穀作業を手際よくこなす村の女性たちの逞しさと、夕暮れの情景が鮮やかに切り取られています。
鴫の羽掻夕日の波のしづまりて
季語: 鴫の羽搔 (autumn)
【現代語訳】鴫が羽を繕うころ、夕日を浴びていた波の動きが静かに凪いでいった。 【鑑賞】鴫の細やかな仕草とともに、日没に連れて水面のざわめきが鎮まっていく様子を描いています。秋の夕暮れの冷ややかな静寂と、自然の息づかいがしみじみと伝わってくる名句です。
血目草や石にさはれば露こぼれ
季語: 血目草 (autumn)
【現代語訳】血目草が生えているところへ足を踏み入れ、石に触れると、葉先から朝露がはらはらとこぼれ落ちた。\n【鑑賞】詩人犀星らしい繊細な触覚と視覚の句です。小石に触れただけのわずかな振動で、血目草に宿る露が零れ落ちる一瞬を捉えています。秋の早朝のひやりとした空気感と、草の儚げな風情が静かに胸を満たします。
初鮭のころりと太き買ひにけり
季語: 初鮭 (autumn)
【現代語訳】その年初めての鮭のうち、まるまると太って立派な一本を買い求めたことだ。\n【鑑賞】「ころりと太き」という日常的で率直な言葉遣いが、初鮭の重みと豊かな量感を実感させます。上等な初物を思い切って買ったときの満足感と、これから夕餉で味わう期待感が生き生きと表現された親しみやすい一句です。
大根の葉のひろごりて冬隣
季語: 冬を隣る (autumn)
【現代語訳】畑の大根が青々と葉を大きく広げており、もうすぐそこに冬が近づいているのを感じる。 【鑑賞】瑞々しく力強い大根の葉の成長を通して、季節の移ろいと冬の到来を鮮明に捉えた名句です。大根という冬の代表的な野菜の生命力を描写することで、寒さへ向かう寂しさを超え、暮らしの健やかさや大地の恵みが素朴に伝わってきます。