1884年 - 1954年

前田普羅

まえだふら

作風・特徴

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生涯・略歴

東京生まれ。早稲田大学英文科中退。報知新聞社の記者を経て、高浜虚子に師事し「ホトトギス」に投句。「辛夷」を主宰した。大正初期の「ホトトギス」代表作家の一人。関東大震災後に富山県へ転居し、立山連峰をはじめとする雄大な自然に感銘を受け、山岳を詠んだ優れた句を多く残した。

代表句 (20件)

雁行や一山暮れて一山明く
季語: 雁行 (autumn)
【現代語訳】雁の列が空を飛んでいく。その下で、一つの山が夕闇に沈むと、まるでそれと入れ替わるように、別の山が夕日の残光に照らされて明るく浮かび上がっている。【鑑賞】広大な山岳風景をダイナミックに描いた名句です。雁の渡りに合わせるかのように、地上の山々が光と影のドラマを見せる様子が、立体的なスケール感をもって表現されています。
木の実雨いづこも同じ谷の音
季語: 木の実雨 (autumn)
【現代語訳】木の実を濡らす雨が降っている。谷の底からは、どこに立って耳を澄ませても、同じようにゴーゴーと響く水の音が聞こえてくる。【鑑賞】山を包む細やかな雨と、谷底を流れる轟々たる川の音を対比させ、大自然の懐に抱かれた人間の一人静かな境地を詠んでいます。静の中に動が溶け込んだ深みのある一句です。
熊の棚かかりて山の深さかな
季語: 熊の架 (autumn)
【現代語訳】見上げる高い枝に熊の棚が架かっている。それを見るだけで、この山がいかに人里離れた深い山であるかが身に染みて感じられる。【鑑賞】大自然を好んで詠んだ普羅らしい一句です。「熊の棚」という具体的な野生のしるしを提示することで、言葉以上にその山が持つ険しさや奥深さ、人間の及ばない聖域としての静けさを表現しています。
雁渡し雲はちぎれて流れけり
季語: 雁渡し (autumn)
【現代語訳】冷たい雁渡しの風が吹く空を仰ぐと、雲が激しくちぎれて、次から次へと流れていくことだ。\n【鑑賞】強い北風の勢いを、ちぎれ雲の動きという具体的な視覚情報で見事に写し取っています。目に見えない「風」の存在感を力強く表現した写生の一句です。
向日葵の月に遊ぶや漁師達
季語: 向日葵 (summer)
新訂普羅句集
岩高蘭実をむすびたるなだれかな
季語: 岩高蘭 (summer)
【現代語訳】高山の過酷な急斜面に、岩高蘭がびっしりと黒紫色の実を結んでいることよ。【鑑賞】雪崩の通り道となるような厳しい傾斜地にたくましく群生し、美しい実を湛える岩高蘭の強靭な生命力を真っ直ぐに写生した名句です。
春きざす山の一角崩れをり
季語: 春きざす (spring)
【現代語訳】春の気配がかすかに漂い始めたものの、目の前の大きな山の一角は寒さや風雪に耐えかねたのか崩れてしまっている。【鑑賞】普羅は自然の厳しさを深く見つめた俳人です。単に「春が来て嬉しい」というだけでなく、自然の破壊や厳しさという動的な変化の中に、新しく動き出そうとする大いなる「春の兆し」を読み取っています。静から動への変化のエネルギーを感じさせる力強い句です。
旱田に立ちて雲呼ぶ男かな
季語: 旱魃田 (autumn)
【現代語訳】日照り続きでひび割れた旱田にぽつんと立ち、天に向かって雨雲を呼び寄せようと祈るように叫んでいる男がいることよ。【鑑賞】極限の乾燥に見舞われた旱魃田(旱田)を舞台に、自然の猛威に一人立ち向かう人間の、祈りとも叫びともつかない力強い姿をダイナミックに描いた名句です。
木葉山女釣る人見えて暮れにけり
季語: 木葉山女 (autumn)
【現代語訳】木葉山女を釣っている人の姿が見えていたが、あっという間に秋の日は暮れてしまったことだ。 【鑑賞】山深い渓流で静かに竿を垂らす釣り人の姿と、つるべ落としに暮れていく晩秋の山あいの寂寥感が鮮やかに描かれています。木葉山女という季語が持つ深山の冷気と静寂が、暮色の訪れによって一層引き立てられています。
木茸の雨のしづくや杉の秋
季語: 木茸 (autumn)
【現代語訳】木茸に滴る雨のしずくに、杉林の秋の深まりが感じられる。【鑑賞】一滴の雨のしずくを通して、山中の清冽な空気と秋の深まりを表現しています。杉の木と木茸という取り合わせが山中の情景を色濃く描き出しています。
茸日和富士を見上げて憩ひけり
季語: 茸日和 (autumn)
【現代語訳】絶好の茸狩り日和に、富士山を大きく仰ぎ見ながらひと休みしたことだ。【鑑賞】秋晴れの澄み切った空気の中、山中で一息つきながら眺める富士山の雄大さが描かれています。収穫の楽しさと大自然の美しさがゆったりと調和した名句です。
黍の穂に風の通ひ路できにけり
季語: 黍の穂 (autumn)
【現代語訳】黍の穂が広がる畑の中に、風が吹き抜けていく道筋ができていることだ。【鑑賞】一面に広がる黍の穂が一斉に揺れることで、目に見えない風の動きが鮮明に浮かび上がっています。秋の風の通り抜ける爽やかさと、広々とした畑の情景を見事に捉えた名句です。
嶺々の雲押しのけてゆく逆峯入
季語: 逆の峯入 (autumn)
【現代語訳】峰々に立ち込める雲をまるで押し分けるようにして進んでいく、逆の峯入りである。 【鑑賞】険しい秋の霊峰を進む修験者たちの力強い足取りと、厳しい自然環境に挑む精神性が力強く描かれています。雲を押し分けるという動的な描写が印象的です。
黍引くや妻の言葉の力づく
季語: 黍引く (autumn)
【現代語訳】夫婦で黍を引き抜いていると、励まし合う妻の言葉にも力がこもっていることだ。【鑑賞】黍引きは根の張った株を引き抜く重労働です。作業に没頭する夫婦の間で交わされる言葉の強さに着目することで、厳しい土地で力強く生きる生活者としてのたくましさと夫婦の絆が表現されています。
黄やんまの飛んで日を射す谷の空
季語: 黄やんま (autumn)
【現代語訳】黄ヤンマが飛び回ることで、谷間の空に秋の日の光が眩しく照り映えている。【鑑賞】深く陰りがちな谷間に一閃の光をもたらす黄ヤンマの圧倒的な存在感と鮮やかさが描かれています。
凶作の村のしづけさ稲を刈る
季語: 凶作 (autumn)
【現代語訳】凶作に見舞われた村は重苦しい静けさに包まれており、その中で人々は静かに少ない稲を刈っている。 【鑑賞】例年なら収穫の活気に満ちているはずの秋の田で、黙々と刈取りを行う農民たちの姿を描いています。「しづけさ」という言葉が、落胆の深さと同時に、自然の厳しさを黙って受け入れる人々の静かな逞しさを強調しています。
凶年の山に日の入る寒さかな
季語: 凶年 (autumn)
【現代語訳】凶作の年に、山へと日が落ちていく寒々しさであることよ。【鑑賞】不作に苦しむ人々の暗い情勢と、秋の深まりとともに冷え込む山端の夕暮れが重なり合っています。厳しく冷酷な自然の冷気と、生活の厳しさからくる心の寒寒しさが身にしみる一句です。
霧晴れて駒の瞳の澄めるかな
季語: 霧原の駒 (autumn)
【現代語訳】立ち込めていた霧がさっと晴れ渡ると、そこに佇む馬の瞳が秋の空のように澄みきっていた。 【鑑賞】霧が晴れる瞬間のドラマチックな視界の広がりと、そこに現れた馬の美しい瞳の輝きに焦点を絞った一句です。秋の澄み渡る大気と馬の純真な生命の美しさが調和しています。
下り簗に水音狂ふ夜となりぬ
季語: 下り簗 (autumn)
【現代語訳】下り簗に打ち寄せる水の音が、まるで狂乱しているかのように激しく響く夜となった。 【鑑賞】夜の闇の中で激しさを増す川瀬の音を「狂ふ」と捉えた、自然の凄絶さを鋭く突いた句です。暗闇の静寂と簗に落ちる激流の音の対比が、自然の持つ神秘的で底知れぬ迫力を伝えています。
苦参引くやうしろに青き湖のあり
季語: 苦参引く (autumn)
【現代語訳】苦参を引き抜く作業に没頭してふと振り返ると、背後にはどこまでも青く澄んだ湖が広がっていた。\n【鑑賞】足元の土に向かい合って苦参を引き抜くという泥臭く力強い労働と、振り返ったときの視界いっぱいに広がる秋の青い湖という雄大な自然美の対比が鮮やかです。視点の転換が見事な普羅の代表的佳句です。