1727年 - ?

黒柳召波

くろやなぎしょうは

作風・特徴

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生涯・略歴

黒柳 召波(くろやなぎ しょうは、1727年(享保12年)- 1772年1月11日(明和8年12月7日))は、江戸時代中期の俳人である。字は廷遠。通称は清兵衛。

代表句 (15件)

灯して桂の宮の相撲かな
季語: 桂の宮相撲 (autumn)
【現代語訳】日が暮れて灯火が灯される中、桂の宮の相撲が執り行われていることよ。 【鑑賞】秋の日は暮れるのが早く、やがてあたりは夕闇に包まれます。ぽつぽつと灯された明かりに照らされながら行われる宮相撲は、昼間のにぎやかさとは異なり、厳かでどこか幻想的な美しさを漂わせています。
検見立や風吹けば折るる稲の茎
季語: 毛見立 (autumn)
【現代語訳】いよいよ検見が始まった。折からの秋風が吹くたびに、豊かに実った稲の茎が、まるでお役人に頭を下げるかのように折れ曲がっている。【鑑賞】風に揺れて折れる稲の様子を、検見の役人に対して恐縮して平伏している農民たちの姿に見立てた、ユーモアと風刺の効いた作品です。実りへの感謝と、年貢への不安が入り混じる農村の心理を巧みに表現しています。
星下り清水の茶屋のともしびよ
季語: 清水星下り (autumn)
【現代語訳】星下りの夜、清水寺の参道や境内で参拝客を迎える茶屋の灯りが、優しく温かに灯っていることよ。【鑑賞】星が下りてくるという厳かな宗教的行事のなかに、現世のひと息つける場所である「茶屋の灯り」を見出し、人々の賑わいや暮らしの温もりを親しみ深く表現しています。
かせぎ草露の重きに折れにけり
季語: かせぎ草 (autumn)
【現代語訳】 かせぎ草が、その葉に降りた秋の露の重みに耐えかねて、ぽっきりと折れてしまっている。 【鑑賞】 江戸中期の俳人、黒柳召波による繊細な観察眼が光る一句です。秋の夜に降りる露は深く、生命力が衰え始めた秋のかせぎ草(ヨモギ)の細い茎にとっては、その重みさえも耐えがたいものとなります。自然の冷徹さと、はかない草の一瞬の美しさを静かに捉えています。
門ままや稲ふむあとのうす煙
季語: 門まま (autumn)
【現代語訳】門口で夕方の食事をとっていると、昼間の脱穀作業のあとか、遠くで薄い煙が静かに立ち上っているのが見える。 【鑑賞】一日の農作業(稲ふむ)を終え、ようやく一息ついて「門まま」を食べる安堵の時間帯を描いています。夕暮れの空気の中に漂う「うす煙」が、労働の充実感と、秋の深まりゆく寂しさを美しく演出しています。
菊の絵の櫃に小さき鍵ありて
季語: 菊の絵櫃 (autumn)
【現代語訳】菊の絵が描かれた立派な櫃には、可愛らしくも古風な小さな鍵が付いている。【鑑賞】絵櫃の繊細なディテールである「小さき鍵」に焦点を絞ることで、箱の中に秘められた歴史や宝物への好奇心を静かに掻き立てます。江戸時代の静謐で気品ある雰囲気が漂う名句です。
朝月や門を出づれば草の露
季語: 朝月日 (autumn)
【現代語訳】西の空に朝月が残る早朝、家の門を一歩外へ出ると、道端の草という草に露がびっしりと降りていた。 【鑑賞】早朝に外へ出た瞬間の冷涼な空気と、足元に光る朝露、そして見上げる空の残月が美しく呼応しており、秋の朝の清冽さが簡潔な言葉で鮮やかに描かれています。
隠君子の門や十里の稲筵
季語: 隠君子 (autumn)
【現代語訳】隠者の暮らす門前には菊が咲き、その向こうには見渡す限り一面の稲むしろが干し広げられている。【鑑賞】門辺に咲く高潔な菊(隠君子)の静けさと、見渡す限りの広大で豊かな秋の田園風景(稲筵)との対比が鮮やかです。蕪村の高弟である召波の、絵画的でスケールの大きな構成が光る句です。
奥田刈る日和となりぬ山の寺
季語: おく田 (autumn)
【現代語訳】山奥の田の稲刈りをするのにちょうどよい好天となった、この山寺のあたりも。 【鑑賞】平地より遅れてやってくる奥田の刈り入れの季節。天候の変わりやすい山あいで、恵まれた晴れ間に対する人々の喜びと、山寺の澄み切った秋の風情が穏やかに表現されています。
竹の春隣の障子白うなる
季語: 竹の春 (autumn)
【現代語訳】竹が生き生きと青葉を茂らせる秋になり、隣家の障子も新しく張り替えられて白く輝いている。\n【鑑賞】竹の鮮やかな緑と、秋に張り替えられたばかりの障子の清潔な白さが見事な色彩の調和を生んでいます。日常生活の些細な変化から、清々しい秋の到来を素直に喜ぶ心情が伝わる一句です。
月更くる窓をたゝくや桐の風
季語: 月更くる (autumn)
【現代語訳】月夜がいよいよ更けていくなか、桐の葉を揺らして吹く秋風がことことと窓を叩いている。 【鑑賞】蕪村の高弟として知られる召波の句です。青白い月光が窓辺を照らす深夜、桐の大きな葉を散らすような秋風が窓を揺らしています。視覚的な月の冷たさと、風が窓を叩く微かな音とが響き合い、晩秋の深まりを実感させます。
月祭る芋の乾かぬむしろかな
季語: 月祭る (autumn)
【現代語訳】月を祀るために洗った里芋が、筵の上でまだ濡れて乾いていないことよ。 【鑑賞】中秋の名月は別名「芋名月」とも呼ばれ、里芋を供えるのが習わしです。泥を洗い落とし、筵に広げられた芋がまだ濡れている様子から、今宵の月祭りに向けていそいそと準備を進める農村の息遣いが瑞々しく伝わってきます。
摘菜に日暮るる野路の小家かな
季語: 摘み菜 (autumn)
【現代語訳】摘み菜をしているうちに日が暮れてしまった野道に、ぽつりと小さな家が見えている。【鑑賞】夕暮れの澄み渡った空気のなか、畑仕事の終わりに野道の先に灯る小さな我が家の明かりや煙を思わせます。慎ましい暮らしの温もりと、秋の夕暮れの寂寥感が絶妙に調和しています。
鳴子縄ひけば露ちる尾花かな
季語: 鳴子縄 (autumn)
【現代語訳】鳥を追おうと鳴子縄を勢いよく引くと、その振動が伝わったのか、近くのススキの穂から朝露がはらはらとこぼれ落ちたことだ。 【鑑賞】縄を引くという動作から生じた揺れが、秋を象徴する尾花(ススキ)の露を落とすという、繊細な連動を捉えた名句です。鳴子の音と露の散る静かな光景が鮮やかな対比をなしています。
鳩吹や風のまにまに日の光
季語: 鳩吹く風 (autumn)
【現代語訳】手を組んで鳩の鳴き声を真似て吹いていると、吹き渡る秋風の動きにつれて、木漏れ日の光が揺れ動いている。【鑑賞】与謝蕪村の高弟である召波の代表句です。鳩を呼ぶ音色が森に響くなか、風がサッと吹き抜け、梢が揺れて木漏れ日がちらちらと地にこぼれる情景を捉えています。「風」と「光」の捉え方が絵画的で、鳩を吹く静けさと風の動的な美しさが見事に調和しています。