1897年 - 1941年

川端茅舎

かわばたぼうしゃ

作風・特徴

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生涯・略歴

川端 茅舎(かわばた ぼうしゃ、1897年〈明治30年〉8月17日 - 1941年〈昭和16年〉7月17日)は、東京都出身の日本の俳人。本名は信一(のぶかず)。別号に遊牧の民・俵屋春光。

代表句 (20件)

鳥兜咲くや仏のなき山に
季語: 兜花 (autumn)
【現代語訳】鳥兜(兜花)の花が、まるで仏の慈悲も届かないような荒涼とした寂しい山奥に、ひっそりと、しかし毅然と咲いていることよ。 【鑑賞】猛毒を持つ鳥兜が、人の気配のない深山に群生する様子を「仏のなき山」と表現しました。自然の厳しさと、その中で孤高に美しく咲く花の姿を、茅舎ならではの宗教的で研ぎ澄まされた感性によって神秘的に描き出しています。
玉兎耳を立てたる光かな
季語: 玉兎 (autumn)
【現代語訳】月に住むという伝説のウサギ(玉兎)が、ピンと耳を立てているかのように、鋭く澄み切って美しく輝く月の光であることよ。 【鑑賞】秋の夜空に冴え渡る月光を、月に住むウサギの「耳」という具体的な形に喩えた、ユニークで美しい一句です。静まり返った夜の鋭い光と、ウサギの愛らしさ、そして伝説の持つ神秘性が一体となっています。
川をこぜ網にかかりて怒りけり
季語: 川をこぜ (autumn)
【現代語訳】川おこぜが網に掛かって捕らえられ、体を固くし、棘を立てて怒っている。 【鑑賞】川おこぜのユーモラスな「怒り顔」や、棘を逆立てて抵抗する愛らしい仕草を生き生きと描写しています。小さくとも精一杯自己を主張する、川の生き物の力強い生命力がユーモアをもって捉えられています。
狐花咲いて狐の通ひ路か
季語: 狐花 (autumn)
【現代語訳】狐花があちこちに咲いている。ここは狐たちの通り道なのだろうか。【鑑賞】「狐花」という名前から着想を得て、まるでおとぎ話の一場面のようなファンタジーの光景を描いています。どこか寂しげな秋の野山でありながら、ひょっこりと狐が現れそうなユーモラスで怪しげな楽しさを含んだ名作です。
甘子むく手元や親のなつかしき
季語: 甘子 (autumn)
【現代語訳】甘柿の皮を剥いている自分の手元を見つめていると、かつて自分に柿を剥いてくれた親の姿がしみじみと懐かしく思い出される。 【鑑賞】「甘子を剥く」という極めて日常的で静かな動作を通して、亡き親への思慕を優しく、深く詠み上げています。自らの手元に親の面影を重ね合わせる瞬間の、温かくもどこか切ない感情が「あまこ」という柔らかい言葉の響きによって美しく引き立てられています。
巣立鳥梢を去るに躊躇へり
季語: 巣立鳥 (spring)
【現代語訳】巣立ちを迎えた鳥が、これまで過ごした木の梢からいよいよ大空へと飛び立とうとする瞬間、名残惜しそうに、あるいは少しの不安からか、飛び立つのを躊躇している。 【鑑賞】巣立ちという輝かしい旅立ちの裏にある、幼い鳥の心の葛藤や一瞬の不安を「躊躇へり(ためらえり)」という言葉で繊細に写し取っています。自然界の小さき命への温かいまなざしが感じられる名句です。
逃水やどこまで行けば土の道
季語: 逃水 (spring)
【現代語訳】前方にゆらゆらと水がたまっているように見える逃水。この近代的なアスファルトの道を、一体どこまで歩いていけば、温かみのある懐かしい土の道にたどり着くのだろうか。【鑑賞】近代化によって急速に舗装されていく道路への戸惑いと、その上でどこまでも逃げていく水の幻影に対する、哀愁に満ちた写生が光る名句です。
巣立ちして一羽は庭の箒の目
季語: 鳥の巣立 (spring)
【現代語訳】巣立ちをしたばかりの雛鳥の一羽が、きれいに掃かれた庭の箒の跡(箒の目)の上に、ぽつんと降り立っている。【鑑賞】まだ飛ぶのがおぼつかない雛鳥が、整えられた庭の地面に着地した愛らしい光景です。庭の静寂と、小さな命の息吹が見事に対比されています。
月光に冷えまさりゆく石仏かな
季語: 月光 (autumn)
【現代語訳】澄み切った秋の月光が降り注ぐ中、野にたたずむ石仏がますます冷たさを増していくように思われることだ。【鑑賞】月光の鋭く冷たい美しさと、石の触感が一体となり、静寂と冷気、そしてどこか宗教的な厳かさを感じさせる名句です。
毒蛾死すその翅の粉の美しき
季語: 毒蛾 (summer)
【現代語訳】命を落として転がっている毒蛾の、その翅に付いている微細な粉の、なんと美しいことだろうか。 【鑑賞】人から嫌われる毒蛾の死骸を見つめ、そこに潜む妖艶な美しさを発見した句です。毒という危険を孕んだ存在だからこそ際立つ滅びの美を、仏教的とも言える慈悲深く繊細なまなざしで切り取っています。
七福神詣でてあまた福をもつ
季語: 七福神詣 (newyear)
【現代語訳】七福神のすべての寺社をお参りし終えて、両手いっぱいに、そして心の中に、たくさんの福を授かって持ち帰るのだ。【鑑賞】お正月らしく、きわめて真っ直ぐで晴れやかな幸福感に満ちた一句です。「あまた福をもつ」という主観的な喜びの表現が、新春の澄んだ空気の中で輝くような明るさを放っています。
菊人形どこか似てゐる親子かな
季語: 菊人形展 (autumn)
【現代語訳】飾られている菊人形を見ていると、顔立ちや雰囲気がどこか似ている親子だなあ。【鑑賞】人形のモデルとなった歴史上の人物や物語の親子に注目した句です。菊花の装飾だけでなく、表情や佇まいに宿る人間味を感じ取り、ほのぼのとした温かみを描き出しています。
伽羅木の実こぼれむとしてこぼれざる
季語: 伽羅木の実 (autumn)
【現代語訳】キャラボクの赤い実がいまにもこぼれ落ちそうでありながら、落つることなく枝にとどまっている。\n【鑑賞】実の持つみずみずしい重みと、微動だにせず枝に持ちこたえる一瞬の緊張感を捉えた写生の名句です。
紅南瓜ころげて庭の広さかな
季語: 紅南瓜 (autumn)
【現代語訳】紅南瓜が一つぽつんと転がっていて、それによってかえって庭の広さがしみじみと感じられることだ。 【鑑賞】鮮やかな紅南瓜が庭の片隅に転がっている情景から、庭全体の空間の広がりと静けさを捉えた名句です。対象を一点に絞ることで周囲の余白を際立たせる写生の手腕が見事に発揮されています。
降月のどこか歪める夜風かな
季語: 降り月 (autumn)
【現代語訳】満月を過ぎて欠け始めた降り月が、吹く夜風のせいかどこか歪んで見えることだよ。 【鑑賞】満月を過ぎてわずかに欠けた月の形を、夜風の冷たさや揺らぎと結びつけて「歪める」と捉えた繊細な観察眼が光る一句です。秋の夜風の肌寒さと、完全さを失った月の繊細な美しさが詩情豊かに表現されています。
樟の実のこぼれ落つるや日向石
季語: 樟の実 (autumn)
【現代語訳】秋の暖かな日差しを受ける石の上に、熟した樟の実がぽろぽろとこぼれ落ちてくることだ。【鑑賞】穏やかな小春日和のような光が当たる庭石や敷石と、そこに音を立てて落ちてくる黒い樟の実。光と影、そして静寂の中に響くかすかな落下音が、秋の深まりゆく穏やかな時間を美しく切り取っています。
懸崖の菊垂れ尽し咲き尽す
季語: 懸崖菊 (autumn)
【現代語訳】崖から垂れ下がるように仕立てられた菊が、これ以上ないほど枝垂れ、咲き誇っていることだ。【鑑賞】「垂れ尽し咲き尽す」という畳み掛けるような表現が、生命力の極致と人工の造形美が見事に結実した懸崖菊の迫力を余すところなく伝えています。
木の実落ちてひるげの椀の鳴りにけり
季語: 木の実落つ (autumn)
【現代語訳】木の実が落ちてきて、昼食のお椀に当たって澄んだ音を立てたことだ。 【鑑賞】屋外での昼餉(昼食)の最中に、予期せぬ木の実の落下がお椀を鳴らした瞬間を鮮やかに切り取っています。日常の中の小さな驚きと、秋の澄んだ空気が伝わります。
黄落や日輪にまた黒点殖え
季語: 黄落 (autumn)
【現代語訳】黄葉が散り落ちる季節、太陽にはまた新たな黒点が増えていることだ。【鑑賞】地上の「黄落」という衰退の情景から、一気に宇宙的なスケールの「太陽の黒点」へと視線を飛ばした雄大な句です。金色の光を放つ太陽にも翳りが生じているという発見が、秋の深まりと命の無常を象徴的に描き出しています。
三昧花夕焼のいろを移しけり
季語: 三昧花 (autumn)
【現代語訳】三昧花が、茜色に染まる夕焼けの色彩をそのままその身に写し取っているかのようだ。 【鑑賞】燃えるような秋の夕焼けと、地上で赤く咲き誇る三昧花の色が呼応し合っている瞬間を美しく切り取っています。彼岸の空と大地の境界が夕暮れの赤によって溶け合うような、神秘的で幽玄な美しさを湛えた名句です。