1931年 - 2022年

稲畑汀子

いなはたていこ

作風・特徴

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生涯・略歴

稲畑 汀子(いなはた ていこ、1931年1月8日 - 2022年2月27日)は、神奈川県出身の俳人。俳人高浜年尾の娘で、俳人高浜虚子の孫。『ホトトギス』名誉主宰、日本伝統俳句協会名誉会長。

代表句 (20件)

草の穂に風のゆくへを見てをりぬ
季語: 草の穂 (autumn)
【現代語訳】草の穂が揺れる様子を見つめながら、吹き抜けていく風のゆくえをそっと追いかけている。【鑑賞】風そのものは目に見えませんが、草の穂が順番に波打つように揺れていくことで、風がどちらへ去っていくのかが分かります。作者の穏やかで繊細なまなざしが、秋の野の静寂を際立たせています。
蒲の絮ほぐれて風の生れけり
季語: 蒲の絮 (autumn)
【現代語訳】蒲の穂から絮がほぐれると同時に、そこに微かな風が生まれたかのようだ。【鑑賞】絮が解き放たれる瞬間のやわらかな動きを、風が生まれたという逆説的な表現で捉えています。生命力と軽やかさを感じさせる、近現代の美しい句です。
木の実独楽澄みきつてなほ回りけり
季語: 木の実独楽 (autumn)
【現代語訳】木の実独楽が、まるで完全に静止しているかのように澄みきった様子で、さらに回り続けていることだ。【鑑賞】独楽は激しく、かつ安定して高速回転すると、まるで動いていないかのように見えます。その瞬間を「澄みきって」と表現したことで、秋の澄んだ空気感と独楽の美しい回転が見事に響き合っています。
風の盆かすかに胡弓きこえ来し
季語: 風の盆 (autumn)
【現代語訳】風の盆が近づいてきたのだろうか、夜の闇の中から、かすかに物悲しい胡弓の音が聞こえてきた。 【鑑賞】八尾の町に響く「おわら風の盆」の代名詞とも言える胡弓の音を、聴覚的に捉えた一句です。「かすかに」という表現が、闇の深さと静けさを強調し、これから始まる祭りの静かな熱気を予感させます。
若葉雨こころの中の傘をさす
季語: 若葉雨 (summer)
【現代語訳】若葉に降る雨を眺めながら、私は自分の心の中にそっと傘を広げている。【鑑賞】実際に雨傘をさしているのか、あるいは室内にいて外の雨を眺めているのか、作者は「心の中の傘」という内面的な表現を用いています。みずみずしくも少し感傷的な若葉雨の情景が、自らの心を内省へと向かわせる、繊細でモダンな感覚の現代俳句です。
河原鳳仙花こぼるる水をともなへる
季語: 河原鳳仙花 (autumn)
【現代語訳】河原鳳仙花が咲いているが、その周りには、まるで花からこぼれ落ちるかのように瑞々しい水が寄り添うように流れている。【鑑賞】水辺に自生する河原鳳仙花の瑞々しさを捉えた句です。「こぼるる水」という表現が、花の含む水分や、周囲を流れる清流のきらめきを美しく想起させます。
夕映の能取湖にして珊瑚草
季語: 珊瑚草 (autumn)
【現代語訳】夕陽に美しく照らされる能取湖のほとりに、鮮やかに色づいた珊瑚草が広がっていることよ。 【鑑賞】北海道網走市の能取湖は日本一の珊瑚草群生地として名高い場所です。夕暮れどきの茜色の空と湖面、そして干潟一面を紅に染める珊瑚草の光景をシンプルかつ素直に捉えています。自然の壮大な美しさを写生した格調高い一句です。
秋田刈る遠くの人の小ささよ
季語: 秋田刈る (autumn)
【現代語訳】秋の田を刈っている遠くの人影の、なんと小さく見えることだろう。 【鑑賞】広大に広がる黄金色の田園風景の中で、懸命に稲を刈る人物の姿を客観的に捉えた一句です。広大な大地・豊かな自然と、その中で小さく立ち働く人間との対比が、秋の澄んだ空気感とともに鮮明に浮かび上がります。
秋夕焼湖のどこから暮るるともなく
季語: 秋の夕焼 (autumn)
【現代語訳】秋の夕焼けに照らされた広い湖が、どこという境もなく全体から静かに暮れてゆく。 【鑑賞】広大な湖水と空が秋夕焼に染まり、やがて境界を失うように夕闇へと溶け込んでいく様子を繊細に捉えています。自然の緩やかで雄大な時間の流れが感じられる一句です。
どこからも海が見えゐる秋遍路
季語: 秋遍路 (autumn)
【現代語訳】歩けども歩けども、道のどこからでも青く澄んだ海が見渡せる、爽やかな秋の遍路旅であることよ。 【鑑賞】四国の海岸線沿いを行く遍路道の開放感と、秋晴れの青空・青い海の美しさがストレートに伝わってくる一句です。「どこからも」という措辞に、視界の広がりと足取りの軽やかさが感じられます。
姉羽鶴小さき翼をひろげけり
季語: 姉羽鶴 (autumn)
【現代語訳】姉羽鶴が、その小柄な体躯に見合った小さな翼をふわりと広げた。 【鑑賞】ツルの中でも最も小柄な姉羽鶴の特徴を「小さき翼」という素直な措辞で捉えています。大空を渡る力強さの一方で、愛らしく可憐な佇まいを見せる姉羽鶴の魅力を優しく写生した作品です。
芋煮会川原の石に腰かけて
季語: 芋煮会 (autumn)
【現代語訳】芋煮会で、河原の石に腰を下ろして鍋を味わっている。【鑑賞】河原の石にそのまま腰掛けるという気取らない仕草から、屋外ならではの開放感と芋煮会の飾らない楽しさが素直に伝わってくる一句です。
榎茸洗へば白の際立ちぬ
季語: 榎茸 (autumn)
【現代語訳】榎茸を水で洗うと、その透き通るような白さが一段と際立って見えたことだ。 【鑑賞】水に触れた瞬間の榎茸の清らかな白さを、清潔感のある写実で捉えた一句です。台所での何気ない作業の中に潜む美しさを見出し、日常の豊かさを表現しています。
オリーブの実青き日和の瀬戸の海
季語: オリーブの実 (autumn)
【現代語訳】まだ青いオリーブの実が揺れる、抜けるような秋晴れの日の瀬戸内海の風景である。 【鑑賞】初秋のまだ若いオリーブの緑の実と、晴れ渡る青空、そして穏やかに広がる瀬戸の海の青が見事なコントラストを成しています。明るく澄んだ光景が目に浮かぶ爽やかな句です。
貝殻草指に触れては音を立つ
季語: 貝殻草 (autumn)
【現代語訳】貝殻草に指でそっと触れるたびに、カサリと乾いた小さな音が鳴る。【鑑賞】貝殻草ならではのパリッとした乾いた質感を、触覚と聴覚を通して素直に捉えた句です。指先に伝わる感触と静かな音から、秋の静けさと花の個性が生き生きと伝わってきます。
風の盆恋ふるこころの指先より
季語: おわら祭 (autumn)
【現代語訳】誰かを恋い慕うような切ない心が、踊り手の伸びやかな指先からあふれ出ているようだ。 【鑑賞】編笠で顔を隠した踊り手の、指先の細やかな動きに宿る情念や哀切をすくい取った一句です。哀愁漂う胡弓の調べと、秘めた思いを語るような手の表情が重なり合い、おわらの情感の深さを余すところなく伝えています。
縞芒風の通ひの定まりて
季語: 綅芒 (autumn)
【現代語訳】縞芒が揺れる庭に、秋風の吹き抜ける道筋が定まったように吹いている。 【鑑賞】庭の縞芒が規則正しく風に揺れる様子から、秋が深まり風の通り道が決まってきた気配を感じ取っています。整然とした縞芒の姿と、整った秋風の動きが絶妙に響き合っている名句です。
秋天のどこにも澱みなかりけり
季語: 秋天 (autumn)
【現代語訳】見上げる秋の空には、どこを見渡しても少しの濁りや滞りもなく、どこまでも澄み切っていることだ。【鑑賞】秋晴れの日の大空の清らかさを、素直かつ端正に詠み上げた一句です。「澱みなかりけり」という措辞が、大気だけでなく作者自身の心までも洗われ澄み渡っているような心地よさを伝えています。
白式部日ざしはすでに淡きかな
季語: 白式部 (autumn)
【現代語訳】白式部の実に注ぐ日差しは、季節が深まりすでに淡く柔らかなものになっていることだなあ。 【鑑賞】白式部の清楚な白い実と、秋の衰えゆく柔らかな日差しを取り合わせた句です。控えめな光が白い粒を照らす光景から、深まりゆく秋の気配と静寂がしみじみと伝わってきます。
捨案山子首の傾くままにして
季語: 捨案山子 (autumn)
【現代語訳】捨て置かれた案山子は、首が傾いた状態のまま、直されることもなく立ち尽くしている。\n【鑑賞】誰の手入れも受けなくなった捨案山子の哀愁と脱力感を、「首の傾くままにして」という写生的な描写で見事に捉えています。余計な感情を交えずに描くことで、かえって深い情趣がにじみ出ています。