1901年 - 1956年

日野草城

ひのそうじょう

作風・特徴

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生涯・略歴

東京生まれ、本名克修。京大法学部卒。『ホトトギス』で早熟の才を謳われるが無季俳句・連作「ミヤコホテル」で1936年除名。『旗艦』創刊で新興俳句運動を主導、戦後『青玄』主宰。

代表句 (20件)

下弦の月氷の如くかかりけり
季語: 下弦の月 (autumn)
【現代語訳】冷え切った秋の夜空に、まるで鋭く研ぎ澄まされた氷の刃のように、下弦の月が冷たくかかっていることよ。 【鑑賞】下弦の月のシャープな半月の形状と、その青白く冷ややかな輝きを「氷の如く」と直喩で表現した、極めて視覚的で引き締まった美しさを持つ現代的な一句です。
樫の実のしづかに落つる日のひかり
季語: 樫の実 (autumn)
【現代語訳】樫の実が静かに枝を離れて落ちていく。その一瞬の軌跡に、秋の柔らかな日の光が当たって美しくきらめいている。 【鑑賞】実が落ちるほんの一瞬の光景を、時間を止めたかのように美しく捉えた句です。音もなく落ちていく実と、それを包む穏やかな日光の調和が、秋の寂しさと温かさを同時に醸し出しています。
菊襲女の歩む水のへに
季語: 菊襲の衣 (autumn)
【現代語訳】菊襲の美しい着物をまとった女性が、水辺を静かに歩んでいく。【鑑賞】水辺の澄んだ空気感と、菊襲の衣を着た女性の艶やかで上品な姿が、一枚の絵画のように美しく対比されています。古典的な美意識を現代の写生の中に落とし込んだ、叙情的な名作です。
米搗虫パチンと跳ねてそれつきり
季語: 米搗虫 (autumn)
【現代語訳】米搗虫がパチンと勢いよく一度だけ跳ねたが、そのあとは静まり返り、二度と動かなくなってしまった。 【鑑賞】一瞬の音と動作のあとに訪れる、深い静寂を捉えた名句です。「パチン」という乾いた聴覚的な刺激と、「それっきり」という動きの停止が、秋の寂寥感や虚無感を鮮やかに浮かび上がらせています。
休暇明けてまたいつもの日の始まれり
季語: 休暇了う (autumn)
【現代語訳】休暇が明けて、またいつもと変わらない日常の生活が始まったことよ。 【鑑賞】「またいつもの日」というあえて平易で飾らない言葉を使うことで、休暇中の特別な時間から、代わり映えのしない日常へと戻った時の、誰もが共感できる安堵感と少しの気だるさをリアルに写し取っています。
はたた神七浦かけて響みけり
小鰭鮨なみだぐましきまでに青し
季語: 小鰭 (autumn)
【現代語訳】目の前にある小鰭の寿司は、思わず涙ぐんでしまうほどに美しく、深い青色を湛えている。 【鑑賞】酢で締められた小鰭の「青」という色彩を、ただの視覚描写にとどめず、「なみだぐましきまでに」という主観的な感情と結びつけることで、哀切でありながらも極めて美しい一瞬を表現しています。草城の繊細な美意識が結晶化した名句です。
北山の祭や杉のしづく浴び
季語: 北山祭 (autumn)
【現代語訳】北山の祭りに出かけたところ、頭上を覆う杉の巨木から落ちてくる朝露のしずくを浴びてしまった。【鑑賞】山の祭りならではの、自然と一体となった情景を詠んでいます。杉の葉からこぼれる冷たいしずくが、秋の訪れと北山の清涼な空気感を肌で感じさせ、祭りの素朴な活気を引き立てています。
衣被剥けばつるりと生まれたる
季語: 衣被 (autumn)
【現代語訳】衣被の皮をむくと、まるで今新しく生まれたかのように白くつるりと現れた。【鑑賞】皮の中から出てくる真っ白な芋の瑞々しさを「生まれたる」と表現した新鮮な感覚の句です。
黒葡萄一粒づつを愛し食ふ
季語: 黒葡萄 (autumn)
【現代語訳】黒葡萄を一粒一粒、慈しむように大切に食べている。【鑑賞】一粒ずつの皮を剥き、その甘みや香りを深く味わう作者の繊細な感覚が伝わります。黒葡萄の持つ艶やかな美しさと、それを愛おしむ静かな大人の時間が描かれています。
鎌しめや障子にうつる杉の影
季語: 鎌しめ (autumn)
【現代語訳】鎌しめの行事を行う家の中で、ふと見ると、障子に外の杉の木の影が静かに映り込んでいる。 【鑑賞】秋の農作業が終わり、家の中に静寂が戻ってきた様子を美しく捉えています。外の杉の影が障子に投影される静かな光景は、激しい刈り入れの労働の後の、安らかな時間と晩秋の冷涼な空気を感じさせます。
串柿や日に日にやする一家族
季語: 串柿造る (autumn)
【現代語訳】吊るされた串柿が乾燥して日に日にしぼんでいくように、我が家の一家もまた、日に日に細々と痩せていくように思われる。 【鑑賞】干されて徐々に小さくなっていく串柿の姿に、自らの家庭のわびしさや自身の衰えを重ね合わせた、ペーソス(哀愁)漂う味わい深い句です。
少年の眉あきらかに経木帽
季語: 経木帽 (summer)
【現代語訳】\n経木帽をかぶった少年の、きりりとした眉がはっきりと見えて、実にみずみずしく爽やかだ。\n【鑑賞】\n経木帽の明るい白さと、少年の若々しい眉のコントラストが鮮やかに描かれています。夏のまぶしい光の中で、少年の清々しさが際立つ一瞬を捉えた名句です。
枝払ふてひろごりし日のあつさかな
季語: 木の枝払う (summer)
【現代語訳】庭の木の余分な枝を切り払ったところ、そこから一気に差し込んできた太陽の光が広がり、いっそう夏の暑さが強く感じられることよ。【鑑賞】枝を払うという日常の作業によって生じる、光と熱のダイナミックな変化を見事に捉えた句です。木陰が失われた瞬間に、夏の強烈な太陽光が容赦なく降り注ぎ、肌に触れる「あつさ」が急激に増した実感をリアルに表現しています。
風日待雨となりたる夜を更かす
季語: 風日待 (autumn)
【現代語訳】風を恐れて忌み籠る風日待の日に、いつしか雨が降り出し、その雨音を聴きながら静かに夜を更かしていく。【鑑賞】「風日待」という緊迫感や静寂を伴う夜に、雨が降り始めたことで、風への心配が少し和らいだのか、あるいはさらに雨風が強まるのか。夜を更かすという行為の中に、自然の推移をじっと見守る人間の静かな佇まいが描かれています。
うつくしき氷柱のしづれ始まりぬ
季語: 垂れ (winter)
【現代語訳】軒先に下がっている美しい氷柱から、きらきらと溶けた水のしたたりが始まったことだ。 【鑑賞】鋭く冷たい氷柱の先端から、日の光を受けて水滴がしたたり落ちる瞬間を、素直かつ鮮明に捉えた句です。凍てつく冬の美しさに、一筋の動きと生命感が吹き込まれるような、きらびやかで瑞々しい情景が浮かび上がります。
血貝得て帰り来し手のあかきこと
季語: 血貝 (spring)
【現代語訳】潮干狩りで血貝をたくさん採って帰ってきたが、その自分の手が貝の汁で赤く染まっていることよ。【鑑賞】春の潮干狩りの楽しさと、自然の生き物と直接触れ合った充実感が伝わってくる句です。「あかきこと」という素直な詠嘆には、自らの身体に刻まれた生命の痕跡に対する、新鮮な驚きと愛着が込められています。
夢見草いまも夢みるごともあり
季語: 夢見草 (spring)
【現代語訳】咲き誇る桜(夢見草)をじっと見つめていると、今この瞬間も、私はずっと夢を見続けているかのような心地がしてならない。【鑑賞】「夢見草」という名前の由来に真っ直ぐ向き合い、その言葉通り「今も夢を見ているようだ」と詠じたストレートながらも深い余韻を残す名句です。目の前の現実に圧倒され、現実感を失ってしまうほどの美しさを捉えています。
鰻屋の二階に居るや土用の丑
季語: 土用丑の日の鰻 (summer)
【現代語訳】土用の丑の日に、鰻屋の二階に上がって静かに鰻が焼き上がるのを待っていることだよ。【鑑賞】夏の暑い盛りの特別な日に、一階の喧騒から少し離れた鰻屋の二階で、心躍らせながら鰻を待つ贅沢で豊かな時間を捉えています。昭和のモダンな俳人らしい、粋でどこか余裕のある暮らしぶりが伝わってくる一句です。
麦の冬日のひらひらと障子かな
季語: 小麦冬 (summer)
【現代語訳】麦が黄金色に枯れてゆく季節、開け放たれた部屋の障子に、初夏の日差しがひらひらと揺れ動いている。 【鑑賞】日野草城による、静かな生活のひとコマを切り取った繊細な句です。「麦の冬」という、外の広大な麦畑の気配を感じさせつつ、視線は室内の障子に当たる柔らかな光に向けられています。「ひらひら」という光の動きが、初夏の穏やかで心地よい時間の流れを表現しています。