1866年 - 1943年
なかむらふせつ
洋画家・書家。本名は鈼太郎。江戸の京橋八丁堀に生まれ、幼少期に父の郷里である信州高遠(現・長野県伊那市)へ移った。小山正太郎・浅井忠らのもとで洋画を学び、のちフランスに留学してジャン=ポール・ローランスに師事。明治28年(1895年)に正岡子規とともに日清戦争の従軍記者として中国へ渡ったことが、書の研究に傾倒する契機となった。子規に依頼された新聞挿絵はその後のライフワークとなり、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』の挿絵も手がけている。大正8年(1919年)帝国美術院会員。昭和11年(1936年)、収集した書の資料を収めるため東京・根岸の自宅跡に書道博物館(現・台東区立書道博物館)を開いた。